一
七ヶ月前から、こうなることは予期していた。――
そうあることをむろん望んでもいたが、その一方で、やはり淋しい気持は抑えることができなかった。
彼女が夢を得るということは、即ち、別れを告げられるということであった。
これでいいんだ――。
彼女と親しくなったのは、一年と半年前のことだった。そして、この結果が予想できたのは七ヶ月前のことだった。何の不安もなく交際できたのは、一年にも満たない期間だったということになる。楽しく、
外はまだ残暑がきつかった。秋の日差しにはほど遠い、二〇一六年九月下旬のことである。
啓介が彼女と出会ったのは、交際を始める更に一年半ほど前のこと、二〇一三年の秋、一四歳のときだった。出会ったというのは正確ではない。一方的に啓介が彼女に注目したのであった。一年半後に再び見かけるまで、記憶が薄まることはなかった。彼女はそれほど美しく、印象に残る少女だった。
それは或る舞台のオーディションだった。書類審査を経て集まった応募者は、審査員たちの面接を受け、課題を演じてみせることになった。
彼女は三番目に登場した。慣れていないのはすぐに分かったが、その巧拙を超えた異様な迫力は十二分に伝わった。声はやけくそのようによく通り、鬼気迫る表情を見せていた。細かい芝居はどう見ても作りすぎだが、目を離せない魅力があった。何よりも、その瞳が印象的だった。大きく見開かれた瞳は、横から見ると飛び出さんばかりで、くるくるとよく動き、文字通り相手を呑み込んでしまいそうな勢いを持っていた。何か、相手に魔法でもかけているかのようだった。
啓介はその演技と、それ以上に彼女本人に惹かれてしまっていた。この娘が合格するのは当然だと、業界歴六年になる経験から確信を持ち、どうしても彼女と同じ舞台に立ちたいと思って課題に臨んだ。
啓介の予想は的中し、彼女はオーディションに合格したが、啓介が共演することは叶わなかった。オーディションに落ちたことよりも、共演できないことの方が残念だった。
舞台のポスターが出来上がり、ネットにも上がった。顔写真と名前入りのポスターから、啓介は、彼女が高宮千生と言う名前であることを知った。ただ、千生の読み方が判らなかった。
チケットを買って劇場まで観に行った。
小さい役ではあったが、印象に残る芝居で、今後も注目したいと思ったが、しかし、その後、名前を見ることはなかった。
啓介も、ほどなくして芸能界を引退した。
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