第3話
ガレスは国境にある辺境伯の家系に生まれた次男だった。だからといって王族のようなしがらみに縛られた事はない。
父親が現国王の親友とあってか、第三王子の護衛としてガレスが王都に呼ばれたのは昨年の騎士団長交代から間もなくであった。
腕に自信があるといっても国境を治める傭兵崩れの兵士達に揉まれた程度だ。
作法もさほどきちんと出来ているか怪しいガレスを求めるくらいにはこの国は人材不足なのだろう。
ガレスの父である辺境伯は北の守りの要と国内でも一目置かれた存在で、国内にある数少ない魔石の採掘が出来る鉱山を保有した土地柄のせいか私兵の練度は国内一と謳われている。
その父ですら世界大戦の折には国境を守ることが精一杯だった。
筆頭公爵といえど、そんな我が領地を蔑ろには出来ない事から立場上動かしやすい駒として選ばれたのが、ガレスだ。
話はガレスが王城へ登城した頃に遡る。
王都への道のりは小国といっても移動に馬車をふた月走らせてやっとたどり着く程度の距離だった。
城壁に囲まれた城砦都市は暖かい気候に恵まれ、水路により街の至るところに水の引かれた都市部は人々の活気と街を明るく照らす太陽の光に満ち満ちており一種の芸術のようだ。
都に着いて直ぐ王城へと馳せ参じ王子に謁見したが、自分より10は歳下の少年は少女のようなどこか中性的な印象とは裏腹に淡々と形ばかりガレス達を労った。
領地に残してきた妹と歳も変わらない子供の仕草にしては大人びている。それがガレスから見たセオドアの第一印象だった。
王家の色とされる月の光を模した銀色の髪を持たず。彼は瞳の色だけは両親から受け継いだ緑を有していたが、どこか今は亡き先王の持つそれに近い色合いをしていた。
先代の国王は大戦の最中に命を落としたと聞く。
それを貴族共に、好き勝手に縁起が悪いだとか不吉だなんだと不敬ないわれようをしている訳だ。
そして王子に付き添っている国王夫妻ともうひとり、息をのむような美しさとでもいえばいいのか、銀糸の髪はまるで星を散りばめたビロードのように輝き、双の目は深い青を宿している。
この世のものとはおもえぬ、名工のつくり出した彫刻のような王太子は静かにガレスを見据えた。
その瞳に晒されて一瞬剣を突き付けられた時のような緊張を味わう。
深い青がガレスを見透かすように見ていた。
精霊眼、精霊を宿した瞳を持つ者をひとはそう呼ぶ。
王太子アレックスは精霊眼を持つ王子だった。
この王太子の存在が隣国との同盟を強固にしていることは、この国の貴族の誰もが知っている。
それ程に精霊の加護も、それにより加護を与えられし者が使う精霊魔術も魔具や術式を必要としない特殊かつ強力な魔法だからだ。
魔術師は血統が力を決める。
それを破る規格外の人間もいない事もないらしいが、だからこそ血の契約である婚姻を結んで弱小国家に富を与える王家の外交渉が成り立っているのだ。
「お前が弟の護衛につくときいた。私たちでは側にいてやれない事の方が多いゆえ、あの子のことを宜しく頼んだぞ」
ガレスにそう激励した王太子の声と共に両の瞳が青く光を放つ。
魔法が発動した気配だけは辛うじて理解出来たが、それが一体何なのか何の力も持たないガレスにはわからなかった。
ただ王太子の顔立ちから冷たい印象を受けるのはガレスを試すような視線のせいだろう。
精霊魔術を使う者は感情に精霊が感化されやすい特徴がある為に、それを表に出す事はない。
だからこそ何かがあるのだろうが、王太子に見られていてもガレスの視線は自然とセオドアを追っていた。
何処を見ているかわからない子供は置き物のように行儀良く座っている。
しかし王子には少し大きいのだろう大人用の椅子に腰掛けているせいで足が地についていない。
ガレスの妹のようにぷらぷらと遊ばせたりはしていないが、あれでは落ち着かないだろう。
話が終われば椅子からおりる動作も想像が付く。
だが、周りの誰もセオドアを気にする素振りはなかった。
椅子から軽く飛び降りた彼の背後で木が床に擦れるような音がする。
少しだけ眉を下げた子供が椅子の位置を直してから移動する光景は異様だった。
◆◆◆
王子の護衛とは、所謂エリートの花形職業である。
王族に関わるなど騎士として誉れ高く、どんな時も職務を真っ当すべくきっちりとシフト交代制であり、主な任務は王子についてまわるだけの仕事だ。
報告書や細々とした書類はあるにはあるが、ガレスからしてみれば領地で父の手伝いをしていた時の方が忙しいと感じる程の量しかない。
これが本当に護衛の仕事かと疑わしいくらいだ。
それほどにセオドアは手が掛からない子供だった。
いくら父親同士が友達だろうが身分が違う。
兄妹がいるからこそガレスとしても子供は嫌いではないが、まだ成人してそこらの若者であるし、積極性や熱心さが直ぐにわかなくとも仕方ない事ではあるだろう。
それでも他の護衛騎士達のような王子を異端視するような気持ちにはならなかったが、子供の方も何故か護衛と極力関わらない。護衛だけではなく召使いに対してもそうだ。
誰とも関わろうともしない。
まさしく変な王子であり、変な子供だった。
剣の稽古を終えた王子が自分で着替えを済ませる。
手伝いの手は入らず、脱いだ服だけを城のメイドへと手渡した。
特におかしいのではないかと思うのがこれだ。
その足でセオドアが中庭を突っ切るかたちをとって王宮書庫に向かおうとした矢先にそれは起こった。
ガレスはまたかと思いながら足を止める。
「誰の許可があって、俺に意見している」
「王子様におかれましては、こちらの道をお通りになりますと、その差し障りが御座いますので……」
王子に中庭を通らず、無意味に迂回するように進言した護衛にセオドアが感情の読めない声でそれを切って捨てた。
拒絶から怒りは見えないが、不快感があるのは護衛について日の浅いガレスにでもわかる。
「ほう、その差し障りとやらは、俺の婚約者が兄上に入れあげているとかいうあれか?」
「は、……い、いえ、そのような………」
初日から数えてひと月、幾度となく見たやり取りに溜め息が出そうになった。
流石に連日、王城内を移動するだけといえど王子の行く手を護衛が阻むのだ。頭がおかしいか本当に貴族という肩書きを持っただけの馬鹿なのかも知れない。
それも婚約者の不義の現場に鉢合わせしないためにとは、たとえセオドアが婚約者の方こそ自分を避けるよう気を付けろと思っていたとしても無理はないだろう。
この王子は子供といえど鍛錬に簡単な公務や勉強もこなしている。
大人の比でないにしろ、それを気遣うことすらなく遠回りしたぶん体力を消費するのを嫌がる子供を、無理に言い含めようとするのは流石に理不尽だ。
「確かお前は公爵家からの推薦で俺を見張っているのだったか、もう少し上手くやってくれねば。俺も馬鹿の相手をするほど暇ではないのだがな」
「……このっ、ガキの癖に!」
「やめ……………」
わざとらしい子供の挑発に大の大人が手をあげようとする。それも護衛対象に護衛が感情のまま殴り掛かろうとする、信じられない光景だ。
反射的にとめに入ろうとしたガレスへ、チラリと視線を寄越したセオドアが護衛の男の足の勢いを剣の鞘を当てて払う。
それによりバランスを崩した男の鳩尾に今度は剣の柄を重く叩きつけた。
地に伏した護衛と王子、異常なその場でガレスは半歩ほど前進した身を持ち場に戻るように一歩背後へさがる事で誤魔化す。
「弱いな……、お前のような人間でも、俺の護衛足りるだろうと推薦してくる公爵の気が知れない」
このところ口論で終わっていたのは、新米のガレスに王子が気を使っていたのだと察してしまう。
他の護衛はセオドアに対して殺気に似た悪意を向けており、涼しい顔をした子供は無視するように言葉を続けた。
「鍛錬すら怠るほど楽な仕事と思っているのなら、今直ぐに俺の前から消えろ」
護衛達の怒りとは対照的に子供の声は酷く平坦だ。
「あの女と公爵にもう少し上手くやれとでも伝えておけ」
もう一度無意味な挑発を吐き捨てた少年は、そのまま先程までのやりとりを忘れたように中庭へ踏み入る。
花が咲き乱れる王宮の庭には少女の笑い声が響いていた。
日常の一風景にしては過激なことがあり過ぎる。
遠目から銀の髪色と見覚えのある少女の姿をガレスも確認するとセオドアは興味もないようで、その二人の目に付かないよう庭の高木の影に身を置きながら黙って書庫へと向かった。
息を殺したようなそれはまるでこの城内のセオドアそのもののようだ。
ガレスの先を歩くその小さな背中は凛と立ち、厳格さを纏うような様は変わらず王子然とした姿を保っていた。
それはまるで全てを拒絶しているようにも見える。
不思議なことに、その姿にガレスは王太子の姿を思い出していた。
セオドアがあんなにも自分を律して子供らしくもないのは、王太子を尊敬している証拠なのではないだろうか……と思う。
二人の王子は似ている。
兄弟なら当たり前だろうが、地味だなんだと言われているセオドアはガレスから見ても目鼻立ちがハッキリとしており、周りから王太子とそこまでの差を付けられる理由がわからない。
きっと笑った顔はもっと似ているのではないかと、そんな気がした。
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