第47話 エピローグは神様と 003
『あー、もしもし、凛土くん? こちら、あなたに置いてけぼりにされて心に傷を負った、可哀想な女子大生ですよー』
江角さんを見送った後、未だ起きない凛音のことを少し心配しつつ、軽めの朝食を作ろうと冷蔵庫を漁っていたところ――立花日奈からの着信を受けた。
今日は随分と、女性に縁がある日らしい……しかし何と言うか、こう立て続けに人と話すのは慣れていないので、できれば電話を切りたいというのが本音なのだが。
「はい、こちら女子大生にぞんざいな態度を取った叶凛土です。それではまたの機会に」
『現在進行形でぞんざいな態度を取られ続けてまーす……酷いね、そんなんじゃモテないよ』
「生憎と、今日はすでに大人のおねーさん二人が代わる代わる部屋を訪ねにきたんだけどな」
『何それ。ふしだらー、不健全ー』
立花は電話越しにバタバタと暴れているようだ。失礼な想像をされていそうだが、まあ好きにさせておこう。
『と言うか、そのおねーさんの一人は、昨日見たスーツ姿のクールビューティーな女性のことですかー』
「……まあ、そうね」
ねちっこい言い方だ。元々、妹に会わせるという約束を反故にしたのはこちらなだが、根に持ちようがすさまじい。
『大人のおねーさんが好みだもんねー、凛土くんは。手取り足取り、あっちからこっちまで教えてもらうのが好きなんだもんねー』
「人聞きが悪すぎる」
全くもってそんなことはないと、ここは全力で否定させてもらおう。確かに年上の女性がタイプではあるが、むしろ甘えてきてほしいのだ。ギャップ萌えこそ至高なのである。
『……なんだか、邪なこと考えてる?』
嫌な勘の良さを発揮された。察したならぜひ黙っていてほしい。
「あ、そう言えば、前話してた天津橙理のことだけど……立花と会ってみたいらしいから、今度時間のある時に付き合ってやってくれ」
『なにそれほんと⁉ なんという胸熱展開!』
一気にテンションが上がった……わかりやすい奴だ。この調子で機嫌を直してくれるなら万々歳である。
橙理のおかげというのは気に食わないが。
「一応言っておくけど、覚悟して会った方がいいからな。あいつは一筋縄じゃいかない奴だ」
しかも、橙理の方が立花に興味をもっているというのが、事態としてはすこぶるよくない。恐らく、彼はカワードについてのあれこれを吹き込むつもりなのだろう……その情報は、聞くだけでも自身の身を危険にさらす可能性があるのだ。
『よくわかんないけど、了解。菱岡大学の生けるオカルト、いやさ神様に謁見できるだけでも、私の知的好奇心は満たされるわ』
そこまでの価値を橙理に見出しているとは、案外見る目のある女子である。神様と会話することができるのは、選ばれた人間だけなのだ。
「都合のつく日があったら教えてくれ。じゃ、そういうことで」
『って、またすぐ切ろうとしてるじゃない。私の方の用事はまだ済んでないんですけど』
流れで電話を切れるかと思ったが、普通にバレてしまった。
「で、用事ってのはなんなんだ?」
『えっと、だからー、そのー……』
立花は急に歯切れが悪くなる。その様子は以前妹のことを気にしていた時のようで……つまり、今も何か言い難いことを考えているのだろう。
『……昨日の凛土くん、怖い顔して走っていっちゃったし……それに、あの病院でカワードが騒ぎを起こしたっていうのを聞いて、心配になったっていうか……』
「……」
モジモジと恥ずかしそうに語る立花だった――ギャップ萌えというのなら、この反応もしっかりギャップ萌えなのかもしれない。
『別に、あなたが心配なわけじゃないんだからねっ。ただ怪我でもしてたら大変だなって、ちょっと気になっただけなんだからねっ』
「急なキャラ変更は交通事故を起こすぞ」
しかも今時ツンデレって、流行らねえ。微妙にツンデレになってもいないし。
「……まあ、ありがとな。この通りピンピンしてるよ。何があったかは、またちゃんと顔を合わせた時に話させてくれ」
橙理に目を付けられた彼女に、今更隠し事をしてもしょうがない。病院で事件が起きたことも把握しているようだし……立花日奈、やはり底知れない奴だ。
『その話に興味がないと言ったら嘘になるから、今度じっくり聞かせてもらうとして……大丈夫そうで安心したよ』
わざわざ俺の無事を確認するために電話を掛けてきてくれるとは、よく考えなくてもありがたいことだった。なんかこう、友達っぽくて。
渚さんや江角さんも心配はしてくれたが――彼女たちとはどうしても、俺がカワードを殺しているという事実が前提の付き合いになっている。その点、立花とは純粋な友人としてカワードの話ができているので、正直気が楽だ。
今はまだ、という注釈がついてしまうが。
橙理と会うことによって、彼女もこちら側の事情に深く足を踏み入れることになるかもしれない……そうなれば、ただの友人同士ではいられなくなる。
それは少し――寂しい気もするが。
『……』
「……」
ここ最近の俺と彼女にしては珍しく、十数秒の沈黙が訪れる。
そして。
「ふふっ」
『あははっ』
どっちからともなく――笑い合った。
思えば、彼女の命を救ったことが始まりだったこの奇妙な縁は……か細い糸を手繰るように、今なお続いている。
それは妙に心地良い関係で――少なくとも。
両親が死んでからの二カ月、多少なりともすり減っていた俺の心を――癒してくれていた。
『じゃ、そろそろ切るね。次は大学で会いましょう。妹さんにも、よろしくね』
「ああ。一週間くらいは顔出さないと思うけど」
『一週間? どうして?』
「来週の九日……凛音の誕生日なんだ。それが終わるまでは、ちょっとけじめとして休憩中」
『……なるほどね。じゃあ、次会う時は元気な凛土くんってことだ。うんうん。妹さんの誕生日プレゼント、簡単なものだけど用意しておくから、今度渡すね』
「……そこまで気ぃ回してもらわなくてもいいんだけどな」
『いいのいいの、私が好きでやってることなんだから……それじゃほんとに、バイバイ』
「おう、バイバイ」
終わりの言葉はあっさりとしたもので、立花日奈は電話を切った。
……それにしても、あいつの選ぶプレゼントか。さすがに渚さん程思い切ったものではないと信じているが、手放しで安心できはしない。凛音の教育に悪いものだったら、容赦なく突き返そう。
「……」
自然と綻んでいる自分の顔に気づき、遅まきながら恥ずかしさがこみ上げる。同級生の女子と話しただけで舞い上がっていると妹に思われでもしたら、兄の沽券に関わる大問題だ。
「……あれ?」
そう言えば、その凛音の姿が一向に見えない。いや、元々見えはしないのだが――その存在を感じることができない。
普段なら「おはよう」と声をかけてくる頃合いなのだが……。
「凛音―、朝だぞー」
柄にもなく俺から声をかけてみるも、返事はない。
まだ魂が覚醒していないだけなのか……それとも。
「……」
嫌な予感が、背中をひんやりと撫でていく。
そしてこういう予感というのは。
往々にして――当たってしまうものなのだ。
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