第17話 凶器の愛 001
九月十八日。
『
俺は
マイカーがこれなのだとすれば、江角さん、中々の高給取りである。
「あの……俺は一体どこに連れていかれるんでしょうか」
大人のお姉さんと二人仲良くドライブデートを楽しんでいると考える向きもいるだろうが、その実情は拉致だ。彼女はスヤスヤと眠りについていた俺を無理矢理叩き起こし、有無を言わさず車に押し込んだのである。
「人聞きが悪いですね……待ち合わせ時刻になっても現れないから、心配して部屋まで迎えに行ってあげたんじゃないですか」
「そうでしたっけ」
寝ぼけている所為か記憶が混濁しているが……確かにそうだったかもしれない。いやはや、待ち合わせに時間通り間に合うというのは、中々難易度が高いものだ。
「昨日の話だと、『最悪の世代』の一人が見つかったって聞きましたけど、誰なんです?」
「見つかった……と言うか。彼女の場合、居場所はわかっていたのですが、どうにも手出しができなかったというのが正しいですね」
やっと手の届くところまで来ました、と江角さんは意気込む。
「彼女」ということは、今日のターゲットは『最悪の世代』唯一の女性カワード――『
「『凶器の愛』は戦闘に特化したカワードです。期待してますよ、
「……まあ、金を貰う分は働きますけど」
俺は別に、スーパー超人でも何でもないんだから、変に期待されても挨拶に困る。それこそ、ちょっと右腕が獣になるだけの、普通の男子大学生なのだから。
「……」
運転に集中する江角さんを横目に、俺は一週間前のことを思い出す。
彼女と俺と、
――――――――――――――――――――
真っ白な六十四研究室の中で、江角朱里は俺の元を訪ねた目的を告げる。一つは俺がカワードになった経緯を知るため、そして二つ目は。
「二つ目は……叶さんに、『最悪の世代』を討伐する協力をして頂きたいからです」
「……討伐に協力?」
全く予想していなかった内容に、俺は驚きを隠せない。そんな反応を見て、橙理はニヤニヤと笑う。
「『
なるほど。字面に起こしてみると、俺も中々のハイペースで活動していたみたいだ。契約があるから仕方なかったとはいえ、三人の人間を短期間で殺せば、四脳会に目を付けられてもおかしくはない。良い意味でも、悪い意味でも。
今回は、良い意味で捉えてくれたようだ。
「……えっと、それじゃあ、カワードを殺したことに関する罰とか、そういうのはないんですか?」
奴らは犯罪者で異能者であるが、元は人間だったことに変わりはない。殺したとなれば罪に問われる。俺はその十字架を背負い、奴らを喰うと決めたのだ。
てっきり、彼女はその罪を裁くために来たのだと思ったのだが……。
「本当なら罰せられます。しかし、
「……」
それはまあ何と言うか、結構な世紀末感だ。人権という近代国家の象徴は、カワードに適用されないらしい。
「例の三人に関しても、私があなたに討伐を依頼したことにすれば丸く収まります。逆にそうしないと、他の四脳会メンバーから命を狙われることになりかねません。特に特殊対策一課……一ノ瀬グループの直属部隊は、善良なカワードでさえ容赦なく殺すと言われています」
「……」
四脳会の中でも派閥は分かれているようだ。江角さんの所属する特殊対策二課……二階堂グループが指揮する部隊は、意外と温厚な部類なのかもしれない。
「あなたの実力は証明されています。『最悪の世代』の残党を倒すのに、力を貸して頂きたいのです」
「……」
彼女の目的はわかった。
その事情を知ったうえで、この六十四研究室まで江角さんを導いた、橙理の目的は何だ。
ソファーに優雅に寝そべっているご主人様は、クスリと笑いながら口を開く。
「いいですよ。その協力依頼、僕の奴隷が引き受けましょう」
どうやら、初めから彼女の提案を飲むつもりだったらしい……橙理の口調はえらくはっきりしていた。
「……ありがとうございます。叶さんも、大丈夫ですか? 危険が伴う任務も多いと思いますが」
「あいつがイエスと言ったら、俺はイエスしか言えないんで。引き受けますよ」
奴隷は主人の命令に絶対服従。例えその命令が、命を犠牲にするものだとしてもだ。
それに、橙理との間に交わされた契約を達成するためにも、俺はカワードを喰い続けなければならない。江角さんに協力すれば、今までよりも「食事」がしやすくなるだろう。
「では、交渉成立ということで。仕事を依頼する際には、こちらから連絡します。それと当然ですが、標的を討伐した際にはそれなりの額の報酬も用意します」
「それは……ありがたいですね」
なんだ、本当に良いことづくめじゃないか。労働の対価として金銭まで貰えるとは、俄然やる気が出てくる。どんなお題目を背負っていたところで、人間、結局は先立つものがないと生きてはいけないし。
今のところ、双方にメリットしかない提案だ。
「一つだけ条件があります」
和やかに終わろうとしていた話し合いに、橙理がそう口を挟む。
「……条件、ですか」
江角さんの表情が曇った。得体の知れない相手からの要求程、怖いものはないのだろう。
「ええ。あなたたち四脳会は、研究という名目でカワードの死体を集めていますよね?」
そうなのか、知らなかった。
だがまあ、未知の存在を研究するのはその脅威から身を守るために必要なことだし、死体を集めていても不思議はない。
「うちの奴隷が殺したカワードは、こちらで処理させてもらいます。死体を渡すことはできない……それが条件です」
四脳会に死体が渡ってしまっては、橙理は腹を満たすことができない。彼からしたら当然の条件だった。
「……わかりました、上は納得させます」
江角さんはしばらく逡巡していたが、そう結論付ける。その表情から察するに相当無理な条件のようだが、背に腹は代えられないということか。
それ程までに、カワードの死体は重要で。
その重要さを差し引いても、『最悪の世代』を討伐しなければならない。
彼女の目から、そんな意志の強さが窺えた。
「では本当に交渉成立ということで。用があればそこの奴隷をこき使ってやってください。文字通り死んでも死なないので、存分に足蹴にしていいですよ」
ご主人様からのオッケーが出てしまった。
さて、俺はこれから、何回死ぬことになるのだろう。
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