第4話 神と奴隷と卑怯者 003



 カワードに関する事件は四脳会によって報道規制が施され、一般人がその詳細を知ることは難しい。それこそ、当事者でなければ事件が発生したことしか知りえないはずだ。例えば、先月の頭に菱岡市で起きたカワードによる大規模な襲撃事件も、その被害の大きさに反して詳しく知る者は少ない。


 だが、天津橙理はどこからかカワード関連の情報を入手している。普通の大学一年生ならば不可能に近いが、あいつは神様らしいので関係ないのだろう。



「……ここか」



 俺は橙理から聞いた情報を元に、門倉市の繁華街の一角、四階建ての雑居ビルの前まで足を運んでいた。


 時刻は堂々昼の十二時。そこまで栄えているとは言えない街だが、ランチ休憩と洒落こむオフィスレディやら、営業周りのサラリーマンやらで、人目はそれなりにある。

 今行動を起こすのは得策じゃない……俺にとっても、あちらさんにとっても。出所不明の橙理情報によると、彼女が動くのは夜間とのことなので、精々時間を潰させてもらおう。


 俺は例の彼女――『曲がった爪ネイリスト』が潜伏しているらしいビルを観察できるように、向かいにあるファストフード店へと入る。



「お水だけっていけます? 無理? じゃあ一番安いやつで……いや、ドレッシングだけ買うとか意味不明すぎるでしょ。何かハンバーガーください。あ、ポテトはアレルギーなんでいらないっす」



 四脳会から福祉サービスとして生活費は貰っているが、こんなところで無駄遣いはできない。バイトもしてない大学生は絶賛金欠なのだ。

 俺は道路に面した窓際の席に陣取り、件の雑居ビルを見据える。



「……」



 『曲がった爪』と呼ばれているカワードについて、俺も詳しくは知らない。先週から活動を始めたらしいが、昨日の時点で殺人二件に殺人未遂四件と、かなり精力的だ。わかっているのはそいつが二十代くらいで黒い長髪の女だということと、菱岡市を中心に犯罪行為に手を染めていることだけだ。


 こう立て続けにカワードによる事件が起きるとは、我が町ながら、本格的にやばい土地なのかもしれない。


 お祓いとかした方がいい。



「……げ」



 とりあえずは様子見しかすることはないので、呑気にバーガーを食べて携帯を眺めていたら、ビルの中から人影が出てきた。


 二十代くらいの女性で、長い黒髪。


 聞いていた特徴と一致する……一致するが、そんなありふれた外見で特定の人物を見極めることはできない。まさかあの女性に近づいていって、あなたって殺人犯ですよねと尋ねるわけにもいかないし。


 まあそんな新手のナンパも一つの手ではある……俺は早々にバーガーを口に放り込み、彼女をつけるために店を出ようとしたが。


 ブルっと、手に持つ携帯が震える。

 着信アリ、ゴシュジンサマ。



「……はいもしもし、叶ですけど」



 俺は一瞬迷ってから、電話に出る。目の前に容疑者らしき人物がいる以上、橙理から何か情報を得られるかもしれないと考えたからだ。でなきゃ出たくない。



『もしもし凛土先輩? その子はカワードじゃないからわざわざ尾行なんてしなくていいですよ。ま、タイプだからナンパしたいというなら止めませんけどね。ふーん、清楚系が好みなんですね、先輩は。見た目通りのむっつりスケベですねぇ』



「……」



 やはり電話越しになるとテンションが高い。本人曰く、相手の顔が見えないと嫌がらせをした気にならないから、普段より饒舌になることで反応を楽しむらしい。


 なんだその迷惑な性癖は。


 まあ、今はそれよりも本題の方が重要だ。



「……まるで見ているかのような口ぶりだけど、お前どこにいるの?」



『奴隷の管理は主人の務めですからね、先輩の行動は把握しています。もちろん、見ている景色も言動も全てね』



「あ、そう……」



 最早驚くまい。

 こいつは何でもありの超常現象みたいな奴なのだから、気にする方が疲れる。



『実は先輩の携帯をハッキングして、カメラの映像と音声を受信しているんですよ』



「ストーカーかよ」



 やっていることはハイテクだが、神様としてはローテクだった。

 電話の向こうでクスクス笑う橙理……今の話も、冗談か本当かわかったもんじゃない。



「……まあ、情報はありがたく貰うわ。そしたら俺は、このまま夜になるまでビルを見張ることにするよ」



『ええ、それでいいと思います。くれぐれも水だけで何時間も居座るなんて貧乏性なことはしないでくださいね。奴隷の品格は、主人である僕の品格にも関わってくるんですから』



「わかったわかった。何か追加で頼むようにする」



 絶対に水だけで夜まで粘ろうと、そう決意した。



『わかってくれればいいんですよ。じゃあ僕はこれから授業があるのでもう切りますね』



 どうやら今回の電話は無駄話がメインではなく、有益な情報を教えるためのものだったらしい。橙理はすぐに通話を切ろうとしたが。



『あ、そうそう。先輩が目で追いかけているその女性、どうやら今日の被害者になるっぽいですよ。それじゃ』



 ツーツーツー。



「……」



 やはり彼は、随分と性格が悪いらしい。

 俺は急いで店を出て、女性の後を追う。



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