第2話 神と奴隷と卑怯者 001



 いつも通り気怠い朝。

 若干のストレスを感じている所為か眠りが浅かったらしい……俺は珍しく早朝に目を覚ました。



「おはよー、お兄ちゃん! 今日は早起きだね!」



 朝っぱらから目覚ましよりもでかい声。鶏よろしく元気一杯な挨拶をかましてくれたのは、誰あろう、愛すべき我が妹――かのう凛音りんねである。



「……ああ、おはよう」



 俺はおざなりに挨拶を返す。早起きはしたが、しかし自ら望んで早く起きたわけではないので非常に不快な状態なのだ。超眠い。



「ご飯は……昨日の残りが冷蔵庫にあるはずだから、温めて食べてね! 朝ご飯はちゃんと食べなきゃだめだよ、一日の元気が決まるんだから」



 元来の世話焼きであるうちの妹は、元来の面倒臭がりである俺を心配してそう助言する。



「……あい、了解」



 俺は大きく伸びをして、枕元に置いてあったペットボトルで喉を潤す。


 ……歯を磨いてからじゃないと汚いとかいう潔癖な人は、是非アマゾンの奥地で一週間過ごしてきてほしい。それでも気にするというなら何も言うまい。



「お兄ちゃん、今日は大学の後アルバイト?」



 凛音に言われて、今日の予定を確認していないことに気づく。



「んー……あ、やべっ」



 携帯を見れば、こんな時間にも関わらず既に着信が二件。両方ともゴシュジンサマからだ。

 そして、図ったかのように三度目の着信。メールも一件。電話に出ろ、部屋までこいとのこと。



「……」



 朝っぱらからあいつの相手をするのはすこぶる疲れるので、電話は無視することにした。ちょっと怒ってるっぽいんで小言を言われるだろうが、手土産を持っていけば機嫌もよくなるだろう。



「……今日もバイトだから遅くなるわ、ごめんな」



「いいよー気にしないで。どうせやることなんてないんだし」



 凛音は聞いている相手に気を遣わせない優しい声色で言う。うん、我ながらよくできた妹だ。




『Ⅽ県門倉かどくら市で、女性のカワードの目撃情報がありました。近隣の住民の方は警戒を……』




 食卓の横に置いてあるテレビから、女性キャスターの機械的なアナウンスが聞こえてくる。



「……また、出たんだね。門倉ってうちのすぐ横だよね……。気を付けてね、お兄ちゃん」



 警戒を促す暗いニュースを聞き、凛音は不安そうな声で言う。



「……まあ、大丈夫だろう。四脳会しのうかいの人たちも、ここら辺を重点的に警戒してくれてるらしいし。気にしすぎたら買い物もできなくなっちまうぜ」



「……そうだけどさ。お兄ちゃんは、なんて言うか、適当だよね」



 適当上等。

 こんな世界で神経尖らせながら暮らしていたら、それこそ一週間で頭がおかしくなっちまう。



「お父さんとお母さんも、きっと心配するよ。最近、バイトだって言って夜も遅いし……」



「……そうだな。でも、俺は大丈夫だから、あんまり心配すんな」



 凛音と違って、俺は相手を安心させるような話し方も言葉遣いもできない。だから彼女は、どこか納得していない、けれど仕方がないといった風な声で言う。




「わかったよ、お兄ちゃん。




 ズキンと。

 右腕が、軋む。



「……じゃ、今日は一限あるから、もう行くわ」



 俺は未だ起き上がろうとしない怠惰な体に鞭打ち、キッチンへと這い出る。冷たい流水で顔を洗い、スイッチオン。足元に雑多に散らかる荷物を一まとめにし、早々に家を出る準備を済ます。



「あ、ちょっと、朝ご飯は!」



「悪い、帰ってきてから食べるよ」



 凛音の声を背中で受けながら、俺は足早に玄関へと向かい靴を履く。



「もー、元気でなくても知らないからね」



 そんな風に拗ねた感じの凛音だったが、俺が扉に手をかけた時には、いってらっしゃいと小さな声で見送ってくれた。



「……いってきます」



 俺はぶっきらぼうに答え、部屋の明かりを消して外に出る。



―――――――――――――――――



 1DKのボロアパートの一室から出て、俺は鍵を閉める。ボロアパート……より正確に言えば、四脳会福祉サポート集合住宅。


 その一階の角部屋が現在の俺――かのう凛土りんどの根城だ。



「さてと……」



 八月も終わり、若干の肌寒さが辺りを包む今日この頃。

 俺は自身の通う大学、菱岡ひしおか大学を目指す。もちろん、勤勉な大学生として授業に励むため――ではない。そもそも、大学三年生という最高な身分の俺は、週に数コマしか授業を組み込んでおらず、一限に授業を入れるはずなどないのだ。



「……」



 目的地へ向かう前に、ゴシュジンサマのご機嫌取りのためにコンビニへと足を運ぶ。あいつはあの華奢な見た目に反して、大の酒好きなのだ。



「……ま、これでいいか」



 酒の種類なんてよくわからないので(酔えればいい)、とりあえず目についた中で一番高い日本酒を購入する。コンビニで買える時点で高が知れているだろうが、せめてもの誠意だ。

 ついでに朝食用のおにぎりなども買って、俺は目的地に向かって歩き出す。


 道中、今朝のニュースについて考える。

 門倉市にカワードが出没しているという、今朝のニュース。



「…………」



 カワード。


 その名の由来は、『卑怯者coward』からきている……らしい。

 通常の人間ではありえない、超常的な力を有した新種の人類。


 異能者。


 ある日突然、卑怯としか言いようのない能力に目覚めた者たちの通称。


 それがカワードだ。


 その存在が初めて確認されたのは今から二十五年前。以来、なぜか五年という周期性をもって、奴らは発生している。


 五年毎にカワードが現れるたび、『災厄の世代』だとか『未曽有の世代』だとか、そんな風に呼ばれて世代分けされているが……いや、ボジョレーヌーボーかよ。


 今年は例年を凌ぐ出来の良さです! とか。

 冗談でも笑えない。


 そう、笑えない程の被害を、あいつらは生み出している。


 それまで何の変哲もないただの一般人だったはずなのに、いきなり異能の力を与えられることを想像してみてほしい。


 その力を犯罪に悪用する者がいることは、想像に難くないだろう。

 むしろ正義のために使う方が少数だ。


 それ程、人間って奴は欲深い生き物だということなのだけれど……そんなこんなで、五年周期でこの国の治安は最低になる。


 始まりは、1995年。

 そして直近は、今年2020年。


 八月一日になると、各地でカワードが誕生するのだ。


 その嫌な周期性は、まるで神のいたずらを思わせる。愚かな人類に、定期的に罰を与えるような、そんな悪趣味ないたずら。


 まあ、俺が知っている神様もそんなことをしでかしそうではあるので、神の所為と言うのはあながち間違っていないのかもしれない。



「……はあ」



 溜息の一つも出るってもんだ。


 俺は今から、そんな傍若無人で意地の悪い神様のところへ、出向かなければならないのだから。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る