第15話ぶすっとシンちゃん


「ぶすぅー……」


「ど、どうしたシン? そんな顔して……」


 居間へ行くと、妙に不満げなシンの顔に出くわした。


 取り囲んでいるキュウもコンも困った顔をしている。


「シンだけなんもなーい! やだやだー!!」


……なんもない……まさか、シンはキュウやコンとのことを!?


「あはは……シン、自分だけ先生とおでかけしていないことが不満みたいなんです……」


 察したのかキュウはそう言い、


「仕方ねぇだろ。あたしとトク兄は遊びに行ったんじゃなくて、武器を手に入れに行ってたんだから」


 そういやコンとでかけたのは、それが目的だった。

 あまりにその後のことが衝撃的で、すっかり忘れていた。


「トーさん、シンのこと嫌い……? シンには興味ない……?」


 シンは本当に不安げな視線を送ってくる。

 こんな顔されちゃ、なにもしないわけには行かないな。


 というわけで……



「きゃっほー! デートぉー!」


「こらこら走るな! そして1人で勝手に先行くな!」


 今日はオフにして、シンと街へ繰り出すことにした。

一瞬、キュウとコンがどう思うか気になったんだけど……2人からは変なリアクションはなく、笑顔で送り出してくれた。

やっぱり姉妹だから、嫉妬とか、そういうのは無いのだろうか。

って、俺もこの短い間に随分なことを考えるようになったなぁ。


「きゃっほー! ふふーん!」


 シンは軽やかなステップを踏みながら、先をゆく。

体や、そのほかのところは大きくなったけど、やっていることは小さい頃のままだった。

天真爛漫とも言えるし、独特の感性ともいえる。

まぁ、魔法使いって変わってるやつが多いから、見慣れればたいしたことがないんだけどね。


 だけどシンは小さい時、この独特の感性が周りに馴染めなくて、軽い虐めのようなことを受けていたっけ。


「トーさん、遅いぃー!」


「おわっ!?」


 むにゅん、と肘の辺りに大きくて柔らかいシンの胸が当てられてくる。

全く、こんなところだけど立派になっちゃって……

 しかも、いつの間にやら、シンは俺の間横にまで戻って来ていた。

どうやら、転移魔法を使ったっぽい。


相変わらずサク三姉妹の潜在スペックは破格だな。


だったらこのデートは、ただのデートで終わらせるのは勿体無いよな!



「おー! 人がいっぱい! 食べ物くさい!」


 まず最初に訪れたのは、街の飲食店街だった。

 カフェに、レストラン、居酒屋に露店までがずらりと軒を連ねている。


「でもシン、今お腹すいてなぁーい」


「ちょっとシンに見せたいもんがあってな」


「なぁーにぃ?」


「ちょっと待ってろ。ええっと……あそこ行くぞ!」


 俺はシンを連れ立って、龍やら不死鳥などのモチーフで飾られた異国情緒溢れる店へ向かってゆく。

 店先には大窓があって、油の弾ける心地よい音やいい匂いが漂って来ている。 


おーおー、やっぱり人集りができている。

この店のアレは人気だからなぁ。


「料理ー? コン姉は喜びそー! でもシンは興味ない」


 シンは大窓から見える慌ただしい厨房の風景を見てそう言った。


「まぁ、見てろ」


「んー?……わぁ!!」


 厨房の中で、突然火柱が起こり、それを見たシンは感嘆の声を上げた。

ほかのギャラリーも、一斉に驚きの声を上げている。


 これが東方飯店名物、火柱調理!

 シンにはこれを見せたかった。


「おー! おー! ファイヤー! おおー!」


 シンは目をキラキラと輝かせながら、火柱調理に夢中になっていた。

どうやらお気に召してくれたらしい。


「さて、シン。突然だが課題だ。軽く炎の魔法を出してご覧」


「炎? やったことなーい」


「今、目の前でみたろ? アレをイメージしてやってみ」


「わかった!」


 シンはそっと目を閉じて掌を広げた。

すぐさまシンから沸々と、熱い感覚が湧いてくる。


「!! ファイヤー!」


 突然、ブワッと、東方飯店以上の火柱が、シンの手から沸き起こった。

俺も、ギャラリーも、店で調理をしていたコックたちも、余りに激しい火柱に腰を抜かす。


「おーでた! おおー!!」


「よ、よくやった。上手いぞ……」


 うまく炎のイメージを掴んでくれたらしい。

にしても、イメージだけでこれだけの炎が出せるんだから、シンは本当に凄い子なんだな。


 ここ最近気づいたことなのだが、今のシンは魔力こそ高く、闇属性の魔法は得意らしいが、それ以外はてんでダメだったらしい。

 そこで、この機会に他の属性のイメージを見せれば、できるようになるんじゃないかと考えていた。

どうやらこれで正解だったらしい。



「水! ゴォー! 水ぅー!!」


 次に訪れたのは街の隅っこにある観光名所グラブロの滝。

 大量の水が一気に流れ落ちる、人気のスポットだ。


「シン、さっきの要領で今度は水だ」


「わかった! がむばる! ……水、お水、お水……――アクアぁー!」


 シンの手から激しく水が撃ち出された。

 さすがに二度目なので俺は腰を抜かさなかったが、周りの観光客は何があったのかとシンへ視線を注いでいる。

 なんかシンの水魔法で、滝が一瞬分断されたような……


「わふぅー……」


 突然、シンはヘナヘナとその場に座り込む。


「疲れたか?」


「なんか足に力が入らない……どうしてぇ?」


「無制御で魔法を放つとこうなるんだ。だから詠唱で制御して、力を適切にコントロール必要がある……って、お前にはこんな解説今更だったか?」


「そうなんだぁ。知らなかったぁ! 教えてくれてありがとうぉ!」


 どうやら本気で知らなかったらしい。

これが天才というやつか。

 しかしどうやってここまで魔法を習得したのやら……今度、しっかりと基礎理論から教えてやらないと。


「とりあえず、少し休もうか?」


「おー!」


 俺はシンの手を取って、近くに見えた見晴らしの良いカフェへ、休憩のために向かってゆく。

 落ち着いた雰囲気の、なかなか感じの良さそうなお店だ。


「いらっしゃいませー……ってぇ、トクザさん!!」


 店へ入るなり、弾んだ声と共に、顔見知りと出会った。


「よぉ! まさかこんなところで会うだなんてな!」


「私もです! まさかここでトクザさんにお会いできるだなんて予想外です!」


 青いツインテールに愛想の良い笑顔――ローゼンのバーでアルバイトをしているアクトで間違いない。


「ここでもバイトを?」


「はいっ! お恥ずかしながら、私貧乏学生なんで……あはは」


 そういやアクトは地方出身の学生さんだっけ。

で、なんだか結構難しいことを勉強していると、酔っている時に聞いたような……はて、アクトは何を勉強しているんだっけ?


「頑張ってるんだな」


「はい! 勉強も、バイトも120%の力で頑張ってます!」


「はは! そりゃ結構なことだけど、頑張りすぎるなよ? 疲れないぐらいがちょうど良い働き方だし」


「まったそれ言ってる! でも今が頑張りどきだと思いまして!」


「元気だなぁ、お前」


「元気が取り柄なので!」


「ねーねートーさん、疲れたぁ! 座りたいぃー!」


 ぶすっすしたシンが割り込んできた。

なんだかアクトが凄く顔を引き攣らせているのは気のせいか……?


「ご、ごめんなさい! では、あちらの窓際の席へどうぞ!」

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