第7話ほんの少しだけ、人生に厚みを持たせても良いかもしれない。 &一方その頃のパルディオス


「ど、どうぞ! マティーニです!」


 ローゼンの店のバイト店員である【アクト】はカウンター越しに、おそるおそると行った様子で課題のカクテルを差し出してきた。


 ちなみにマティーニとは、ジンという蒸留酒をベルモットーー薬草を浸漬させたワインーーで割った、酒精が強めのカクテルだ。

 これの良し悪しでバーテンの腕が分かると、いわれるものでもある。 


「いかがですか……?」


「良いね、美味い! 腕上げたな!」


 本当に美味しく感じたのでそう伝えると、アクトは嬉しそうに微笑んだ。

 にしても上達が早い。

もしかすると、俺のいうことを素直に聞いてくれていたから、契約書がなくても成長スキルの恩恵に預かっているのか?

まさかね。


「そうだ! 今日、キッシュを焼いて持ってきてるんです! 是非、召し上がってください!」


「おーそうか。んじゃ、よろしく」


「はい! 温め直してきますね!」


 アクトはハキハキそういうと、バックヤードへ下がってゆく。

 そういやあの子も料理好きだったな。コンと話が合って、仲良くできるかも。


「最近、モテモテじゃない?」


 ローゼンは酒で唇を湿らせつつ、笑いかけてくる。


「まぁな。つっても、お前さんが想像しているようなモテ方じゃねぇけど」


「そう? アクトと良い、三姉妹ちゃん達といい、結構良い感じに考えても大丈夫なような?」


「はは! こんなおっさんと、あいつらが?」


「別に普通じゃない? 私の両親だって、結構歳の差あるし」


「馬鹿言ってんじゃないよ。そういう妄想はしない主義なんで」


「そうやってはぐらかす……」


「でも、まぁ……」


 なんだここ最近、楽しく感じる機会が多いのは確かだった。

ついこの間までは紙切れ一枚くらいの薄い人生の感覚が、布一枚くらいには厚みを取り戻しかもしれない。


「お待たせしました、トクザさん! 特製キノコのキッシュです!」


 裏から出てきたアクトは、綺麗に盛り付けられたキッシュを差し出してきた。

てか、この盛り付け無茶苦茶凝ってないか?


「なんか随分気合の入った盛り方だな。まるで高級レストランみたいじゃん」


「それだけ味にも見た目にも自信があるってことですよ!どーぞお召し上がりを」


「おう」


 いざ実食! ……おお、きのこのいい食感に香り! 生地も結構バターが効いてて、これは……


「美味いぞ。ホント、マジで!」


「ありがとうございます! ちょっとバター多めだったから、しつこいかなぁと思ってたりして……」


「いやいや、これぐらいがいい! すっげぇ俺好み!」


「ははーん、なるほど。この間、こいつがパンケーキへバターをがっつり塗ってるのをみて、ヒントを得たんでしょ?」


 ローゼンがニヤニヤ顔でそういうと、アクトは「あ、あ、そ、それは!」と顔を真っ赤にしながらしどろもどろに。

 そんな態度とられちゃうと、おじさん勘違いしちゃうよ?


「だってトクザさん、いっつもよくしてくれるんですもん! お酒の作り方とかも教えてくれるし、この仕事だって、トクザさんが色々とアドバイスしてくれたおかげで、楽しくできてますし! だからその……そうそう! トクザは私にとって人生の師匠なんですっ!」


 やっぱりそういうことよね。よかったよ、勘違いしないで。

でも、こうして頼られるのはやっぱり悪い気はしない。

アクトのように一生懸命頑張っている子からなら、尚更だ。


 ローゼンは相変わらずニヤニヤしながら「そういうことにしとくわ」と軽くあしらった。


「トクザさーん! ローゼンさんが意地悪しますぅ!」


「はは! この女は昔からこういう悪どいやつだからな」


「あら? 悪どいなんて失礼ね。悪人のトクなんかに言われたくないわ!」


 薄っぺらい人生でも、こういう瞬間は心の底から楽しいと思う。

 ここに【シオン】と【サフト】がいたらもっと盛り上がったんだろうなぁ……って、昔のことを思い出しちまった。

いかんいかん……



⚫️⚫️⚫️



――ちょっと飲みすぎたかもしれない。


ローゼンの店からの帰り道、俺の足取りは珍しく乱れていた。


こういう時って、誰かと一緒にいる時はいいんだけど……こうして1人になると、急に寂しくなってしまう。

それにずっと心の奥にしまっていたことを思い出したりしちまう。


 無鉄砲で、世間知らずだったからこそ楽しかった若い頃。

 まだ大きな夢を抱いていたあの時。

 そしてそんな瞬間を、一緒に過ごした大切な仲間達……。


だけど歳を取れば取るほど、人との関わりがだんだんと薄れてゆく。


あるものは結婚して家庭を持ち、またあるものは別の道を歩み出す。


出会いと別れを繰り返し、気がつけば、自分の周りには必要最低限な人しか存在しなくなるような……


 でも俺はまだ幸福な方なのかもしれない。


 側には今でも昔馴染みのローゼンがいるし、それに……


 俺はそっと玄関戸を押し開いた。

 家の中は、まるで1人で暮らしていた時のようにシンと静まり返っている。


 本当はこんなことしちゃデリカシーに欠けるのはわかっている。

だけど今夜は妙に寂しくして、部屋を区切る分厚い緞帳を、少し開いた。


 元貴族のサク三姉妹。

 昔、ほんのちょっと面倒を見ただけの彼女達は、立派に成長して、なぜか今俺と一緒に暮らしている。


 なんでそんなの俺のことを慕ってくれているのかは、正直なところよくわからない。

だけど3人が向けてくる、信頼の気持ちに嘘はないと思う。

てか、嘘だったらめっちゃショック。おじさん凹んじゃう……なーんてな。


「おやすみ。良い夢見ろよ」


 ただこの一言が言いたいだけだった俺は、緞帳を閉じて、椅子を腰を下ろす。


 不思議とさっきまで感じてた昔を懐かしむ気持ちや、寂しさは無くなってた。


「こうして誰かが家にいるって良いもんだなぁ……」


 不意に本音が溢れでた。

 めっちゃ恥ずい……こういう時はもう一杯きつい酒を飲んで、さっさと寝ちまうに限る。


 ほんの少しだ。

 ほんの少しだけど……薄っぺらい人生に、厚みを持たせても良いかもしれない……なんて。


「シオン、サフト……俺、ようやく、また生きるのが楽しくなってきたぜ……! お前達といた時のように……ぐぅー……」


……

……

……


「あ、先生帰ってたんだ……もう、こんなところで寝ちゃって……ふふ……」


「トク兄、こんな顔して寝るんだ。なんか、ちょっと可愛いかも!」


「トーさん、おやすみ。また明日もシンのためによろしく!」



⚫️⚫️⚫️



「いやぁー! 今回のグレートモスは弱かったなぁ! 楽勝だったぜ、なーっはっは!」


 依頼を終えた勇者のパルディオスは意気揚々と、ホームタウンのコムサイへと帰還する。

 楽勝だったとはいえ、相手は危険度Bのグレートモス。

これを倒したということならば、周りはいつものように自分を褒め称えてくれる。

ギルドに戻れば取材が殺到する筈。


「お帰りなさいパルディオスさん。お疲れ様でした。まずは帰還証明書へサインをお願いします」


 しかし、彼にそう声をかけてくれたのは、事務的にそういう受付嬢だけだった。


「おいおい、俺はあのグレートモスを倒したんだぜ?」


「? そうですね。ありがとうございました」


「いやいや、そうじゃなくてさ! 他にもっとこう、あるだろ? 俺宛にさぁ!」 


「え……? あの、えっと……」


「んったく、なんだよコイツ。空気読めねぇ奴だな!」


「す、すみません……」


 ギロリとパルディオスが睨みを効かせると、受付嬢は訳が分からないまま、とりあえず謝罪を述べた。


「どうかなさいましたか?」


 妙な様子に気がついた、ローゼンが傍からひょこっと顔を出す。

 ベテラン受付嬢のローゼンが現れたことで、パルディオスはニッコリ笑顔を浮かべた。


「頼むぜローゼンさん。後輩の教育はしっかりして貰わないと」


「なにか不手際があったのですね? 事情をお聞かせ願えませんか?」


「俺に取材来てんだろ? 書類作成よりも先にそっちの案内してくれないと困るぜ。せっかく俺のことを待ってくれているメディアの方々に失礼でしょ?」


「パルディオスさん宛の取材依頼なら一件も来ていませんよ」


「は……?」


 パルディオスはぐるりと集会場を見渡す。

いつもはこうして事務手続きをしていると、背後からメディア関係者の視線を感じる。

しかし今日はそれが一つもない。影も形も見当たらない。


 自分は必ず取材を受けるはず――そう思い込み、そういう態度を取っていたパルディオスは自分の滑稽さに赤面した。


「お、遅れてるだけだよな! さすがに日刊冒険者たち♪位はあるだろ?」


 それでもパルディオスは食い下がる。

するとローゼンは爽やかなスマイルを浮かべた。


「いいえ。先ほども申し上げましたが一件もございません。ですのでゆっくりと事務手続きを進めて頂いて大丈夫ですよ」


 ローゼンはキッパリそう言い放った。


「なにあれ、だっさー」

「もうパルディオスって飽きられてんじゃね?」

「ざまぁ……」


 周囲からは聞き耳を立てていた冒険者達の嘲笑が聞こえている。


 これ以上は恥の上塗りだと思い、パルディオスは大人しく事務手続きを進める。

自分宛の取材が一件も無いことに腹を立てながら……。


 そうして事務手続きを終えて、何気なく夕刊冒険者達!を手に取り、自分に取材が一件も来なかった理由が判明した。


「サク三姉妹……チッ、こいつらのせいか……んったくメディアの連中は飽きが早くて困るぜ……」


 そう思うもメディアを敵に回すのは良いとは言えない。

これは性質上仕方のないことだとはわかっている。


 ならばこの状況をうまく利用して、再び自分に注目を集めるのが上策である。

それに記事内容や、同時掲載されている各種試合の広告から、どうすれば良いかは思いついていた。


「トクザってあのおっさんが三姉妹の訓練士か。あのおやじ、調子に乗りやがって……!」

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