第6話大人気! サク三姉妹!! と……モテモテのトクザトレーナー?


「――ッ!!」


 突然、キングクラブが怯んだ。

 爪の関節位は矢が一本、鋭く突き刺さっている。


「コン!」


「はいよ!」


 弓を下ろしたキュウの肩を踏み出しにして、コンが高く飛んだ。


「どぉーりゃぁー!」


 激しく振り落とされたコンの棍棒が、キングクラブの甲羅を叩き割る。

 中身までやられたのか、キングクラブは巨体をよろつかせた。


「キュウ姉、コン姉どいて!」


 シンの声を受け、キュウとコンは道を開いた。

その先ではすでに暗黒の炎を身に纏った、シンの姿が。


闇矢ダークボルトぉー!」


 激しい闇属性の魔力で形作った矢が、キングクラブを貫いた。

更に、ぶわっと紫の炎がわき起こり、カニの巨体を包み込む。

やがて件のカニは香ばしい匂いを漂わせながら、倒れ込むのだった。


「カ、カニ……カニぃー!!」


「あ、ちょっと、シン!?」


 キュウの静止を振り切って、シンが倒れたキングクラブへ飛びつく。

覚えたての"杖を武器にして、物理で殴る"で足の甲羅を砕く。

そして現れた真っ白な身へ、齧り付いた。


「カニ、んまぁー!」


「こら! 落ちてるものを食べちゃダメでしょ!?」


「んー……落ちてない。大丈夫」


 シンはコンが盾として持っていた板を指し示す。



『カニ祭り! 食べ放題実施中! メインはあのキングクラブ!!』



 あー……なるほど、イベント用に捕獲したカニが脱走してこの騒ぎになったと……



「シン達、一生懸命頑張った。これぐらいしても大丈夫。それにカニ勿体無い!」


「それもそうだな!」


 ノリの良いコンは、シンと並んでカニを屠り始めた。


「カニ、うめぇー! ほら、姉貴も喰いなよ!」


「え、え、でもぉ……」


「よだれで出るぜ?」


「うう……じゃ、じゃあ、一口……」


 キュウは淑やかにちょこんと座って、カニを一口。


「カニ、うまぁー!」


 さっきまでの躊躇いはなんだったかのか、一番よく食べ始めるキュウだった。


「先生! 先生もぜひ!」


「このカニマジうまいって!」


「カニカニカニー! ひっさびさのカニー!」


「いや、えっと、うーん……」


 これ、勝手に食って良いんだろうか?


「みなさん! この度は大変ご迷惑をおかけして、大変申し訳ございませんでした!」


 と、声を響かせたのは、恰幅の良い貴人だった。

たぶん、このイベントの主催者かなにかなのだろう。


「さぁ、皆さんもぜひ、キングクラブをご賞味ください! 宜しければ、そこらにあるカニも、お好きにお召し上がりください! ご希望の方にはお酒も用意いたします……本イベントはこれより全て、無料とさせて頂きます!!」


 無料!

 なんたる甘美な響きか!!


「「「「「なんだってぇぇぇぇー!」」」」」


 それを聞いた途端、周りにいる人たちが一斉に動き出す。


そうして再開された、大・カニ食べ放題祭!

あたりには香ばしい焼きカニの匂いが立ち込めて、楽しげな雰囲気が広がってゆく。


 どうやら主催者の思惑通り、この騒ぎの火消しができたらしい。


 おっ? どうやら澄み酒もあるようだ。

 これをカニの甲羅に入れて、蟹味噌を溶かしつつ飲むと美味いんだよね。

てか、もうやっているけど。


「うう、カニなんて久々だよぉ……美味しいよぉ……!」


「泣くなよ姉貴。また、こうしてカニが食べられるよう借金返済頑張ろうな」


「カニクリームコロッケ! カニクリームコロッケ! カニクリームコロッケ! コン姉作ってぇ!」


「美しい御三方よ!!」


 すっかりカニに夢中になっていた3人へ、主催者が声をかけてきた。

そしていきなり深々と頭を下げ始める。


「この度は騒ぎを鎮めていただき誠にありがとうございました! 少ないですが、こちらが御礼になります。どうぞお受け取りください!」


「いち、じゅう、ひゃく、せん……さ、30万G!?」


 主催者から小切手を受け取ったキュウは、突然周囲へ忙しなく視線を向ける。


「い、いないよね!? 借金取りいないよね!?」


「た、たぶん……シン、どう?」


「んー……大丈ブイ。なんにも感じない!」


 キュウはホッとした顔で、装備の間からちらっと見える胸の谷間へ小切手を差し入れるのだった。

 たしかにそこだったら安全に違いない。


その時、カニ祭りの主催者は、目を見開いた。

そして姉妹を見渡し、


「も、もしや貴方たちはサク三姉妹ですか!? 先日、日刊冒険者達♪に掲載されていた!」


 主催者がそう声を上げた途端、周りの人々が一斉に三姉妹へ視線を向けた。


「あ、ホントだ!」

「写描きよりもめっちゃ美人じゃん!!」

「サイン貰わないとぉー!!!」


 あっという間に、三姉妹は取り囲まれててんやわんやの大騒ぎ。

 うん、いいぞ。有名になること大変結構! こうして有名になってじゃんじゃん稼いでくれたまえ!


「ちょっと、皆さんまってくださぁぁぁーい!!」


 キュウの声に集まった人々は静まり返った。

なんかこのシチュエーション、直近でみたことがあるような……


「今回の成果も私たちのみではなし得ませんでした! こうして皆さんの無事を守れたのも、全て! 私たちのトレーナー、トクザ先生のご指導の賜物なんですっ!」


 バン! とキュウに指し示された。

 ザッ! と周囲の視線が一気に俺へ集まってくる。


「あの冴えないおっさんが?」

「もしかして日刊冒険者達♪に書かれていたトレーナーって!」

「あっ、あの人、給付金詐欺の人だ!」

「だから詐欺じゃねぇって!!」


 一体どこまで俺が給付金生活してたって広まってるんだよ全く……


「あの! 突然、すみません! 大変失礼いたします!」


 振り返ると、メモとペンを持ち、メガネをかけた若い女が、妙に上気した表情で俺を見上げていた。

赤い腕章をつけているから、記者さんか?


「夕刊冒険者共!の記者をやっています、【ササフィ】と申します! 今日はカニ祭の取材で来ておりましたが、まさか、こんなグレイトな状況に巡り会えるだなんて! だから是非、是非! 今のご活躍を取材させてくださいっ!」


「あーいや、俺はそういうの……」


 断ろうとしたが、なぜか体が動かなかった。


「先生! 今度こそは逃しません! しっかり答えてくださいっ!」


「良いじゃんかよ、トク兄!」


「トーさん、口を割る。洗いざらいしゃべる!」


 三姉妹にがっちり拘束されて、逃げ出せそうもなかった。


「はぁ……わかった、わかった。好きに聞いてくれ……」


「グゥレイトですっ! では早速、率直に今のご感想は!?」


……

……

……


【ムサイ国に降り立った麗しき三連星! サク三姉妹! 再び大活躍! カニ騒動を鎮める!】



『これもトレーナーのトクザさんに鍛えて頂いたおかげです!」(長女:キュウ・サク談)


『あたしらはこれからもずっとトク兄についてくぜ!』(次女:コン・サク談)


『トーさん凄いトレーナー! きゃっほー!』(三女:シン・サク談)


『まぁ、この子たちは素直に俺の訓練を受けてくれてますし、彼女たちのひたすら強くなりたいって想いが、色々と結果を生んでると思うんですよ。これからも三姉妹たちが皆様のお役にたてるよう、誠心誠意指導してまいります』(専属冒険者訓練士:トクザ談)



――以上、夕刊冒険者共より、記事一部抜粋――


この日の夕刊冒険者共!はとても良く売れたらしい。



……

……

……




「なぁーるほど。そんなことがあったのね」


 艶やかな衣装に身を包み、ばっちりメイクを決めたローゼンが、トワイスアップで作った蒸留酒を差し出してきた。


 ギルドの敏腕女性職員ローゼンは仮の姿。

しかして、夜の姿は――! ひっそりバーを経営しているママさんでもあるのだ。

ちなみにギルドの仕事は、あの仕事ぶりでバイトである。


「そうそう、そんなこと。まぁ、夕刊紙取ってる人間少ないだろうから、そんな騒ぎにはならんと思うけど」


 ローゼンの作ったトワイスアップは美味かった。

しかも、樽のよく聞いた酒で作ってくれたので、心地よいバニラのような香りが鼻を抜けてゆく。

なんだかんだ言いつつ、こいつは今でも俺の仲間なんだと思った。


「トク、今楽しい?」


「ん?」


「なんか久々にトクが楽しそうに笑っているなぁって思って」


「何言ってんだ。俺はいつもヘラヘラしてるじゃないか」


「それとは違ってよ。あの三姉妹ちゃんたちのおかげかしら?」


 確かに最初は色々と思うことはあったけど、サク三姉妹と一緒に過ごすようになってからは、多少生活に張りがでたような気がする。夕刊の取材だって、本気で逃げようと思えばできたけど、そこまでしなかった。

 実際、ここ数日人目が気になるような。


「……また表に出てみれば?」


 ローゼンは僅かに小声でそう言ってきた。

 

「いんや、そういうのはもう良いんだって言ってるだろうが」


 俺は敢えてふざけた風に返した。

 ローゼンは苦笑いを浮かべつつ、こくりと酒を飲み込む。


 一生懸命頑張るとか、分厚い人生とか、生きがいとかはもうどうでも良いんだ。

んなのがあったって、疲れるだけし、それに……だから俺は今、薄っぺらい人生を過ごしている。

でも、ここ最近、そんな薄っぺらさに、違和感を抱くようになっているのまた事実。

ずっと眠らせていた何かが沸々と沸き立っているような感覚がある。


「ねぇ、トク」


「なんだよ、気持ち悪い声だして?」


「なによ、気持ち悪いだなんて失礼ね。……久々に私のお相手どうかなぁ、と思って」


「久々って……お前なぁ……」


「なんか、今のトクを見てたら、ね? どうかしら? これでも身体は鍛え続けているから、自信はあるわよ?」


 確かにローゼンは年齢を感じさせない程若々しい。

まぁ、そんなことはっきり言った日にゃ怒られそうだけど。

それに俺自身も、昔コイツとパーティーを組んでいた時を思い出してなんとなく……


「もちろん、一回に付き1万Gはきっちり頂くから、昔みたくあと腐れなく……」


「おはよございま……あー! トクザさん! いらっしゃいませぇー!」


 と、少し怪しくなった店の雰囲気を、明るくてピュアな女の子の声があっさり一蹴する。


「よ、よぉ! 久しぶり! 元気そうじゃん」


「元気が取り柄ですから! それよりも夕刊冒険者共!読みましたよ! すっごいですねぇ!!」


 彼女はまるで自分のことのように嬉しそうな声を上げている。


 彼女の名前は【アクト】――2本に結った青い髪が特徴のローゼンの店で働くバイト店員で聖ギシリア学園の学生さんだ。一回り以上年齢は離れているんだけど、結構仲良しさんなんだよね。

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