第5話 お兄ちゃんごっことかいう極めて危険な遊び
始業式&オリエンテーションは3時間ほどで終わって、今日のところは解散となった。
終業のチャイムと同時に生徒たちは立ち上がって、各々の友人たちと教室を出て行く。俺もまた鞄を手にして立ち上がろうとしたのだが。
「お兄ちゃん」
と、そんな俺の机の前に桃ちゃんが現れる。彼女は俺に向かって「お兄ちゃん、お疲れさまです」と微笑みながら、始業式とオリエンテーションを終えた俺を労ってくれた。
可愛い。
と、そこで俺は今朝、彼女が下校途中にショッピングに行こうと言っていたことを思い出す。
「ってか俺なんかがついていってもいいのか?」
「え? 何がですか?」
「ショッピングだよ。なんというか俺は男だし、俺なんかがいても邪魔かなって思って」
せっかく誘ってくれたのにあれだけど、美少女グループの中でぽつんと冴えない童貞高校生が混ざっても邪魔なだけだと思った。
が、そんな俺の疑問に桃ちゃんはぶんぶんと首を横に振る。
「どうしてお兄ちゃんがいたら邪魔なんですか? 私、お兄ちゃんのこともっとたくさん知りたいです。それともやっぱり女の子と遊ぶのは楽しくないですか?」
「いや、別にそういうわけじゃないけど……」
「それにお兄ちゃんが普段どんなものが好きなのか興味があります。やっぱり血はつながっていなくても妹になった以上、そういうことは知っておかないとダメですので」
なんか桃ちゃんの中で色々と話が進んでるなぁ……ホントに大丈夫か?
と、桃ちゃんとの先行きが少し不安になっていると、ふと我が妹のことを思い出す。
「そういや美羽はどうしたんだ?」
「あ、美羽ちゃんならなんとか整備が終わりました。あ、美羽ちゃんこっちだよ」
と、そこで桃ちゃんが手招きをする。すると後ろの席から美羽が歩いてくる音が聞こえたので後ろを振り向く。
するとロボットのように両手両足をピンと伸ばしたままぎこちなくこちらへと歩いてくる妹が見えた。
おい、大丈夫か……。
美羽は俺のすぐそばで足を止めると俺を見下ろす。
「に、西塚くん、おはよう」
「いや、お前も西塚だろ」
「そ、そうだっけ……」
と苦笑いを浮かべる美羽を見て俺は慌てて桃ちゃんを見やった。
「おい桃ちゃん、本当に大丈夫なのか?」
なんかポンコツ化どころかスクラップ化してるぞ……。
「え、えへへっ……い、今はまだ調律が終わったところで動作が安定しないんです。もうしばらくしたら元の美羽ちゃんに戻ると思います……」
「本当か?」
桃ちゃんにそう尋ねると彼女は「えへへっ……」と苦笑いを浮かべると俺から顔を背けた。
おい……。
と、困惑する俺のもとに美咲もやってくる。美咲は明らかに様子のおかしい美羽をしばらく眺めてから「あんた、美羽に何したの?」と心配げに俺の顔を覗き込んできた。
いや、顔が近い。
「まあ色々あったんだよ。しばらくはちょっと変かもしれないけどいずれ治る……らしい……」
と、答えると「わけわかんない……」と呆れたように俺から顔を放した。
そんな美咲のもとに桃ちゃんが素早く歩み寄ると、彼女の耳元に唇を寄せる。
どうやら事情を美咲に説明しているようだ。急に桃ちゃんに接近されて唇を寄せられた美咲は「な、なるほど……そういうことね……」と頷きつつも、嬉しそうに恥ずかしそうに頬を染めていた。
が、すぐに俺の視線に気づくと「見るな。殺す……」と釘を刺してくる。
いや、だから怖いって……。
※ ※ ※
どうやら桃ちゃんの言葉は本当だったようだ。
学校を出て駅前付近まで歩いてきたころには、美羽の歩き方はかなり人間に近くなっていた。桃ちゃんや美咲とも普通に会話を交わすまでに回復した。
そして、俺とも少しぎこちなくはあるが「おにい、ワンピースの話は忘れないでね」と憎まれ口を叩くまでに回復した。
何故か俺のことをお兄ちゃんではなくおにいと呼ぶようになっているが、まあ、その程度のバグには目を瞑ろう。
ということで俺たち4人は駅に併設されたショッピングセンターへとやってくる。
なんというか入るのは久しぶりだ。基本的に放課後は直帰がデフォの俺にはあまり縁のない場所なのだ。このショッピングセンターに入ることなんて漫画の新刊を買うぐらいしかない。
俺たちは雑貨屋洋服店の入っている二階へと上がると美咲に先導されて例のヘアピンが売っているという雑貨店へとやって来た。
のだが。
「あ、あれ……ない……」
と、見せに到着しヘアピンが置いてあると美咲の言っていたワゴンを眺めてみるが、それらしきものが見つからない。が、美咲氏はその現実が認められないようで「ないっ!! ないっ!!」と慌てた様子でワゴンに乗ったアクセサリーを漁っている。
「美咲ちゃん、大丈夫だよ。ヘアピンなら他にもあるし、やっぱりそれは美咲ちゃんが一番似合うよ」
と、そんな美咲を桃ちゃんが慰めると、美咲はがっくりとうな垂れた。
「ごめんね桃、わざわざここまで連れて来たのに……」
「ううん、なら私、美咲ちゃんに新しいヘアピンを選んでもらおうかな」
と、桃ちゃんが言うと美咲はうな垂れた頭をピンと上げると「そ、それホントっ!?」と正気を取り戻す。
どうやら桃ちゃんは美咲の扱いに手慣れているようだ。そんな桃ちゃんの言葉にすっかり元気を取り戻した美咲は「じゃ、じゃあこれとかどうかな?」と少し照れたように頬を染めるとワゴンから花柄のヘアピンを手に取り、震える手でそれを桃ちゃんに差し出した。
「わぁ……可愛い……」
どうやら桃ちゃんも気に入ったようで、嬉しそうに美咲からピンを受け取ると「ちょっと待っててね」と髪に取り付けた。
「に、似合う……かな?」
とピンを付けると少し照れるように美咲を見上げる。
そんな桃ちゃんに美咲は目をキラキラさせながら黙って桃ちゃんを見つめていた。
どうやら言葉にならないらしい。と、次に桃ちゃんは相変わらず恥ずかしそうに今度は俺を見上げた。
「お兄ちゃんはどう思いますか?」
自分も聞かれると思っていなかった俺はやや面喰ってしまう。
「似合って……ないですか?」
いや、似合ってないわけないだろ。めちゃくちゃ可愛いよ。もはやそのヘアピン、桃ちゃんのために作られたんじゃないかってぐらいに可愛いさ。
だけど、ここで俺は童貞を発症する。女の子との会話に慣れていない俺はそんな彼女に素直に『似合ってる』とは言えない。
だから、
「わ、悪くないと思うぜ」
と、曖昧な返事をする。が、それでも桃ちゃんはそんな俺の言葉に満足してくれたようで「じゃ、じゃあ私、これ買ってきます……」とレジの奥へと歩いていった。
そんな桃ちゃんの後ろ姿を眺めていた俺だったが、ふと美羽が大人しいことに気がつき、俺は慌てて我が妹の姿を探す。すると、隣の洋服店の前で「わぁ~」と目をキラキラさせる美羽の姿を見つけた。
「おい、どうしたんだ?」
と、そんな美羽のもとに歩み寄ると、そこで彼女が目の前のマネキンを見つめていることに気がついた。
彼女は両手を胸の前で組んだまま、憧れの人でも見つめるようにマネキンを見つめている。
こ、これも何かのバグなのか?
「お前、マネキンが好きなのか?」
と、尋ねると美羽はムッと頬を膨らませる。
「違うよぅ……マネキンが着てるひらひらのスカートを見てるの……」
「いや、お前、似たようなの持ってるじゃねえか」
少なくとも俺はこいつが時々履いてるスカートと目の前のスカートの違いはわからん。
が、
「全然違うもん……」
と、美羽には全くの別物に見えているようだ。俺はスカートに手を伸ばすと値札を捲ってみる。
8000円っ!?
俺にはわからない世界だ……。
女の子のお洋服の金銭感覚に目を丸くしていると、ふと美羽が俺のもとに歩み寄ってきて、何やら俺の腕に体を巻きつけてきた。
そして、何やらニコニコと微笑むと俺のことを見つめてくる。
やっぱりバグか?
その異様な美羽の行動に俺が困惑していると彼女は「ねえ……おにい……」と猫なで声で俺を呼ぶ。
「な、なんだよ……」
「明日も一緒に登校してあげるから、これ買って?」
「ふざけんなっ!!」
なるほど、そういう魂胆か……。
※ ※ ※
ショッピングを終えた俺たちは、その後、美咲がプリクラを撮りたいと言いだすものだから、近くのゲーセンに寄って4人でプリクラを撮影することになった。
もちろん生まれて初めてのプリクラだ。
印刷されて出てきたプリクラにはやたら盛られた3人の美少女の顔と、誰得なお目目ぱっちりで肌がつやつやになった童貞陰キャ高校生の顔が写っており、軽くゲロを吐きそうになった。
もう二度とプリクラは撮らない……。
というわけでショッピングセンターを出た俺たちだったが、どうやら美羽は美咲と一緒に美容院を予約していたようで、ここで解散となった。
が、どうやら俺と桃ちゃんは途中まで帰り道が同じだということが判明し、俺たちは途中まで二人で帰ることになった……のだが……。
なんだろう……すげえ緊張する。
何度も言っているように俺は冴えない童貞高校生だ。もちろん女の子と二人で下校なんてしたことはない。
ただ二人で歩いているだけなのに、何とも言えない緊張感で胸がいっぱいになる。
「お兄ちゃん」
と、そこで桃ちゃんが俺を呼ぶ。
彼女を見やると彼女は何やら頬を染めて俺を見つめていた。
可愛い。
「どうしたんだ?」
そんな彼女に俺は必死に童貞臭を隠して返事をすると桃ちゃんは「ただちょっと呼んでみたかっただけです」と照れるように笑った。
あ、これ童貞を殺すやつだわ……。
と、無意識なのか意識的なのか俺の心を弄ぶ桃ちゃんに困惑していると、彼女はまた「お兄ちゃんっ!!」と俺を呼んだ。
「お兄ちゃん、今日は楽しかったですか?」
「え? ま、まあ、みんなで遊ぶってのは悪くないもんだ」
「私も楽しかったです。美羽ちゃんがいつもこんな風にお兄ちゃんとお話しているのが羨ましいぐらいに楽しかったです」
どうやらこの期に及んで彼女はまだ兄妹というものを勘違いしているようだ。
が、さすがに現実を話すのも野暮なので黙っておくことにする。
「まあ、楽しんでくれたならよかったよ」
「あの……お兄ちゃん……」
と、そこで桃ちゃんは何やら真剣な目で俺を見つめてきた。
おうおう急にどうした……。
「ど、どうしたのかな?」
「あ、あの……こういうことを言うのは少し恥ずかしいのですが……」
と、桃ちゃんは何やら太ももをもじもじさせながら恥ずかしそうに俺から目を逸らす。
そして、
「い、一度でいいので私のことを桃って呼んで頭を撫でてくれませんか?」
いや、なんでだよ……。
と、突然の無茶ぶりをしてくる桃ちゃんに俺は愕然とする。
「そ、その……お兄ちゃんごっこでもいいので、お兄ちゃんから呼び捨てされて頭を撫でられてみたいんです……」
桃ちゃん……お兄ちゃんごっこってなに……。
よくわからんけど、なんかすげえ深みにハマりそうな危険なごっこな気がする。
「そ、その……私が妹っぽく振る舞うのはやっぱり迷惑でしょうか?」
困惑する俺。そんな俺を見て桃ちゃんは少し不安げな表情を浮かべる。
桃ちゃんよ。そんな顔で見つめないでくれ。そんな目で見つめられると、断れなくなっちゃうから……。
「ダメ……ですか?」
「いや、ダメってわけじゃないけど……」
と、答えると彼女はそれをオーケーと解釈したようで俺につむじを見せてきた。
これはやるしかない……のか?
俺は一度深呼吸をした。そして震える手を桃ちゃんの頭へと伸ばすと彼女の頭を撫でてやる。
「もっと乱暴にお願いします」
あ、そういやそっちの方がよかったんだっけ……。俺は申し訳ないと思いつつも彼女の頭をわしわしと撫でてやった。
「も、桃……」
「お、お兄ちゃん……くすぐったいってば……クスクス……」
あぁ……ダメだ。このごっこはダメな気がする。深みにハマってしまうぞ……。
その後俺は、この上なく背徳感を感じながら3分ほど桃ちゃんの頭を撫で続けることとなった。
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