高校を留年して妹のクラスメイトになった俺、やたら可愛い妹の友達たちから甘やかされるせいで勉強が手につかん

あきらあかつき@5/1『悪役貴族の最強中

第1話 青春時代、延長のお知らせ

 割と楽観的な性格だと自分では思っていた。大抵のことは好意的に解釈できると思っていたし、まあなんとかなるだろうと思って深く考えたりすることもなかった。


 だけど……だけど……今回ばかりは心が折れそうです……。


 春と呼ぶにはまだ肌寒い三月のある日。俺、西塚文也にしづかふみやの姿は生徒指導室にあった。用意されたパイプ椅子に腰かけた俺は正面に座る担任、榊七菜香さかきななかを見やる。


「いやあ見事だな。ホント見事だよ西塚。私はこれまでいろいろな生徒を受け持ってきたが、お前ほどの才能の持ち主は今まで見たことがないな」


 手に持った資料に目を落しながら、何やら誇らしげにそう語る榊先生。


 もちろんそれが誉め言葉ではなくて皮肉だということを俺は知っている。2のことを2とは言わずに4-2と言うのがこの女教師の性格なのだ。


 可愛い顔して根性ひん曲がってるな……この女……。


「で、どうなんですか……追試の結果は……」


 もう尋ねるまでもないのはわかっているけど、このままこの女を野放しにしているとあと一時間は皮肉を言われ続ける。だから、単刀直入に尋ねることにした。


 すると榊先生は資料を机に置くとつまらなそうに俺を見た。


「留年だ」


「やっぱりですか……」


「追試の結果はほぼ全滅だ。お前はあの長ったらしい補習の間、何を勉強していたんだと問いたくなるほどに散々たる結果だったぞ……」


「あはは……ホントなんだったんでしょうね……」


 いやもう苦笑いを浮かべる以外にできることなんてねえよ……。


 たった今、俺、西塚文也は来年もまた高校二年生として学園生活を送ることが決まりました。


 ――はぁ……親に殺されるわ……マジで……。


 留年。そんなシステムが高校にも存在するとは思っていなかった。高校というものは適当に言われたことをこなしていれば自動的に進級できるものだと思っていた。


 いや、言われたこともできなかったから進級できてないんですけどねっ!! がははっ!! ……はぁ……。


 まあ生徒指導室に呼ばれた時点で覚悟は決めていたが、改めて現実を突きつけられた今、俺の精神的ダメージは計り知れない。


 もちろんもう一度高校二年生を下級生とともに送らなければいけないのは辛い。


 だが、俺にはもう一つどうしても受け入れられない事実がある。


「そういや西塚の妹もこの学校の生徒だったな」


「そ、そうっすね……」


「来年は妹とも同級生だな。仲良くやれよ」


「傷口に指を突っ込むのやめていただけませんか……」


 そう、留年したことによって俺は妹と同級生になってしまった。


 妹を持つ人間ならこれがいかに屈辱的な事実なのかを理解してもらえると思う。


 これからは何かで妹と喧嘩したときに『留年したくせに、偉そうなこと言うな』の一言で完全論破されてしまうのだ。


 そして目の前の教師はそれがいかに屈辱的なことなのかを100%理解している。


「よかったな。勉強でわからないところがあれば、これからは妹が教えてくれるじゃないか。これで来年は留年せずに済みそうだな」


 そしてこの死体蹴りである。


「なんでも妹の成績は学年でもトップレベルらしいじゃないか」


「いや、だから」


「『お兄ちゃんが留年しないように、私がお兄ちゃんの家庭教師になってあげるね』」


「おい、しまいには泣くぞっ!!」


 ホント最悪だ。兄としての威厳が……。いや、そんなものがこれまであったのかはかなり怪しいが、ただでさえ地の底まで落ちていた威厳がマントルを超えてブラジルまで到達しちゃいそうな勢いだ……。


 先生は半泣き状態の俺をしばらく嬉しそうに眺めてから満足したように「よし、話はそれだけだ」と立ち上がった。


 いや、ほんとこの女、畜生だわ……。


 コテンパンにプライドを折られた俺が、立ち上がることもできずにパイプ椅子でうなだれていると、ぽんと榊先生は俺の肩を叩いた。


「来年も仲良くしような」


 は?


「いや、あんたは新三年生の担当でしょ」


「いや、私は来年も二年だ」


「いや、なんでですか? 普通は生徒と一緒に進級するもんじゃないんですか?」


「飲み会で学年主任にやらかした……。これ以上の説明は必要か?」


「いえ、結構です……」


 どうやら先生もまた留年したらしい。


 いや待て。ってことは来年も俺はこの人の下で学園生活を送るってことかっ!?


「西塚、来年は一緒に三年に上がろうな」


 そう言い残して先生は生徒指導室を後にした。そして、その背中はわずかながら哀愁が漂ったのは俺の気のせいだろうか……。


 背中で語る先生を見送った俺はそこでようやく立ち上がって生徒指導室を後にした。


 のだが、


「も、もしかして、美羽みうちゃんのお兄さんですか?」


 生徒指導室を施錠したところで、ふと誰かに声を掛けられた。振り向くとそこには自分よりも頭一つ背の低い女子生徒の姿が目に入った。


「え?」


 正直なところ彼女に見覚えがなかった。小柄な彼女は胸に資料のようなものを抱えながら健気な目で俺を見上げている。


 なんだかそれが小動物みたいで可愛い。


「もしかして美羽のお友達?」


 多分妹、つまりは西塚美羽にしづかみうの友達だろう。


 そして彼女はそんな俺の問いにコクリと頷いた。


「わ、私、一年の稲峰桃いなみねももっていいます。美羽ちゃんとは入学のときから仲良くしていて、西塚さんが美羽ちゃんのお兄ちゃんなのは知っていたのですが、なかなか挨拶をする機会がなくて……」


 なるほど、確かに美羽は友達を家に連れて来ても『お兄ちゃんは部屋から出てこないで』と俺を自室に幽閉してしまう。だから、これまで顔を合わせることもほとんどなかったのだろう。


 それにしてもわざわざ友人の兄にご挨拶とは礼儀正しい女の子だな。


「ああ、そうだったんだ。え~と、い、稲峰さんだっけ?」


「桃でいいです……」


 と、彼女はほぼ初対面であろう俺に、名前で呼んでくれと頼んだ。


「でもいいの?」


「いいです。私のお友達はみんな私を桃と呼ぶので……」


「そうなんだ。じゃあ桃ちゃん、いつも美羽と仲良くしてくれてありがとな」


 と、彼女にお礼を言うと、それまで少し緊張していた桃ちゃんはわずかに頬を綻ばせる。


 そして、


「お兄さんは確か今、二年生でしたよね?」


 桃ちゃんは今最も触れられたくない話題を俺に振ってきた。


「え、ええっ!?」


 と、そのあまりにもセンシティブな話題に俺が狼狽していると、彼女は不思議そうに首を傾げた。


「あ、あれ? 三年生でしたっけ?」


「い、いや二年生だよ……」


 そして来年も二年生だよ。


 そう答えてあげると彼女は納得したようでまた柔和な笑みを浮かべた。


「じゃあ来年は受験ですね。大変だとは思いますが頑張ってくださいね」


 なんでだろう。目の前の少女は礼儀正しい女の子で、100%善意でそんなことを言ってくれているのはわかる。のだが、その目に穢れがないゆえに俺に与えるダメージも凄まじい。


 俺は何も答えられず苦笑いを浮かべることしかできなかった。


 かろうじて「あ、ありがとう……」と答えると桃氏は「じゃあ私行きますね」とその場を立ち去ろうとした。


 のだが、


「西塚っ!! すまん言い忘れていたことがあったっ!!」


 と、遠くから榊教員が大きな胸を揺らしながらこちらへと駆けてくるのが見えた。


 なんかよくわからんが、マズい気がする……。


 先生は俺の前までやってくると一枚の書類を俺に差し出した。


「ネクタイの注文書だ」


「ネクタイ……ですか?」


「ほら、うちの学校は学年に応じてネクタイの色が違うだろ? お前は留年だから学年カラーが変わるんだ。だから、悪いがまた新しい物を注文してもらうことになる」


 死んだ……完全に死んだ……。


 そんな俺たちの会話を聞いていた桃氏は「え?」とわけがわからないと言いたげに首を傾げて俺と先生の顔を交互に見やった。そして、何かを理解したように俯いてしまう。


 が、先生はそんな桃氏と俺の気まずさにも気づかず、俺に注文書を手渡すとそそくさとどっかに行ってしまった。


 そして、その場に残される俺と桃氏……。


 彼女はしばらくうつむいていたが不意に顔を上げると「ご、ごめんなさい……」と俺に謝った。


 やめろ……謝らないでくれ。謝られるとこの上なく惨めな気持ちになる。


「い、いや、きみが謝る必要はないよ……」


「で、ですが……」


「…………」


「…………」


 ああ、死にたい……。


 沈黙を嫌った俺はひきつった笑みを浮かべる。


「な、なんというかその……来年よろしくな」


 泣きそうになりながらそう彼女に言うと、彼女もまたひきつった笑みを浮かべて俺を見上げた。


「は、はい……よろしくお願いします……」


 大切なことだからもう一度言っておこう。


 ああ、死にたい……。

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