異界の王・オウェングス

中田もな

Oíche Shamhna - Haon

 イーファが優しい祖父から「遊びにおいで」と誘われたのは、涼しい夏も終わった十月三十日のことだった。料理の途中で受け取った電話口から、穏やかな声が聞こえてくる。

「明日はハロウィンだろう? 毎年恒例の、ハロウィンパーティをしようじゃないか」

「ええ、もちろん! 友だちと一緒に、美味しいパンプキンパイを持っていくわね!」

 アイルランドの西部・ゴールウェイ県に住む彼女は、大好きな祖父の言葉を聞いて、思わずニッコリと笑みを零した。頭の上で結んだポニーテールが、リビングの灯りを受けてキラキラと輝く。

「そうか、それは嬉しいな。楽しみに待っているぞ」

「うん! それじゃあ、また明日!」

 祖父に軽く別れを告げ、ガチャリと電話を切るイーファ。タイミングの良いことに、まさに今、パンプキンパイを焼いている最中なのだ。

「イーファ、今の電話はおじいちゃん?」

「そうよ、ルーシー! 明日の夜、おじいちゃんの家でパーティをすることになったの!」

 彼女がキッチンへ戻ると、オーブンにパイをセットしていたルーシーが顔を向けた。明るいショートヘアをかしげて、グレーの瞳でこちらを見つめている。

「それって、私も参加できるのかな?」

「当然でしょ! ルーシーにも、アイルランドのハロウィンを体験してもらいたいもの!」

 ルーシーはイングランドからの留学生で、アイルランド語の勉強のためにイーファの家にホームステイをしている。英語を使用する人が多数となった今日、アイルランド語を日常的に使う人はかなり少なくなってしまった。そんな中、「ゴールウェイでのホームステイを通して、アイルランド語を話せるようになりたいの!」と意気込むルーシーは、並々ならぬ意欲の持ち主だ。アイルランド語圏のゴールウェイに飛び込んで、つたないながらも日々勉強に励んでいる。

「おじいちゃんの作る料理、とっても美味しいの! おばあちゃんと一緒に暮らしていたときも、おじいちゃんが料理の担当だったのよ」

「へー。イーファのおじいちゃん、料理が上手なんだね」

 祖母は数年前に他界しているが、祖父はまだまだ元気で、当分病気にも罹らなそうだ。祖母が死んだときこそ落ち込んでいたが、今ではすっかり立ち直っている。

「そういうわけだから、明日はおじいちゃんの家に行くわよ! ルーシーの顔を見たら、おじいちゃんきっと喜ぶわ!」

 イーファがそう言うと、ルーシーも嬉しそうにニコッと笑う。オーブンの中では、二人で作ったパンプキンパイが、温かい温度で焼かれていた。

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