旅行
遠藤
旅行
俺は金を払った。
端末に触れた指先が微かな電磁の刺激を感じる。淡いクリーム色の上品な内装が少し発光したように見えた。
〈お支払いありがとうございます。田中様、カプセルはご用意できています。こちらへどうぞ〉
正面のホログラムが発したと思った声は、今では右手から聞こえている。
声がした方へ向くと女性が立っていた。ブロンドの髪をアップにしたグリーンの瞳を持つ白人女性だった。
俺が意識を回転させると、その女性はラテンの容姿になり髪の色も黒色へ変わった。女性的な曲線も少し強調させる。
俺はそのホログラムに対して微笑みかけた。ホログラムは俺の顔を認識して、一層魅惑的な笑顔を投げ返す。
ホログラムは体を返し、俺用の旅行カプセルへと俺を案内する。
程よい硬さと柔らかさを備えた床材は、上品な靴音を奏でさせた。旅行へ対しての期待からか靴音も浮き足立っているように聞こえる。
〈こちらでございます〉
ホログラムが俺に向き直り、手のひらで入室を促す。
俺は部屋に入った。品の良い制服を着た係員が俺に対して深々をお辞儀をしている。
個室だった。
旅行の際には個室でなきゃいけない。貧乏人どもは共同部屋の並列カプセルで満足できるそうだが、全く理解ができない。
「田中様、お待ちしておりました」係員が頭を上げて俺へ微笑む。なかなかの美人だった。
部屋の中央に設置されたカプセルのロックを係員が外す。中からひんやりとした空気が流れ、俺の肌を撫でた。
「いつもご利用ありがとうございます。毎度のことで恐縮ではございますが、こちらの誓約書をお読みの上、同意のサインをお願います」
カプセル内のクッションへ体を委ねる。先ほどまでひんやりとした空気が充満していたはずの空間は、今では心地よい暖かみで満ちている。心地よさに抱かれながら俺は受け取ったペンを走らせた。
「ありがとうございます。今回は南仏プロヴァンス地方への五日間のご旅行とお伺いしているのですが、お間違いはございませんでしたでしょうか?」係員がプランの確認を行う。慣れた手つきでうなじにあるプラグへコードを取り付けた。
「あぁ」プラグとカプセルとが繋がった時の、形容しがたい感覚にちょっとした不快を感じながら、俺は答える。
初めは苦手に感じていたこの感覚も、回数を重ねた今では少しばかりの快感を感じるようになっていることに気づいた。
『人は慣れる生き物だ』という誰かの言葉を思い出した。
「準備が整いましたので作業を開始いたしますね。よいご旅行になることを願っております」
「楽しんでくるよ」おれは旅行への期待をはっきりと感じた。係員へ微笑みを投げ、目を閉じる。
「 いってらっしゃいませ」
係員の言葉を最後に、俺の意識は水中へ深く潜っていくように遠のいた。
『我がサイバージャーニー社は、世界各地に設置された当社オリジナルのアバターロボットへ、お客様の意識を送信・インストールすることによって、体はお住いの場所に居ながらお望みの国や場所へご旅行いただけます』
旅行 遠藤 @maro0624
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