雑用係の旅は続く

中田カナ

雑用係の旅は続く

 雑用係の野営の朝は早い。


 スープは昨夜作っておいた大きな鍋を空間収納から取り出して火にかける。

 この空間収納なら熱いまま保存することも可能だけど、いったん冷ますことで具材に味がよく染み込む気がするので、いつもわざとそうしている。


 パンも昨夜のうちに仕込んでおいた生地を厚手の金属で出来た蓋つき鍋で焼く。

 この鍋は他のいろんな料理にも使えて本当に便利だ。

 朝の飲み物は聖女様と賢者様は紅茶、他はコーヒーを好むのでその準備も忘れない。

 食器の準備も整えて声をかける。


「皆さん、おはようございます!朝食の支度ができましたよ」



 私は冒険者ギルドから魔王討伐パーティの活動を支援するための雑用係として派遣された。

 正式には後方支援役という名称らしいが、一般的に雑用係の方がすっかり馴染んでいる。

 実は募集に対して手を挙げる者が誰もおらず、顔なじみのギルドマスターから直接頼み込まれて引き受けた。

 ベテランの有能な雑用係は各冒険者パーティが囲い込んでいて専属扱いになっているし、私のようにその都度雇われる者もそれなりにいるけれど、高報酬でも拘束される期間が長いことがネックになったようだ。


 魔王討伐の出陣式は王宮で開かれ、王都では華やかな壮行パレードも行われた。

 裏方である私はひたすら準備で走りまわっていたので、まったく見ていないけれど。

 冒険者ギルドは独自のつながりを持っているので、私に役目を押し付けたギルドマスターに頼んで各地の冒険者ギルドに協力を依頼してある。

 野営は数え切れないほど経験しているから慣れているし、生活魔法もそれなりに使えるから普段とやることは変わらないけれど、問題は魔王討伐パーティの面々とうまくやれるかどうかだった。


 魔王討伐が必要になった時、女神様に選ばれた人達の身体に紋章が現れる。

 当代の魔王討伐パーティは4人。

 勇者様は上級冒険者として活動していたけれど実は伯爵家の三男。

 聖女様は大聖堂に仕えているけれど侯爵家のご令嬢。

 魔術師様は魔法庁長官である公爵様の次男。

 賢者様にいたっては国王陛下の一番下の弟君ときたもんだ。

 平民より貴族の方が魔力が多いため、歴代の魔王討伐パーティもほとんどが貴族だったと聞いている。


 孤児院育ちのしがない冒険者の私が、はたして貴族様ばかりの中でやっていけるのか?

 何か無礼があったらどうしよう?

 というか、何がよくて何が悪いのかさえさっぱりわからないんだけど。


 そんな不安は最初の顔合わせで解消された。

「俺はずっと冒険者としてやってきたから気を遣わなくていい。そしてお前も含めてこのパーティでは本来の身分は関係なしで対等な関係でいく、ということで全員の了承を得ている。だからお前も言いたいことがあれば遠慮とかするなよな」

 上級冒険者として多くの冒険者達の憧れや尊敬の対象である勇者様がそう言ってくださった。

 私に出来ることを全力で取り組もう。

 そう思った。



 壮行パレードは派手だったらしいが、魔王討伐パーティは地味な馬車でひっそりと王都を出立した。

 地味なのは見かけだけで、仕様は最高級なんだけどね。

 2頭立ての馬車で、どちらもとてもいい馬だ。


 勇者様は自分の馬に乗って移動するので、馬車に乗っているのは魔術師様と聖女様と賢者様の3人。

 そして私の定位置は御者台。

 馬車の扱いも慣れているから何の問題ない。

「おい、問題ないか?」

 時々勇者様が声をかけてくれる。

「はい。こんなにいい馬車を扱うのは初めてで、ちょっと緊張してますけど大丈夫です」

「そうか。無理すんなよ」



 初日はあらかじめ手配しておいた宿に泊まる。

 魔王討伐パーティの面々は旅の途中ということで地味な服装にしているとはいえ、にじみ出る気品はやはり注目を浴びてしまう。

「おい、お前もこっちに来て一緒に食えよ」

 隅の方のテーブルでひっそり食べようと思っていたのに、勇者様に声をかけられた。

「え、でも」

 躊躇していると勇者様に手をひっぱられて座らされる。

「お前だって一緒に旅する仲間なんだから遠慮なんかすんなって」


「そうですわ。ほら、食事はみんなで楽しく食べた方が美味しいでしょう?」

 聖女様の微笑みがまぶしい。

「そうそう、これから長い旅をともにするのだから、気を遣う必要などありませんよ」

 みんなより年上の賢者様が穏やかに言う。

「…みんなの言うとおりだ」

 魔術師様がぼそっと言った。


「わかりました。ご一緒させていただきます」

 面倒なのでさっさとあきらめることにした。

 ただ、宿自慢の食事はとても美味しかったけど、私以外の食事の所作があまりに見事で、つい音を立ててしまう自分がだんだん恥ずかしくなってきた。

 やっぱり次からは別のテーブルにしてもらおうかな。


「どうした?元気がないな。何か食べられないものでもあったか?」

 勇者様に声をかけられる。

「あ、あの、料理はとても美味しいです。ただ、私の食事の所作がひどいなって思って、ちょっと落ち込んだだけなので…」

 正直に白状してうつむく。


「気にすることはありませんよ。我々は幼い頃から叩き込まれていますから所作がなかなか抜けませんが、こういう場ではもっと雑でもよいのかもしれませんね」

 賢者様がそう言ってくださった。


「そうですわね。旅が進めば野営も増えてくることでしょうから、所作など気にしなくてもよいと思うのですが、もしどうしても気になるというのなら、これから気をつければよいだけのこと。私でよろしければお教えいたしますわ」

 微笑む聖女様。

 魔術師様は無言でただうなずいている。


「ほら、そういうことだから遠慮せずしっかり食べろ。たくさん食べないと大きくなれないぞ」

「失礼な!これでも成人してますっ!!」

 よく子供と間違えられるくらい小柄なのを気にしてるのに頭にくるなぁ。

 勇者様に反論してから口の中に肉を放り込んだ。



 旅は順調に進んでいる。

 冒険者ギルドの協力で宿の確保も問題なくできているし、今後の野営に向けての食材調達も順調だ。

 まぁ、野営になれば狩りや採取で現地調達するけどね。

 このパーティには聖女様と魔術師様がいるけれど、いざという時のためのポーション類も確保してある。


 そしてもちろんしっかり帳簿もつけている。

 遠征費用は王宮もちだけど、出所は税金なんだから無駄遣いはしたくない。

 そのことは魔王討伐パーティの面々にも理解してもらっている。

 もちろん私的な買い物で私費を使うのは干渉しないけどね。

 ちなみに野生の動物や魔獣を退治することもあるので、不定期ではあるが収入もある。

 冒険者ギルドが通達してくれたおかげで、割高で買取りしてもらえるのはありがたい。



 魔王討伐パーティの面々はみんないい人で、貴族でありながら偉そうにすることもなく、ただの雑用係の私にも親切にしてくれる。

 移動や休憩時にはいろんな雑談もするようになった。


 賢者様はこの中で唯一の既婚者だが、政略結婚のため互いに関わることも少ないそうで、長期の不在を告げてもあっさりとしたものだったらしい。

 これから関わる魔族や魔王領についてだけでなく、歴史や天文などいろんなことを教えてくれる。

「知識はいくらあっても邪魔にはなりませんからね。それにこうして誰かに話すのも楽しいのです」

 賢者様はまるで歩く図書館だと思う。


 王都で生まれ育って大聖堂での生活が長かった聖女様は、初めて見る田舎の景色がめずらしいらしく、移動中は終始興奮気味だ。

 そしてちょっと困ったこともある。

「私、ずっと妹が欲しかったのですわ」

 男の兄弟しかいなかったそうで、やたらと私をかまいたがるのだ。

 私にはない柔らかくてとても大きな胸は、ぎゅっと抱きしめられると息が苦しくなるので、できればほどほどにしてほしい。


 魔術師様は基本的に無口だけど、たまに魔法の使い方の助言をしてくれる。

「…魔力量があったらもっと教えてやれるのだが」

 そう言いつつもより効率のよい使い方を教えてくれる。

 私ももっと習得したいとは思うけど、一般的に貴族に比べて平民は魔力量が少ないからこればかりはしかたない。



 いよいよ町や村もまばらになり、野営暮らしが始まった。

 最初にこの件の話があった時、

「魔王討伐パーティを支援するのは王宮にいる有能な人達がよいのでは?」

 とギルドマスターに質問したことがある。


 確かに有能な人はたくさんいるが、彼らは魔王領に満ちている魔素に身体が慣れていないのだそうだ。

 その点、冒険者は日頃から魔素の多い魔の森やダンジョンで慣れている。

 私も冒険者になったばかりの頃はよく魔素酔いにかかったけど今は平気だ。

 そして魔王討伐パーティの面々は、身体に紋章が浮かび上がった時点で魔素への耐性ができるらしい。


 野営は慣れているので、いつもどおりてきぱきと行う。

 全員が洗浄魔法を使えるので、風呂や洗濯の必要がないから、むしろ普段より楽かもしれない。

 さらに食事の後片付けは勇者様が手伝ってくれる。


「あの、勇者様?これは私の仕事なんですから、どうかゆっくり休んでください」

「気にするな。片付けくらいなら俺も冒険者稼業で慣れている。それに2人でやれば早く終わるだろう?」

 いくら言ってもやめてくれない。

 そしていつの間にかそれは日常となってしまった。


 今日も雑談しながら後片付けをする。

「それにしても、お前の料理は本当に美味いよなぁ。俺、料理だけはいくら習ってもダメなんだよ。真剣に作ったのに『これは魔獣除けに使えそうですね』って言われたこともある」

「あはははは!」

 いったいどんなのを作ったんだ?


「その点、お前はすごいよな。材料だって限られてるはずなのに、いつもうまくやってるしさ」

「調理は冒険者として登録する前から孤児院でずっとやってましたからね。大人数や限られた材料でやりくりするのは慣れてるんですよ」


 驚いたような表情になる勇者様。

「…そうか。その、もし答えたくなければそれでもいいんだが、親のことは知っているのか?」

 別に気にしてもいないので、知っていることをそのまま答える。


「赤ん坊の頃に孤児院の前に置き去りにされていたそうです。手がかりになるようなものは何もなかったそうですが、髪の色から北の地方から来たのでは?と言われたことはありますね」

 私が生まれた頃は北の地方で不作が続き、土地を離れる者も多かったらしい。

 そして黒髪は北の地方ではめずらしくないが、他ではかなり少ないのだ。


「…すまない。つらいことを聞いてしまって」

 申し訳なさそうな顔をした勇者様に謝られたので笑って答える。

「別に気にしてないので平気ですよ。それに孤児院での生活は豊かではなかったけど楽しかったですから。そうそう、今回の報酬は孤児院の修繕費用にあてるつもりなんです。直す作業はできるだけ自分達でやるので、私も一緒にやる予定なんですよ」


 勇者様はまだ浮かない表情をしている。

「あの、どうかしましたか?」

「…ギルドマスターから聞いた。引き受け手がいなかったこの仕事を半ば強引にお前に押し付けたと。俺も冒険者だからわかる。報酬は高額だが拘束される期間を考えれば避けたがるのも当然だ。だから申し訳なくて…」

 なんだ、そんなことか。


「確かに通常の冒険者としての活動の方が稼げる可能性が高いでしょうが、それって確実とはいえないでしょう?拘束期間は長くても確実に報酬が入るからこちらを選んだだけです。だから押し付けられたなんて思ってませんよ」

「そう言ってもらえると少しは気が楽になるな。よし、この件が無事に片付いたら俺も孤児院にいくらか寄付させてもらうことにしよう」

 勇者様に頭をなでられる。

「さて、片付けも終わったな。いつも早起きしてるんだから早めに寝ろよ」



 勇者様はこのパーティのまとめ役として皆のことをよく見ている。

 聖女様が各地の聖堂での祈りや癒しの活動がしやすいよう配慮しているし、賢者様が移動中に気になる植物を見つければ時間も取った。

 魔術師様は無口だけれど、何か主張したいことがある時は勇者様が一番早く気付く。


 そして一番下っ端の私のこともちゃんと見ていてくれていた。

 いつものように朝食の呼びかけをするとみんなが集まってくる。

「どうした?顔色がよくないみたいだな」

 勇者様が私の顔を見るなりそう言った。

「へっ?そうですか?」

 目が覚めた時点でちょっとだるいかな~とは思ってたけど、朝食の準備で動きまわってたらすっかり忘れていた。


 剣を握る人らしいごつごつした勇者様の手が私の額に触れる。

 あ、ひんやりしてちょっと気持ちいいかも。

「少し熱があるようだな」

 顔をしかめた勇者様がすぐに聖女様を呼び、癒しの魔法をかけられる。

「疲れがたまっているようですわね」

 実は今まで聖女様の癒しをずっと辞退していた。

 私はあくまで雑用係なので、聖女様の力を無駄に使わせたくなかったからだ。


「よし、今日は移動しないことにする。だからお前はしっかりと休め」

 昨日のうちに用意しておいた昼食のバスケットを聖女様に預けたら勇者様にテントへと押し込まれた。

 聖女様の癒しの魔法でもう楽になった気がするけど、のそのそと寝袋にもぐる。


「おい、入るぞ」

 勇者様が私のテントに入ってくる。

 今日は天気もよいのでテントの出入り口は開けっ放しにしている。


「申し訳ありません。私のせいで予定を変更させてしまって」

「気にするな。むしろかなり早いペースで来たから、このあたりで一休みするもいいだろう。賢者は植物採取に出かけ、聖女は近くの滝で瞑想するそうだ。魔術師の奴は釣り竿を持って川へ行ったぞ。今日の夕食は川魚だな」

 魔術師様は釣り好きで、魚を捌くのは私より上手いくらいだ。


「これからはお前にも毎日聖女に癒しの魔法をかけてもらうからな」

 そう言いながらあぐらをかいて座る勇者様。

 枕元に飲み水を置いてくれた。


「あの、でも、私なんかにもったいないです」

「お前だってこのパーティの一員だ。お前がいろいろやってくれるおかげで俺達は自分のやるべきことに集中できる。それにお前の料理はどこの店よりも美味い。あれが食えなくなるのは困るからな」

 頭をなでてくれる。

「…ありがとうございます」


「さて、少し休むといい。聖女の癒しで一眠りすればもう回復しているはずだ」

「あ、あの!」

 立ち上がろうとする勇者様を思わず呼び止める。

「どうした?」

「…申し訳ありません。やっぱりいいです」

 子供みたいなことを言おうとしてしまっていて、ちょっと恥ずかしくなる。

「言いたいことがあれば遠慮せず言えといっただろう?ほら、言ってみろ」


 勇者様は怒ってはいないみたいだ。

 ダメでもともと、正直に言ってしまおう。

「あの、もしよければもうしばらくここにいてくださいませんか?人の気配がある方がなんだか安心できるんです」

 孤児院の大部屋暮らしが長かったせいか、誰かの気配がある方が落ち着くのだ。

 そんなことを思ってしまうのは、やはりちょっと気が弱っているのかもしれない。

「なんだ、そんなことか。わかった、眠るまでいてやるから安心しろ」

 座りなおして微笑む勇者様。


 引き止めてしまったから、何か話さなければ。

「あの、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。私、普段は風邪もひかないくらい丈夫なんですけど、新しい環境に慣れてきた頃にいつも熱を出しちゃうんですよね。気が緩んじゃうんでしょうか?」

 勇者様がそっと頭をなでてくれる。

「そうか。だったら、この旅暮らしに慣れた証拠と思えば悪くはないかもな」


 勇者様はご自分のことを話してくれた。

 伯爵家の三男として生まれたけれど、剣術も魔法も2人の兄より能力が上で、成長するにつれてギクシャクするようになり、しまいには家を飛び出したとのこと。

「俺は兄上達のことが好きだし、兄上達が俺を好きなのもよくわかってる。だが、人の気持ちというのは単純にはいかないものでな…」

 私には兄弟はいないけれど、孤児院でも冒険者の活動でも人間関係でうまくいかないのをいろいろと見てきた。

「いつか…みんな仲良くなれるといいですね…」

 頭をなでてくれる勇者様の手の温かさでいつの間にか眠りに落ちていた。


 昼過ぎに目が覚めると、勇者様は私の隣で寝そべって本を読んでいた。

 開けっ放しのテントの出入り口からは心地よい風が流れ込んでくる。

「お、目が覚めたか。具合はどうだ?」

「はい、もう大丈夫です。あの、もしかしてずっといてくださったんですか?」

 本を閉じる勇者様。

「ああ、俺は別にすることもないからな。さてと、賢者が果物を見つけてきてくれたそうだから食べるといい」


 テントを出るとすでにみんな戻ってきていて、私の顔色がよくなったことを喜んでくれた。

 賢者様が見つけた果物を魔術師様が魔法で冷やしてくれていて、とても美味しかった。

 聖女様はきれいな花を摘んできてくれたのだが、

「今日からは一緒のテントで寝ましょうね」

 と言われた。人の気配がある方が落ち着くってこと、勇者様が話しちゃったのかな?



 魔王領に入る前に馬車と勇者様の馬を小さな村の役場に預け、徒歩での移動が始まった。

 それぞれ空間収納を持っているので大荷物を運ぶ必要はない。

 ただ補充は難しくなるので、食材やポーション類の使いどころをよく考えなければならない。


 勇者様と私は冒険者として活動していたからそれなりに体力もあるけれど、他の面々はそうもいかないので休憩をこまめに取るようになった。

 それでも勇者様はイラついたりすることなく、私を含めてみんなを気遣ってしっかりとまとめ上げている。


 魔王領を進んでいくにつれて魔族からの攻撃も増えてきた。

 賢者様は出現した魔族に関する情報を伝え、魔術師様はそれに合わせて魔法を発動する。

 聖女様が防御の結界を張りつつ、負傷者が出ればすぐさま治癒を行う。

 勇者様は大物狙いで聖剣で切り込んでいく。


 私は魔獣くらいならどうにか出来るけど、魔族ともなると桁が違いすぎて手も足も出ない。

 連携をとりつつ戦っている魔王討伐パーティの面々と私との力の差をまざまざと思い知らされる。

 今は直接戦闘に関わらない賢者様の後ろで食事の支度をする。

 私達のまわりには魔術師様が結界を張ってくれて、聖女様の護符も持たされている。

 ただ守られるだけの存在。

 懸命に戦う人達が目の前にいるのに私には何もできない。


「おつかれさまでした!食事の準備は出来ていますよ」

 周辺の魔族をすべて退治し終えた皆さんを笑顔で出迎える。

 私にできることはこれくらいしかない。


 具沢山のスープは干し肉を多めにしたし、パンにはチーズとナッツも混ぜ込んだ。

「うん、美味い!」

「身体が温まりますわね」

 こんなことしかできないけれど、少しでも皆さんの助けになればいいと思う。


「なぁ、何かあったのか?食事の時に時々つらそうな表情をしていたが」

 こんな時でも勇者様は後片付けを手伝ってくれて、私に気遣いもしてくれる。

「…皆さんが戦っているのに、何もできないのがくやしいと思っただけです」

 こんなことで勇者様に迷惑をかけちゃいけないってわかってるのに、つい本音をこぼしてしまう。

「お前が何も出来ないなんてことはないぞ。美味しい食事を作ってくれて、笑顔と明るい声で俺達は元気をもらってる。俺だけじゃない、みんなそう思ってるんだからな」

 大きな手で頭をなでられる。

「…ありがとうございます」

 その言葉だけでも報われた気がした。


 後片付けを終えた勇者様に肩を抱き寄せられる。

「俺はこのパーティに来てくれたのがお前で本当によかったと思ってる。自分を卑下する必要なんてない。お前にはこれからもずっと笑顔でいてほしい。そのためにも俺はがんばるから、お前はしっかり見守っていてくれ」

「…はい」

 そう答えたら額にキスされた。

「明日もまた忙しくなるだろうから早く寝ろよ」

 そう言い残して去っていく勇者様。

 私は顔の熱がなかなか冷めなくてちょっと困った。



 いよいよ魔王城の前までやってきた。

 私の目の前に来た勇者様に両肩をつかまれ、真正面から見つめられる。

「俺達は必ず魔王を討伐して無事に戻ってくる。だから、お前は笑顔で俺達を出迎えて欲しい」

 涙をこらえて笑顔で答える。

「わかりました!美味しい食事を用意して待っていますから、必ず無事に戻ってきてくださいね」

 他の面々も私を気遣って声をかけてくれた。

 私なんかより皆さんの方がずっと大変なはずなのに。


 聖女様から護符をたくさん渡され、魔術師様はいつも以上に強固な結界を張ってくれた。

 そして魔王城へ向かう魔王討伐パーティの面々の背中を見送る。

 結界の中に1人残された私は黙々と料理を作り、空間収納に熱いままのスープとパンを保管した。

 コーヒーと紅茶のための熱湯も用意する。

 後片付けまですべて終えると、魔王城に向かって両膝をついて無事を祈った。


 魔王城の内部では何が起きているのか、ここからでは何もわからないけれど時々轟音が響いてくる。

 怖いけれど皆さんの方が大変なはずだ。

 ただひたすら祈る。それしか出来ない。


 やがて何も音がしなくなった。

 魔王城の上空を覆っていた黒い雲の隙間から日差しが差し込み始める。

 そしてみんなボロボロではあるけれど、こちらに向かって歩いてくる4人の姿が見えてきた。

 賢者様と魔術師様が黒い大きな角を持っているのがわかる。

 私は結界から出られないので、こちらから駆け寄っていけないのが歯がゆい。

 魔術師様が何か唱えると結界は一瞬で消えた。


「おかえりなさい!皆さん、魔王討伐おめでとうございます!」

 泣きそうになりながらも笑顔で言い終わったとたん、勇者様に抱きしめられた。

「これですべて終わった。一緒に帰ろう」

「…はい」

 無意識のうちに私も勇者様を抱きしめ返していた。

 上空の黒い雲は完全に消え、青空には虹がかかっていた。



 帰路は順調で、予定よりも早く王都に到着した。

 すでに連絡を受けていた王宮では魔王討伐パーティの面々が大歓迎されたけど、その騒ぎの中に私はいなかった。

 まず魔王討伐パーティの面々が降りた馬車を返却する。

「今までありがとう。これからも元気でね」

 ずっと一緒だった2頭の馬は私に顔をすり寄せてくれた。


 そして文官の男性に連れられて事務室で今回の遠征の後処理を行う。

 帰還騒ぎのどさくさで魔王討伐パーティの皆さんに別れの挨拶も満足に出来なかったけれど、むしろこれでよかったのかもしれない。

 彼らは英雄だ。きっともう会うこともないだろう。



 帰還の翌日。

 遠くからファンファーレが聞こえてきた。

 王宮の大広間では祝賀パーティが始まったようで、歓声や拍手が断続的に聞こえてくる。

 私は同じ王宮の片隅にある経理課の事務室で、昨日に引き続き文官の男性とともに遠征の精算作業をしている。


「こういう祝い事がある日には、王宮で働く我々にもお菓子や記念品が配られたりするんですよ」

 向かいの席にいる文官の男性が作業の合間に教えてくれた。

「へぇ、そうなんですか」

 そんなことを話しながら作業していると扉をノックする音がした。


 文官の男性が立ち上がって扉の方へ行き、なにやら箱を受け取って席に戻ってきた。

「今回はシュークリームのようですね。貴女もいかがですか?」

「え、でも、私は王宮の人じゃないですし」

「実は私は甘いものが苦手でして。貴女に食べていただけると大変助かるのですが」

 そう言ってウィンクする。

 たぶん私のために嘘をついてくれているのだろう。

「ありがとうございます。それではいただきますね」

 外はパリッとした皮で、中はラムレーズンの入ったカスタードクリーム。

 なんだかとても大人の味だった。


「おつかれさまでした」

 精算作業が終わる頃には王宮の大広間から音楽も聞こえなくなっていた。

「今日も王宮の女子寮の空き部屋にお泊りください。明日、宰相様に精算報告して受理されれば正式に完了となります」

 遠征から帰ってきてからずっと後処理に追われていて、まだ帰宅できていない。

 毎日くたくたなので泊めてもらえるのは助かる。


 王宮の女子寮はすべて個室で、狭いながらもお風呂まである。さすがは王宮だ。

 お風呂で汗を流し、寝る前に窓に外を見ると王宮が見える。

 魔王討伐パーティの面々は、王宮でも一番いい客室に宿泊していると聞いた。

 きっとあの窓の明かりのどこかにいるのだろう。


 伯爵家を飛び出したという勇者様も、この快挙で明日はこの王宮で爵位を賜るらしい。

 もう会って話すこともないだろう。

 みんなと私では身分が違う。

 もともと遠い世界の人達だったのだから。

 せめて凱旋パレードでみんなの勇姿を目に焼き付けてから日常に戻ろう。



 翌日。

 朝食を終えてしばらく経った頃に文官の男性が迎えに来て宰相様の執務室へ向かう。

 文官の男性が私を宰相様に紹介し、精算報告書を手渡す。


「長旅ご苦労だった。魔王討伐パーティの面々からも君の献身的な活動を聞いている。支出も予想より大幅に抑えられていて大変ありがたく思っている」

 細身ながら威厳のある声の宰相様。

「もったいないお言葉です」

 頭を深く下げる。


「魔王討伐パーティの面々からは、昨日の祝賀パーティや今日の凱旋パレードにも君を参加させたいという要望があったのだが、こちらもいろいろと都合があって実現することは出来なかった。大変申し訳なく思う」

 今度は宰相様が頭を下げる。

「いえいえ!私は魔族を倒してませんし、魔王城に足も踏み入れてもいません。パーティやパレードに参加する資格なんてありませんから」

 頭を上げた宰相様が微笑む。

「自分を卑下する必要はない。この城もそうだが、しっかりとした裏方がいてこそ表に立つ者が心置きなく活動できるというものだ」


「さて報酬の件だが、本当に出立前の約束どおりでよいのかな?」

「はい」

 前金は冒険者ギルドの私の口座に預けてあるけれど、残りの報酬から冒険者ギルドの取り分を除いたすべてを私が育った孤児院の修繕に使いたいと申し出ていた。

「わかった。私からも孤児院にいくらか寄付させていただくとしよう」

「ありがとうございます」


 宰相様は軽く咳払いをして話し始める。

「さて、魔王討伐パーティは国の英雄となった。君は自分の立場をわきまえているかな?」

 宰相様が何を言いたいかはわかっている。

 もう彼らに関わるな、と。


「もちろんでございます。今後こちらから皆様に接触することは決してございません。ただ、午後の凱旋パレードを見ることくらいはお許しいただけますでしょうか?」

「ああ、それくらいはかまわないだろう。さて、私もそのパレードの末席に加わらねばならないので、そろそろ準備に取りかからないとな」

 帰れという合図だ。

 別れの挨拶を告げて文官とともに宰相様の執務室を出た。



 文官の男性は王宮の通用門まで送ってくれた。

「貴女の帳簿は大変見やすく助かりましたよ。それに宰相様もおっしゃっていましたが、我々としてはもっと大きな出費になることを覚悟していたのですが、貴女のおかげで予想より少なく済みました」

「いえいえ、ただ私にできることをしただけですから」


 通用門の前で文官の男性が真剣な表情で話しかけてきた。

「もし何か困ったことが起きたら私にご相談ください。宰相様や魔王討伐パーティの皆様に比べたらたいした力もありませんが、これでも王宮ではそれなりの役職におりますから」

 そう言って名刺を手渡されたが、そこに書かれた名前を見てバッと文官の男性の顔を見た。


「気がつかれましたか。私は当代の勇者に選ばれた男の兄なんですよ」

 言われてみれば顔立ちが似ている。

「私は次男でして、こうして王宮の文官として勤めております。身内の特権で帰還したばかりの弟に会うことが出来ましたが、遠征の後処理を私が担当すると知り、貴女に失礼のないようしつこいくらい言われましたよ」

 苦笑いする男性。

「弟は言っていましたよ。この遠征では貴女の存在が大きな心の支えになったと」

 そう思ってもらえたのなら本当にうれしく感じる。


 さて、そろそろ冒険者ギルドに顔を出さないと。

「今までお世話になりました。それから昨日のシュークリーム、とても美味しかったです」

「ははは、あれくらいならいつでもご用意しますよ。用がなくてもぜひ遊びに来てください。本当におつかれさまでした」

 勇者様とよく似た笑顔に送り出された。



 冒険者ギルドの受付嬢が笑顔で出迎えてくれた。

「長旅おつかれさまでした!ギルドマスターがすぐに会いたいそうです」

 有無を言わさず一番奥のギルドマスターの部屋に連れて行かれる。


「本当にご苦労だった。そして誰も引き受けなかったことを押し付けてしまい、大変申し訳なく思っている」

 元冒険者で体格のいいギルドマスターが頭を下げる。

「いえ、いい経験をさせていただいたと思っています」


「ギルドの取り分からいくらかお前にまわすつもりだ。さて、これからどうするつもりかな?」

「まずは午後の凱旋パレードを見物して、しばらくはゆっくり休もうと思ってます。孤児院にも顔を出したいですしね」

 ギルドマスターは小さくうなずいた。


「そうか。では今日の昼食は私が奢ろう。そして午後はこのギルド前でパレードを見るといい。街の中心部よりは観客が少ないだろうから観やすいと思うぞ」

「ありがとうございます。そうさせていただきます」

 そのまま分厚いステーキで有名な食堂に連れて行かれた。


 ギルドマスターと比べたら半分以下の量のお肉ですっかり満腹になった私は、ギルドマスターと並んでパレードの到着を待っていた。

 思っていたより人が多いが、街の中心部はこんなものではなかったらしい。

「お、来たようだな」

 背が高いギルドマスターが遠くを見ながら言った。


 さて困ったな。

 私は背が低いので、このままじゃ何も見えないかもしれない。

「あの、ギルドマスター。私、ギルドの2階の部屋から見てもいいですか?」

 すでに2階の窓からはたくさんの顔が見えている。

 あそこにもぐりこませてもらおう。


「ん?ああ、背が低くて見えないのか。よし、俺が肩車してやろう!」

「はぁ?!」

 ギルドマスターがしゃがむと、そばにいたこれまた元冒険者のサブマスターがひょいと私を持ち上げ、ギルドマスターの肩に乗せてしまった。

 ギルドマスターが立ち上がると一気に視線が高くなる。

「降ろしてくださいっ!子供じゃないんですから肩車なんておかしいでしょう?!」

「ははは!細かいことは気にするな。それよりお前は軽すぎじゃないか?昼に食った肉も少なかったしな。もっと肉を食わせないといかんなぁ」

 体格のいいギルドマスターは私がジタバタしてもびくともしない。


 そうこうしている間にパレードが来てしまった。

 パレードで使われるのは屋根がなくて華美な装飾が施された馬車である。

 笑顔の王太子殿下夫妻や無表情の宰相様を乗せた馬車の後は、討伐の証明である魔王の角を載せた馬車が通っていき、いよいよ魔王討伐パーティを乗せた馬車が近付いてきた。


 これが見納めだからしっかり目に焼き付けないと。

 ジタバタするのも忘れて見ていると、馬車の上の人物と目が合った。

「見つけたっ!!馬車を停めてくれ!」

 勇者様が叫んだ。


「えっ?」

 パレードのためゆっくりと移動していた馬車は冒険者ギルドの真正面で停止する。

 勇者様が魔術師様に何か合図をすると、私の身体はギルドマスターの肩の上からふわりと空中へ浮き上がった。

「え、ちょっと?!」

 馬車の上にいる魔術師様の杖の動きに合わせて私の身体は空中を移動していく。

 見物客達の視線が集まるけれど、今はそれどころじゃない。

 そしてぽすんと勇者様の腕の中に降ろされた。

「よし、捕まえたっ!」

 一仕事終えた魔術師様はふぅ~と息を吐き、賢者様と聖女様は満面の笑みを浮かべている。


 あの、勇者様?

「ギルドマスターにはお前の行き先を把握しておくよう頼んでおいたんだが、見つけたらつい我慢ができなくなった」

 笑顔がまぶしいです。すごく顔が近いです。

 それにこれはいわゆるお姫様抱っこというものでは?

 あと、みんな正装なのに私だけ旅装のままなんですけど?


 混乱しつつもふと馬車の中に目をやると、賢者様の指には遠征時に一度も身に着けていなかった結婚指輪が光っていた。

 私の視線に気付いた賢者様が答える。

「帰ったら妻に号泣されましてね。政略結婚ということで互いに意地を張ってきましたが、長年連れ添っているのだから、この機会に素直になろうということになりまして」

 苦笑いだけど幸せそうだ。


 そして聖女様と魔術師様は、いつのまにか指をからめてしっかりと手を握っていた。

 これはいわゆる恋人繋ぎというものでは?

「魔王討伐のすぐ後で、どちらからともなく、ね?」

 笑顔の聖女様がそう言うと、魔術師様は無表情のままうなずく。でもちょっと顔が赤い。

 …あれ?

 帰路の休憩時に魔術師様が釣りに行くと、聖女様も水辺で瞑想してくるっていなくなってたけど、もしかしてあれは逢引きだった?

 そして帰路の馬車で賢者様が御者台の私の隣によく座るようになったのは、もしかして馬車の中で2人の時間を作るためだった?

 うわぁ、全然気付かなかった。私って鈍すぎ?



「おいおい、こっちも見てくれないか」

 お姫様抱っこされたままなので、ただですら近い勇者様の顔がさらに接近する。

「ひゃい!」

 近すぎて心臓によくないと思う。


「お前がいてくれたからこそ、臆することなく魔王と対峙することが出来た。お前とともに帰る、それが俺の心の支えだった」

 勇者様のよく通る声が響くと、見物客のざわつきが消える。

「お前の笑顔と美味い食事を誰にも渡したくない。だから俺の人生の相棒になってくれないか?」


 人生の相棒って、やっぱりそういう意味だよね?

 でも、やっぱり無理があると思う。

「あ、あの、でも爵位を賜って貴族になったんですよね?魔王を倒した英雄で、貴族でもある勇者様と私じゃつりあわないです」

「ああ、そんなの面倒だから断った。代わりに俺の生家の爵位が上がる。俺はただの冒険者に戻るから心配するな」

 賢者様を見ると笑顔でうなずいている。どうやら本当らしい。


「で、でも、魔王討伐パーティの皆さんにはもう近付かないって宰相様と約束しちゃったのに…」

 ニヤッと笑う勇者様。

「それはお前からってことだろ?俺から近付く分には何の問題もないじゃないか」

 え、それでいいの?


「魔王は退治したけど、未攻略のダンジョンは山ほどあるし、魔の森の魔獣で困ってるところも多い。俺はこれからも人々のためになることをしていきたい。人を思いやれるお前とならきっとうまくやっていける、そう思うんだ」

 勇者様にじっと見つめられる。


「もう一度言うぞ。これからは俺の人生の相棒になってくれないか?」

「…はい」

 こくんとうなずく。

「ありがとう!」

 いきなり唇を奪われた。


 沿道の見物客や冒険者ギルドの連中からの拍手や冷やかしで一気に恥ずかしくなり、思わず勇者様の胸に顔をうずめた。

「ギルドマスター!こいつは先にもらっていくからまた後でな!」

 ギルドマスターとサブマスターは笑顔で手を振っていた。


 私の新たな旅はこれから始まる。

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雑用係の旅は続く 中田カナ @camo36152

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