2 でたらめちゃんは語る(1)

うそ

「嘘について語りましょう。

「嘘の正体について語りましょう。

「ミミズやオケラやアメンボと同じように、生きているのです。と言っても、その構造は他の生物とは、大分異なっていますけどね。

「まず、嘘には肉体がありません。

「自我がありません。

「死がありません──肉体がありませんからね。肉体がないということは、老いることがないということ。傷を負うこともないということ。『不死身』です。

「例えば、ウイルスのようなものだと考えてください。嘘は空気中に、今この瞬間もうようよと浮かんでいますが、その姿を観測することは人間には出来ません。なにせ肉体がないわけですから。

「そして人間は、空気中にうようよと浮かぶそれを、無意識の内に吸い込むことで、嘘をく能力を得ています。さながら息をするように、嘘を吐いているという訳です。

「これは裏を返せば、人間には本来、嘘を吐く機能が備わっていない、ということになります。

「あなたたち人間にしてみれば、嘘とは自分の意志で、自分の力で吐くものなのでしょうけど……本当の所は違うのです。

「実際、今でこそ自らの手足のように嘘を使いこなしている人間ですが、はるか大昔、文明すら存在しないような原始の時代においては、そうではありませんでした。

「人間は、嘘を吐けませんでした。

「嘘を吐けない人間なんて、飛べない鳥、泳げない魚と同じです。当然のように、他の生物から容赦のないじゆうりんを受けたことでしょう。人類にとって、まさに冬の時代です。

「冬を終わらせたのは、春をもたらしたのは、一つの出会いでした。

「人間は、『嘘』と出会ったのです。人類の繁栄はそこから始まりました。

「そもそも人間の強さとは、火を起こせることでも道具を使えることでもありません。社会を形成できることです。

「人間以外の動物たちは群れることは出来ても、種族全体で団結することは出来ません。地球ぐるみで仲良くしている生物なんて、人間くらいのものです。

「そして、それを成り立たせているのはうそです。嘘がなければ人間社会は成立しません。誰も彼もがありのままの本音をぶつけあっていたら、まとまりは生まれません。

「仮にこの瞬間、世界から嘘が消えてしまったら、と考えてみてください──ね? 恐ろしいでしょう? すぐにでも戦争とか起こっちゃいそうでしょう?

「人間の繁栄は社会体制に依存していて、社会体制は嘘に依存している。つまり人間は、嘘に依存しています。

「──そして嘘もまた、人間に依存しているのです。

「嘘には形がありません。何も有していません。

「しかしたった一つだけ、『本能』があります。

「『かれたい』、という『本能』です。

「嘘はそのためだけに生きています。何者かに吐かれることを、無上の存在理由としています。

「……いいえ、『吐かれること』と言うより、『吐かれることで、この世界に対して何らかの変化をもたらすこと』と表現した方が、より適切でしょうか?

「いまいちピンと来ませんか?

「では、具体例を挙げましょう──ある子供が、どうしても学校に登校したくなくて、仮病を使って欠席することを試みたとします。

「その場合、仮病が親に信じられれば、学校を休むことが出来ますし、逆に仮病だとバレてしまえば、いやおうなく学校に行かざるを得なくなります。

「つまり仮病という嘘が信じられた結果と、信じられなかった結果、二通りの結果が想定されるわけです。

「そのいずれかの結果こそが、嘘のもたらした『変化』です。

「その子供が、もしも嘘を吐けなかったとしたら、仮病という選択肢は選べません。どれだけおつくうだろうと、素直に登校するしかなくなるでしょう。

「そんな『素直に登校する』という当たり前の結果に、嘘は干渉した。結果、子供は学校を休むチャンスを得た。

「さっきも言った通り、人間には本来嘘が吐けません。ですから、仮病を使ったことによる結果は、人間が嘘を吐いたから引き起こされたものではなく、嘘が人間に吐かれたからこそ引き起こされたものだ、と言い換えることも出来ます。

「──とはいえ、この例えだとあまりにスケールが小さすぎて、やはりピンとこないかもしれませんね。それではもう少し話を大きくして、経済で考えてみましょうか。

「経済、あれは嘘です。お金なんていうものはそもそもこの世に実在していません。一万円札だろうと一ドル札だろうと、あんなおなかも満たせない、寒さや雨風をしのぐことも出来ないような『ただの紙切れ』を有難がる生物なんて、人間くらいのものでしょう。

「しかし現実には、貨幣は人間の社会において、大変に価値のある物体として扱われています。衣・食・住に何ら関わりのない『ただの紙切れ』が、不思議なことに、あらゆる衣・食・住を手に入れるための『万能の引換券』に化けてしまうわけです。

そんな奇妙な現象が起こるのかと言えば、それは貨幣には価値があるといううそを、

「つまり人間社会を支えている『経済』というシステムは、すべて『貨幣』という『嘘』によって成り立っている、ということになります。

「これも嘘による結果です。嘘による変化です。

「そして、このような変化を世界にもたらすことこそ、嘘の本能なのです。

「……ちなみに、『なぜそんな本能があるのか?』なんてかれても、『そういうものだから』としか答えられませんよ? あなたたち人間が、『なぜ子孫を残そうとするのか?』という問いに、突き詰めた答えを見つけることができないのと同じ理由でね。

「……いい加減前置きも長くなりましたね。

「ここから本題です。

「いよいよ肝心の、〈嘘殺し〉についての話を始めます。

「繰り返しになりますが、嘘には本来、自我も肉体もありません。ただ空気中を延々と彷徨さまよい、人間に吸い込まれては吐き出されるというサイクルを繰り返すだけの、あやふやな存在です。

「ただ、何事にも『例外』は存在するもの。

「人間にかれた後の──姿

「嘘がその状態にまで辿たどくことを、私は〈実現〉と呼んでいます。

「〈実現〉した嘘は、自我と肉体を有しています。人間と同じように物を考えることが出来るし、直接的に世界へ干渉することも出来ます。

「要するに『化け物』だと考えてもらって差し支えないです。

「……ちなみに、ここまで説明してきたんですから、もううみどりさんもお気づきですよね?

「ええ、そうです。この私でたらめちゃんもまた、その〈実現〉した嘘の一匹なのです。

「少女の姿を模した、嘘の寄せ集め、嘘しか吐けないでたらめちゃん──嘘が嘘を吐くだなんて、奇妙な話ではありますけれど。

「もっと奇妙なのは、私は嘘でありながら、〈嘘殺し〉を生業なりわいにしているということです。

「自分と同じ〈実現〉した嘘を、私は今日まで殺して、殺して、殺し続けてきました。

「そして今日──あなたに私の〈嘘殺し〉を手伝ってほしくて、この部屋を訪れたというわけなのです、海鳥とうげつさん。

「さて。とりあえずざっくりと説明させてもらいましたけど……ここまでの話の中で、何か質問したいことなどはありますか?」

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