ある青年の異世界転生備忘録

夢渡

転生願望

 異世界転生。最近人気のあるジャンルだ。

 古くは神話から存在するらしいが、そんな歴史の授業を始めたいわけじゃない。

 個人の創作から始まり果ては企業が絡むアニメやゲームまで。まさにブームといったところだが、一時的な人気というには愛好家達の熱はさめない。


 かくいう俺もその一人で、本やアニメ・ゲームに至るまで異世界モノで染まりきっている熱狂者だ。

 新しい世界で新しい自分で始まる第二の人生。チート無双で快進撃は見ていて爽快で底辺からの逆転劇は痛快極まりない。

 願わくば俺もそんなチャンスを得てみたいと思うし、同志達ならば誰しもが思い描くに違いない。


──そんな俺が今まさに息を切らせながらひた走っているのか、まずはその経緯をお話したい──





「異世界転生ってマジっすか!?」


 漫画のように爛々と目を輝かせて目の前にいる老人に思わず詰め寄ってしまう。自らを神と自称した老人はそんな俺を煙たそうに払いのけると、その神々しい頭皮に手を置き額に皴を寄せた。


 そんな老人に期待を寄せる俺だが、別に変な宗教にひっかかったわけじゃない。つい先ほど現世の俺は下校中トラックに轢かれて死んだのだ。

 体も宛ても無く彷徨っている俺を導いてこの白い空間に連れてきてくれたのが目の前のご老人で、神を名乗り俺を転生させてくれようというのだ。

 大丈夫、同志に悪いやつはいない!


「誰が同志じゃ誰が、あと自称じゃないわい!」


「おわっ、急に声かけないでよ」


 老人は待ちくたびれたと言わんばかりに不満をあらわに圧をかけてくる。


「それで、どうするんじゃ?」


「異世界転生っすよね、するするします! 是非お願いしまーす」


「お前さんさっきまでの説明ちゃんと聞いておらんじゃろ」


「え、チート貰って異世界転生っしょ?」


「馬鹿たれ、話半分も聞いておらんではないか」


 曰く神々は最近増え始めた転生願望に困り果てていたらしい。

 年々増え続ける異世界に行きたいという願いは多くの人が願う一つの祈りとなり、聞き届ける立場である神々としては叶えないわけにはいかなくなったらしい。


「以前までは一人二人叶えてやるだけでよかったんじゃがな、最近はもう増える一方でのぉ」


 多数が願う望みは祈りとなり、増え続ければいずれ人類としての祈りとなる。そうなればファンタジーよろしく本当の意味で救済を与えなければならなくなるとの事。


「そこで今回のお試し転生じゃ」


 転生願望のあるものを抽選で選び望み通り転生させ満足したなら改めて転生、不満がある場合は現世の輪廻へ戻される。

 戻る場合は記憶は消されるが、その苦い経験は魂に刻まれ考え方を改めさせようというものらしい。


「不満って、でもチート能力とか貰えるんでしょ?」


「無論個人としては過ぎた才を与えよう。じゃが当然才能を開花させる為の努力はして貰うぞ、おいそれと力だけを与えて他の世界を混乱に招いてはならぬのでな」


「じゃあお試し先が過酷な世界とかそもそも本人が望んでない世界観とか?」


「安心せい転生先はお前さんらが好きな剣と魔法の世界じゃよ。稀に文明の進んだ世界を望む者もおるが……色々と厄介事が多いとは助言しておこう」


「じゃあ不満なんてあるわけないじゃないっすか、ささどうぞお試しでも本番でもちゃちゃっと転生させちゃってください」


「そうかそうか」


 神様とは思えぬいやらしい笑みを浮かべ老人は俺の体を押すと、まるで地面があった事が間違いだったように下へ下へと落下していく。


「期限はお前さんが死ぬまでじゃ、記憶も体も生前のままで転生させてやろう」


「どーもー!」


「まぁ精々あがく事じゃ」


 そうして俺の望んだ異世界転生は幕を開け──笑みの意味を思い知る事になる。


 結論から言おう同志諸君、安易に異世界転生したいなどと願ってはならない。

 何故かは俺の経験談を元に説明していこう。


 まず転生先はドンピシャだった。剣と魔法が主体の中世風の世界にファンタジー特有のモンスターたち、無名でも功績を挙げていけば英雄とまで呼ばれる冒険者達。

 身分不詳の転生者でも受け入れられるこの時代で、俺TUEEEEとまではいかないまでも多くの才能を与えられた俺なら何の苦もなく上り詰める事が出来ると思っていた。


 だが現実はそんなに甘くなく、功績を挙げようにも伝手も信用もない者は地道に底辺のクエストをこなしていくしかなく、そういったクエストはもっぱら常連たちの指名で埋まる。

 パーティーを組むことも考えたが、才能開花前の俺では誰も組んではくれず、開花させる為にも講師や教材などで金がかかる悪循環。一日の大半が日銭を稼ぐ為に浪費される現状では期待の新星には程遠かった。


 そして疲れた体に鞭打つ衣食住。着心地最低な布切れを着用し、ギリギリ食えなくもない粗食を口にして固いベッドでノミや虫たちと共に寝る。

 当然風呂なんて高級品だし、トイレに至ってはトイレットペーパーなんて存在しないから専用の棒や葉っぱなんかで拭くしかない。慣れるまでに何度痔に悩まされたことだろう。

 そういった理由もあり現代人基準では衛生面は壊滅的だった。潔癖症なら間違いなく自殺していたに違いない。

 幻想ファンタジーが数ヶ月で現実リアルへと変わりホームシックになってくる。


 だがここで同志諸君は思うだろう。転生先が悪かった、もっとファンタジーでご都合主義なら何も問題無かったと……確かにそうかもしれない。ホームシックが過ぎた後の俺もそう思うようになった。


 しかしふと思う、本当にそれだけが原因だろうかと。魔法は確かに便利だが『魔法』というカテゴリーに属する以上、ルールが存在するし出来る事も出来ないこともある。

 魔法の自由度の高い世界であればと思うかもしれないが、そうなると世界観が中世程度にはとどまらないのではないか、そんな独自進歩した『未来』でぽっと出の人間がやっていけるのかと思えてくる。

 チートもそうだ。実感した今なら分かるが、いきすぎた力は価値観を変え性格すら変質させ持ち主を内面から壊してしまうのだと思う。


 どうあっても何かしらの難題は乗り越えなければ異世界転生ライフなど送れない。そしてそれを痛感したのが、ようやくダンジョンへ挑める程度に成長した冒頭の自分である。


「うわっ!!」


 ちょっとした地面の突起に蹴躓く、体勢を崩した獲物に躊躇無く襲い掛かる狼に似たモンスターたち。俺はこれまでの経験からすぐさま片手で撃てる簡易魔法で応戦する。

 こうなるまで本当にながかった。いくら才能があり上達が他より早いとはいえ、これまで命のやり取りとは無縁だったのだ。漫画でよくある銃を初めて人に向けた一般人のそれで、どれだけ強い力を持っていても精神的に追い付いていなければ扱う事すらままならない。


 襲い掛かってきた一匹を感電死させ、群れの足が止まった隙に体勢を立て直し剣を構えて威嚇する。このままダンジョン外まで逃げられればいいのだが、もっと頭数を減らさなければ無理だろう。


 じりじりと後退して入り口へ向かう。脱出用のスクロールはアイテム袋ごとあいつらに奪われてしまった。

 互いの緊張が高まる中、しびれを切らした一匹が群れの中から飛び掛かってくる。それを構えた剣で切り伏せるが、柄から伝わる感覚がどうにも不自然だ。


「しま━━ッ!!」


 本命の二匹が両サイドから同時に襲い来る。振り下ろした剣をそのままに先程と同じ簡易魔法で一匹の息の根を止めたが━━あいつら仲間の死体を群れの後方から投げたんだ。


 死生観もさることながら絶対的なこの世界において経験の差が違いすぎる。ダンジョン内での奇襲で真っ先に道具袋を狙う手管から群れの被害を最小限にする為の囮、詠唱魔法を使おうとすればすぐさま群れが一斉に襲い来る。

 末端のモンスターですらこれ。死が隣り合わせの世界で生き残るとはつまりそういう事なんだろう━━


「一年と八ヶ月……もうちょっと粘れんかのぉ、賭けに負けてしもうたわ」


 モンスターの餌になる瞬間、再びあの白い空間で仰向けに倒れた俺を頭の眩しい老人が残念そうに見下ろしている。どうやら俺のお試し転生は終わったらしい。


「さて、早速で悪いが答えてもらおうか。転生するか否か、お前さんはどっちを選ぶ?」


 元々そういう目的のお試しなのだ、意図的に過酷な世界が選ばれているに違いない。

 だが今回の異世界転生で気付いた事もある。それは転生前に持ち得たものが最も大事だという事だ。


 英雄であればそういった素質。

 逆転劇を生き抜くなら運や精神力。

 内政チートにも知識は必要だし、スローライフなら何も必要ないなんて大間違い。

 何も持たず努力すらしなかったという事は、むしろ転生が不利に働く場合だってあるのだ。


 結局のところ異世界といえど同じく世界で生きるという事に変わりはない。性格から何から別人にでもならない限り、転生したところで相応の生き方しか出来はしないのだ。





「よ、昨日発売した『いせたん』読んだか?」


「当たり前じゃん、朝から本屋行ったつーの」


「やっぱいいよな異世界転生、俺も勇者召喚されてみてぇ」


「そうかぁ?」


「なんだよ、お前も異世界転生モノ好きじゃん」


「そりゃ好きだけどさ、実際経験するとなると色々大変だと思うぜ?」


「そのためのチート能力だろ、あの本の主人公だって俺たちと一緒の学生だぜ?」


「バーカ、ああいうのは物語だからこその成功例だろ。実際にそうなったら描かれてない苦労の方が大いに決まってる」


「なんだよお前、行ったことあるような口ぶりだな」


「そんな訳ないだろ。第一お前、駅前の牛丼食えなくなっても耐えられんのかよ」


「無理……いやいや、それこそ異世界で再現するんだよ」


「娯楽はどうする、お前が待望してる新作ゲームも一から作るのか?」


「うぐっ」


「そういうこったよ、確かに異世界で人生変わるかもしんねーし良い思いも出来るかもしれないけど、捨てる物も存外に多いんだよ。読む側で十分さ」


「うーん、そうかも……でもやっぱ憧れるよなぁ!」


 この記録はあくまでも失敗例、実際に異世界転生をして大成することもあるだろうし、望みを叶える事もあるはずだ。

 だけどもし、そんな機会が訪れたとして選択の自由があるのならば、その時はよくよく考えて選択をして欲しい。


 最後になるが同志諸君、自称神を名乗る禿げ爺には気を付けて。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る