君と僕《マネージャー》との同棲生活
木種
Episode 1 大人になるということ
今日は成人式。新たに社会人の一歩を踏み出す者たちの門出を祝う日だ。
ありふれた男女が喜びを露わに輝かしい表情で談笑し写真を撮り合って楽しんでいる。そんななか諸事情でそこに参加できないものも。それはただ友人が少なかったり、仕事の都合であったりと人それぞれだ。
高校生にて歌手としてデビュー。メディア露出こそ少ないものの、顔出しをしていない点からその結果になってしまっているというだけで綺麗な歌声は人気が高い。また、容姿で勝負をしていない点から女性人気もある。
そんな彼女だがたとえ二十歳になったとはいえ、一生に一度のイベントへの不参加を強いられることに不満を抱かないほど大人にはなれていない。自宅にてマネージャーである
「将太郎さんは成人式に参加したの?」
ソファに座りテーブルに並ぶ彩られたそれに手を伸ばして口に頬張る彼女は彼の顔を見ない。
ストレスで暴飲暴食になる姿を見慣れている彼は明日には元に戻ると分かっているため、スルーして質問に答える。
「僕が瑠璃を担当したのが二年前だろう。今年で二十七歳になる僕は当時まだ大学生だったからね。もちろんいったよ」
「えー、ズルくないですか? せっかく可愛い着物を用意したのに仕事はお休みだから見せるのは将太郎さんだけ。それなのにさっき見せたら、瑠璃はいつ見ても綺麗だよなんてクサいことしか言わないんだもん」
「一応、本人が目の前にいるんだけどなぁ。さすがに傷つくよ」
苦笑を浮かべる彼はしかし、内心では別のことに気を奪われていた。
実は彼らは仕事の間柄になる前から事務所の方針で同棲を始めており、先程彼が担当から二年と言ったが同棲を始めてからであれば三年となる。彼女が将太郎さんと、彼が瑠璃と呼ぶのもその関係性があるからこそだ。
ちなみにこれは過去に同事務所に所属していた未成年のタレントが見知らぬ男性に自宅にて襲われた事件がキッカケとなっており、二度と同様の事件ないしはその他の危険性を排除するための措置として行われている。
ただ、あくまでも自立するまでの策であるため期限として成人式から一ヶ月以内に彼が出ていく運びになっているわけだ。
そのことを未だ彼女は知らされておらず、明日も明後日も朝食を二人分用意してテレビを見ながら他愛ない話をしつつ過ごし、現場に持っていく昼食のお弁当を彼が作っている間に仕度を済ませるものだと呑気に考えている。
今日はどうせ食欲が止まらないだろうから明日はカロリーをいつもより控えめにしようだとか、こうやって不満が溜まったときに絶対に呆れないで話を最後まで聞いてくれる彼に感謝を込めて夕食は好物のオムライスを作ってあげようだとか、そんなこともさっきまで考えて話をしていた。
「そうだ、将太郎さんのそのときの写真持ってるの? 見せてくださいよー」
「嫌だ」
「どうして? あっ、もしかして張り切りすぎて逆に引かれちゃったとか?」
「……そんなことはないかな」
動揺してすこし沈黙をつくってしまったことで瑠璃香は確信したように悪戯に笑みを浮かべ、充電している将太郎のスマホめがけてソファから飛び出した。
不意を突かれた将太郎は反応が遅れ無様にスマホを奪われてしまい、ため息をついて諦めたように深く座りなおす。
にやにやと電源を入れた彼女は一瞬固まったかのように動きを止めた。しかし、それに彼が気付くことはなく手を掴まれ指紋認証でアンロックするために引っ張られる。
「っ! 痛いって、そんな強くしなくても逃げないから」
普段の仕事によるストレスとはまた違うそれ以上のもので感情が爆発しすぎているのかと瑠璃香のことが気にかかる。
表情こそ変わらず将太郎の恥ずかしい過去を覗いてやろうという感情が見て取れるが、どこかぎこちなくも見えた。
ただそれを彼が言及することはなく彼女の操作するスマホの画面に目をやる。そこには思い出すだけでも赤面してしまう金髪に染めて装飾品を身にまとい、スーツを背伸びして格好よく着こなそうとした結果ダサくなってしまった二十歳の彼が映しだされていた。
「あははははっ! これはさすがにやりすぎだよ」
「自分でもわかってるから嫌だったんだよ! 誰にも言わないようにね」
「言いふらしはしないけど、その代わりに今日一日私に付き合ってほしいなって。もちろん外には出ないから」
「……わかったよ」
元より彼は事務所から今日は付き合ってやれと使命を受けている。それから同棲期限のことを話しておくようにとも。
それでもなかなか話し出せずにいて気が気でない彼をよそに言質を取った彼女は意気揚々と立ち上がって自室へと入っていった。なにやら押入れからものを取り出そうと積まれている荷物を下ろす音がリビングにいる彼にも聞こえてくる。
今がチャンスだと彼はスマホを操作してMINEを開けた。何をどうすればと良い案が浮かばず社長に助けを求めようとしていたが、そこには事務所社長からのメッセージが先頭に映し出されていた。急いでタップして全文を読んでいく。
『一ヶ月後に二人が別れて住む件だが、今日は色々と大変だろうから伝えるのは明日でも構わない。ただし、絶対に明日には伝えるように。準備期間等が必要だからそこは頼む。
それから君にはそのまま別の子を頼みたいと思っている。というのも時折、瑠璃香とも連絡を取っているんだが、その都度君の自慢話を聞かされる。それだけ信頼されている証と判断し、今度は二年と期間は少ないけれどまた新しい子をお願いしたい。資料等はまた今週事務所に寄った際に私のところまで取りに来てくれ。
最後に一応のため忠告しておくが、万が一瑠璃香と仕事以上の関わりを持っている場合、持つ場合は覚悟を決めておくように。ただし君がどうであれ、少なからず彼女の気持ちを踏みにじるようなことはするんじゃないぞ』
気になるところは多々あるが何より最後の文章から彼の視線は外れない。
「はは、まさか……ね」
そこで足早にリビングに戻ってくる彼女の足音。
何故か呼応するように彼の鼓動も打つ。
そして勢いよく開けられた扉から現れた彼女の手にはクシャクシャになった一枚の紙が……。
ふーっと一度彼女は深呼吸。それから持っていた紙を彼に見せる。
「私、将太郎さんのこと────」
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