第50話 「真」の意味
「おう、嬢ちゃん。来たか!」
翌日、ジムに行くと珍しく会長が待ち構えていた。
「昨日の活躍見たぜ! スゲェじゃねぇか! 拳豪に出てるのも驚いたが、まさか優勝しちまうとはな。おめでとう」
「いやぁ、知ってる人から言われると照れますね。ありがとうございます」
「出るって言ってくれたら良かったのによぉ。水くせえなぁ」
「すいません。勝てると思ってなかったんで言ってなかったんです」
「で、だ。明日リアルの方の試合に出るって本気か?」
これまでの言葉とは打って変わって今の言葉には軽く怒気が含まれていた。
あれ? 何かまずかったかな?
でも、ここで引いちゃいけない気がする。
「はい。出ます。今日は色々相談しようと思って来ました」
「始めて一ヶ月も経ってねぇヒヨッコには
だよね。
そりゃそうだ。でも普通にやってたら武道家になるのに2年、その上の拳豪になるにはもっと時間がかかる。
「拳豪は通過点なんですよ」
「何っ?」
「こちとら武道家系を極めようってんですから、拳豪ごときに時間を取られる訳にはいかないんです!」
そう、お金をガッポリ稼ぐためにね。
時は金なりだから。
「ぶははっ」
会長が思わず吹き出した。
「ワリィ、それでこそ嬢ちゃんだ。ちょっと決意の程を知りたくてな。軽く試させてもらった」
「そうだったんですね」
「しかし、とんでもねぇ目標を掲げるねぇ。まぁそこが嬢ちゃんらしくていいんだがな。まぁいい。大崎ジムとしても全面的にバックアップさせてもらう」
「ありがとうございます!」
「どうせ、止めたって出ちまうんだろ?」
「はい。勿論!」
「そのくせセコンドをどうするとかは何も考えてねぇんだろ?」
「セコンドってあれですよね。足技が有名な韓国の格闘技ですよね」
「そりゃテコンドーだよ! セコンドは試合の時に選手をサポートするやつのことだよ。これくらい一般常識だろ!」
『あゆみ、これがセコンドです』
ミラちゃんが映像を出してくれた。
「あぁ、分かります分かります。すいません。セコンドのことは何も考えてませんでした」
会長がどっと息を吐いた。
「一応、うちの選手として出るんだろ?」
「はい。他に格闘技習ってませんし」
「なら、総をセコンドにつける。あとで嬢ちゃんからもお願いしとけ!」
「了解なり! 会長ありがとうございます!」
そして会長は更にまた息を吐いた。
「しかし、何でよりによって6月なんだか······」
「何かまずかったですか?」
「そりゃおめぇ、来月の大会ならボクシングルールの拳豪トーナメントだったんだぞ。ウチの畑じゃねぇか」
「あれ? その言い方だともしかして、月によってルールが違うんですか?」
「あたりめぇだぁ、ダアホ。格闘技の種類なんざ山程あるからな。ルールが固定されると格闘技によって有利不利の差が出ちまうんだよ。そこを公平にするために月ごとにルールが違う。だから普通は自分に有利な月の大会を狙って出るもんなんだよ」
おお、そうなんだ。
「それに選手のことを考えたら短い期間でポンポン試合は出来ねぇ。予選だけでどれだけ時間がかかると思う? 例えばボクシングルールの月は選手の選定が日本ボクシング協会に委ねられているが、参加希望者が多すぎてな。実績を元にある程度選手を絞り込み、予選に11ヶ月かけて重量級、中量級、軽量級と女性部門それぞれのクラスごと本戦出場者を8名ずつ選ぶ」
「ほぼ一年かけて予選するんですか? ······ってあれ? 階級が3つと女性部門て大雑把過ぎません?」
「おお、そこには気付いてくれたか。あくまで主催はリンクの運営だからな。ボクシングほど細かく階級には分かれてないんだよ。予算の都合とかもあるしな」
「でも、一年も時間かかるんだったら参加する人は本業の試合が滞っちゃいますよね? それは大丈夫なんですか?」
「勿論滞る。それでも参加希望者は多いぞ。参加資格があるのはランカー未満だからな。試合だけで生活費が稼げるやつなんかいねぇ。その層の奴らにとっては、というかランカーでも優勝賞金の500万は魅力的すぎんだよ。あと、試合がメディアにとりあげられるのもオイシイ。名前も売れるからな。本業でしょっぱいファイトマネーの試合をするよりは拳豪ドリームを夢見るやつが多い。中にはランカーにならないようにワザと公式戦に出ないやつもいるくらいだ」
「そうなんですね。······ところで、肝心の今月のルールは何なんですか?」
「はははっ、やっぱり分かってなかったか。リンク式総合ルールと言ってな、打撃、寝技、関節技、締め技何でもありだ。禁止されてるのは急所攻撃と噛み付き、武器の使用くらいのもんだな。過度に防御力が高いものでなければ服装にも縛りがねぇ。グローブ、オープンフィンガーグローブの着用は認められている。そこら辺は選手の自由だ。何なら素手にテーピングとかでもいい。まぁ、テーピングのやりすぎは反則になるがな」
「へぇ、そうなんですね」
オープンファイヤーグローブってなんだろ?
『オープンフィンガーグローブ。指が出せるグローブのことですね』
またまた映像付きで教えてくれるミラちゃん。さすが有能AI。
てっきり火を出せるグローブのことかと思ったよ。
『それは反則過ぎます』
「まぁ、普通オープンフィンガーグローブ以外を選ぶやつはいないけどな。あとファールカップの着用も当然認められている。どうせ持ってねぇんだろうから話が終わったら直ぐに買いに行けよ。時間ねぇぞ」
ファール······
『これです』
おおう。先回りで解説してくれるミラちゃん、ありがと。要は金的ガードね。
あ、女性用のもあるんだ。
「はい。分かりました」
「でだ。試合は1ラウンド制の15分。決着がつかない場合は判定になるが、引き分けはねえ。審判員のジャッジで同点になった場合は観客、視聴者の投票によって勝負が決まる」
「へぇ、それは意外ですね」
「まぁ、一応扱いとしてはエキシビションマッチだからな。判定になったら試合内容だけじゃなく人気や見た目の印象も勝敗を分ける要因になり得るってことだ。まぁ、投票になったら嬢ちゃんは有利だろう」
「えっ、そうなんですか!?」
やはり美少女のオーラは隠せないと。
「何せ、今月の拳豪トーナメントが『真』と呼ばれる所以はリンク式総合ルールに加えて無差別級で男女の区別もないからだ。真の拳豪を決める大会として認知されてるし当然注目度も高い」
「えっ!?」
「当然、出てくるのは殆どがデケぇ男共ばっかりだ。あとは多少小さくても巧くて速い奴とかだな。そういやデカい女性が一度本戦に出て注目されたこともあったか。とにかく女性ってだけで肩入れしたくなる。嬢ちゃんみたいなちっこい女の子が出た日にゃ皆応援したくなるもんだよ。それに昨日リンクで活躍した人気もあるしな」
「でも、投票以外が私に不利すぎませんか!?」
「何言ってやがる、自分で参加表明したんだろうが」
「だって知りませんでしたし!」
「参加表明したときは観客も盛り上がってただろ? まぁ、格闘技歴が浅すぎてネタか売名行為くらいにしか思われてなかったけどな」
「······そうか、観客のあの反応はそういうことだったのか······」
どうりで最後の方は盛り下がったわけだ。
「当然、誰も嬢ちゃんが勝てるとは想像すらしていない」
「くっ······」
そりゃそうだよね。
こんなチビで、細くて、格闘技歴も浅すぎて、モデル体型で、美少女の私なんか勝てるはずないよね。
『悲観的なのか、自意識過剰なのか、どちらかにしてください』
うっさいよ!
色々と想定外すぎてわけ分かんなくなってるの!
「だが俺は、嬢ちゃんなら何かやらかしてくれると思ってる」
「そうなんですか?」
「ああ、入門して間もないとはいえ、嬢ちゃんはうちの門下生だ。俺と総、あとはスパークリングをしたレイカは勿論嬢ちゃんの味方だし、嬢ちゃんが只者じゃねえってことも知ってる。何も世界チャンピオンを相手にするわけじゃねえんだ。拳豪なんて通過点なんだろ? 一発かまして世間の度肝を抜いてこい!」
「は、はい!」
よ、よし、やったるぞぉ!
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