第27話 修行

 元々『リンク』で稼いだお金は私が稼いだわけじゃない。ミラちゃんが増やしてくれたお金だ。

 ゲーム内で死んだ時、そのお金が寄付されるなら心置きなく冥府に行けるってもんだ。

 それってつまり私が寄付したようなもんでしょ。ゲームをして世のため人のためになれるんだから素晴らしいよね。


『感じます。あゆみから······かつてない怒りの感情を』


 ミラちゃん、そういうこと言っちゃだめだから。怒りを必死に隠して達観した美少女になろうとしてるところなのに。


 そりゃ本当のことを言えば怒ってるよ!


 憎い······。


 憎い······。


 怒りと憎しみが際限無く溢れてくる。


 怒りのあまり私の体のどこかに封印された闇の力的な何かが開放されて······伝説の美少女戦士が目覚めてしまうかも知れない······。


『そういう設定なのですか?』


 いや、そんな設定はないけども!


 どっちかと言うと今のは後々黒歴史化しそうな発言だからむしろスルーして貰いたかったんだけども!


『それは失礼しました。それでこの後はどうしますか?』

「絶対あいつにリベンジする!」


『承知しました。ただ、あの上位種は強いですよ。見習いクラスが太刀打ち出来る相手ではありません。相当無茶をすることになりますが······』

 分かってる。

 何でもやるから、どうすればいいか教えて!



·········

······

···


 何でもやるっていったけどさ、ミラちゃん本気?


『勿論本気です。さぁ、張り切って行きましょう。一歩一歩に怒りを込めて』

 う、うん。


『では投影します。難易度★から始めます』


 例の上位種が脳内に投影される。

 同時に重低音が下っ腹に響くBGMが始まった。


 上位種との距離は約3m。


――ヒュン――


 風を切る音も再現されている。


 凄まじいスピードで上位種は顔の横を通り抜けていった。


 成程、このタイミングね。

 リズムがあるお陰でタイミングが摑みやすい。


 すると前方の同じ位置にまた上位種が現れた。


「セイッ」

 それを今度は【貫手】で貫く。

 っしゃあ!


 貫かれた上位種はすっと消えていく。

 そしてまた3m前方に、今度は少し違う位置に上位種が現れた。


「ハッ」

 それをまた【貫手】で貫く。


 そしてまた前方3mに上位種が現れた。


 ゲーム内だけど、現れるスライムに実体はない。単なる脳内映像に過ぎない。そのため倒してもアイテムもゴールドもドロップしない。


 そう。これはいわゆる音ゲー。

 ミラちゃんプロデュースによる音ゲーを活用したシャドーボクシング、いやシャドー貫手だ。


 そして鬼畜なことにスライムの湿原に着くまでこれを続けなければならないのだが、進めるのは貫手の時の踏込みのみという縛りがある。


 因みに今は迎撃するだけで精一杯で前に踏み出すところまで至っていない。

 そしてスライムの湿原まではかなりの距離がある。


 うん。これ絶対終わらんやつや。


·········

······

···


 結局この日は、3mしか進めなかった。

 スライムのスピードが速すぎて迎撃するだけで精一杯で、足を踏み出すことが殆ど出来なかった。


 二日目。

 【貫手】の一歩一歩に怒りを込めて前に進む。

 この修行期間中は他の狩りを行っていないので余計に怒りがこもる。時たま襲ってくるモンスターを倒すくらいで収入は殆どない。

 それでも50m程すすむ。

 ちなみに距離は日々リセットされる。

 昨日進んだところから再スタートとはならない。ミラちゃん鬼だ。


 三日目。

 段々慣れてきたこともありこの日は100m進むことが出来た。

 そして100mを超えたら難易度は★★になった。上位種が出現する位置が前方だけでなく左右も加わった。


 四日目。

 110m進む。100m以降途端に進む速度が落ちる。加えて横から上位種が来るときは全然前に進めない。それでも終盤になると左右からの突進にも上手く対処出来るようになる。横からの攻撃は周り込みながら迎撃することで少し前に進む事が出来た。


 五日目。

 ★★にも慣れて200mまで進む。200mから難易度は★★★となる。★3では前方から同時に二匹の上位種が現れるようになった。

 効率よく前に進むためには踏み込む足の鋭さと、残った送り足を素早く引きつけることが重要だと気づく。この頃からボクシング的なリズミカルなフットワークよりは剣道や空手等の武道に近い構えを取るようになる。

 

 六日目。

 300m進む。

 300m以降の難易度は★★★★となり普通のスライムと上位種がランダムに出て来るようになった。


 七日目。

 320m進む。

 ★★★★ではスライムのスピードの違うためタイミングを掴むのにかなり苦労した。それでも終盤にコツを掴む。


 八日目。

 400mに到達する。400m以降の難易度は★★★★★となる。前方から普通のスライムと上位種が同時に二匹現れるようになり、最大3匹のスライムに同時に対応することが求められるようになった。

 この難易度になって、手だけでは対処しきれなくなり爪先で穿つ【穿脚せんきゃく】を習得した。


 九日目。

 【穿脚せんきゃく】のお陰で進むペースが劇的に上がったが、難易度★5と★4の差が大きい。緩急の差に加え最大3体同時に出現するため急激に難しくなったよう感じる。410mまで進む。


 十日目。

 405m。初めて到達距離が下がった。

 ★5が難しい。

 この日はどうにもモチベーションが上がらなかった。


 十一日目。

 途中でモンスターを倒したことでレベルが上がり7になった。ステータスが上がったことでスピードが上がり450mに達する。【穿脚せんきゃく】の練度も上がり蹴りを組入れた動きが更によくなった。敵の動きもよく見えるようになったため、後半は★5のコツを掴むことができた。



 十二日目。

 500mに達し難易度は★★★★★★の域に至る。★5では前方からのみであったのが、★6では★5と同じ出現の仕方で360度全方向から出現した。


 十三日目。

 ★6にて最初はかなり苦戦したが【予測】と【察知】というスキル2つのスキルを習得する。

 そのお陰か思いの外進み600mに達する。難易度は★★★★★★★となる。★7では前方からのみ、しかも単独での出現となったが、上位種が途中で分裂するパターンが加わった。また分裂すると軌道も変化した。単独の出現でも今までより速いテンポで連続で殺到してくるのでかなり難しくなっている。


 十四日目。

 ★7の途中分裂に順応し700mを超える。難易度★★★★★★★★に至る。★8では上位種が分裂に加え途中で減速するパターンも加わった。減速する上位種は一度バウンドするので判別しやすかった。これには案外早く慣れることが出来、★★★★★★★★★に至る。この日は800mまで進んだ。★9では★8に加えバウンドする上位種が増えた。バウンドする上位種は減速するか、方向を変えた。また出現間隔も短くなり難易度が上がっている。


 十五日目。

 【予測】と【察知】の精度が上がった気がする。★9の変化にも順応し900mを突破する。難易度★★★★★★★★★★に至る。


 気がつけばこのスライム地獄に身を落とし半月が経過していた。ミラちゃんの修行は本当にとんでもなかった。


 本当にとんでもなかった。

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