第23話 心理的限界


『あゆみ、気づいてないようですがあなたの体力や筋力はここ数日で劇的に向上しています』


 劇的に?

 向上って……何で?


『恐らく「リンク」内でレベルが上がったからでしょう。レベルアップに伴いあゆみの脳内で心理的限界が解放されているようです』


 心理的限界って何?


『心理的限界とは、脳の安全装置のことで無意識に筋力を抑えていることを意味します。例えば平均的な成人男性は片腕で250㎏の物を持ち上げる筋力を有していますが、どれだけ全力で力を振り絞っても片腕で250㎏を持ち上げることはできません。怪我を避けるために脳が出力を抑えているからです。今のあゆみはその限界値が押し上げられている状態です。つまり火事場の馬鹿力を発揮している状態と言えます』


 そうなんだ……。

 道理で……最近体が軽いなぁって思ってたんだよね。


『何か浮かない感情が読み取れますよ』


 うん。ミラちゃんには隠し事出来ないよね。


 私運動は得意じゃなかったから……さっきのスパーリングは思った以上に体が動いて凄く楽しかったんだけど、まさかパンチ一発でレイカさんが蹲っちゃうなんて思ってなくて……。


 何か……申し訳ないことをしちゃったなって思って。


『しかし、それがボクシングという格闘技なのでは?』


 うん、それはそうなんだけどね。

 思ってたよりも自分の力が強かったみたいで……ちゃんと加減が出来たらよかったなって。


『あゆみは人を思いやれる優しい子ですね。そのためには自分の力をしっかり把握する必要があるかと思います』


 そうだね。


『ではこちらをご覧ください』


 すると目の前に、と言うか脳内に?

 ミラちゃんが半透明の表示を出した。


『あゆみ:Lv6 ジョブ:武道家見習いLv1

 体力:20  

 魔力:16

 筋力:18  

 敏捷:18

 頑強:17  

 知能:16

 感覚:16

 FP:6

 JP:3

 スキル:【貫手】【治癒ヒーリング】』


 ミラちゃん、これ何?


『これはステータスと言われるものです。ちなみにレベル1の状態では「体力」~「感覚」の項目の数値は全て10でした。体力で言うと元の2倍。筋力は1.8倍になっていますね』


 筋力1.8倍って元々が弱いから1.8倍になっても大したことないんじゃない?


『いえ、10という値は素の状態の基準値だと思ってください。つまり火事場の馬鹿力を発揮していない通常の状態が10になります。トレーニングで体を鍛えたら同じ10という値でも強さは増していくのです』


 うーん。それでも私の10は大したことないと思うけど。


『そんなことはありません。スキルの【治癒ヒール】は疲れをとるだけではなく体の軽微な損傷も回復してくれます。それには筋肉の損傷も含まれます。つまり運動しながら【治癒ヒーリル】を掛けるとその場で筋肉は超回復を起こし筋力はアップするのです。見学の時や、今日も【治癒ヒール】を掛けながら練習していましたのであゆみが思うよりはるかに筋力はアップしているのです』


 へぇ~。そうだったんだ。【治癒ヒール】すごいじゃん!


『加えて言えば、火事場の馬鹿力を発揮した状態で運動していましたから筋肉の損傷はかなり激しいものとなっていました。恐らく常人の1か月分のトレーニングに相当する効果を得たのではないかと推測します』


 1ヵ月分! そんなに?

 でも1ヵ月トレーニングしたら私も普通の人くらいにはなれるかな?


 ……っていうかよく考えたら私ヤバくない?

 

 あわわわわ。ヤバイよ、よく考えなくても絶対ヤバイよ。

 

 こういうの何て言うんだっけ?

 そうだチート! 私チートやん!


『捉え方は自由ですが決してあゆみはズルをしているわけではありません。「DLモード」によって極めて高度な「神経系トレーニング」を積んでいると言えます』


 何それ? 「神経系トレーニング」って?


『筋力アップのトレーニングには筋肉を鍛える「筋力トレーニング」と神経系を鍛える「神経系トレーニング」があります。かなりざっくり言うと「筋力トレーニング」は筋肉を太くするトレーニングで、「神経系トレーニング」は心理的限界を引き上げるトレーニングだと思ってください』


 ああ、何か段々小難しい話になってきた。

 でもまぁ、何となく分かった。


 ズルして強くなったわけじゃなくて、ちゃんと強くなるトレーニングをしてるとミラちゃんは言いたいわけね。


『その通りです』


 まぁ、随分楽しくゲームでトレーニングさせてもらってますけどね。

 っていうか……ミラちゃん慰めてくれたのかな?

 ありがとね。


『いえ、あゆみのモチベーション管理もわたしの仕事の一つですから』


 でもお陰でスッキリしたよ。

 運動が苦手な私がレイカさんに勝つなんておかしいもんね。


 何が起きてるのかよく分かんなくてちょっと不安だったんだ。


 っていうか、ちゃんとステータスを確認しとけばよかったな。


 ……いやいやいや、ゲームのステータスが現実にも影響するなんて普通思わないよね!

 そう、私は悪くないぞ!


 手加減については今後の課題だけど『感覚』ってステータスもあるから、きっとその辺は良い感じでできると信じよう。


『あゆみなら大丈夫でしょう』


 でもこれだけ身体能力が上がっているならもしかして『拳豪』獲得も夢じゃない?


『可能性は十分あるでしょう。というか取れないと思っていたのですか?』


 うん。運動苦手だったからぶっちゃけ無理だと思ってたよ。ははは。

 入賞して賞金がもらえたらいいかな。くらいの気持ちだった。


 それに『拳豪』になれなくても生活には困んないだろうから別に取れなくてもいいかなって思ってたし。そこまで本気にはしてなかった。


 でも、改めて頑張ってみるよ。

『ええ、頑張ってください』


 それにしてもレベルアップで火事場の馬鹿力に目覚めるとはね……。


『火事場の馬鹿力というのは筋力面の話ですので、正確には「脳のリミッターが解除された」と表現したほうがいいかも知れません』


 フーン。それってどう違うの?


『筋力だけでなく記憶力や情報処理速度、思考速度、演算能力、観察力、器用さ、五感、運動センス。そういったものも向上しています』


 スゴーイ。私スゴーイ。


 あたくし……もしかして出来る子になっちゃった系?

 全然実感ないんですけど。ははは。


『スパーリング中に時間の流れがゆっくりに感じたり、レイカの汗の一粒一粒まで見て取れたのがその一端になります』


 おおっと、実感してたね。


 すごい。本当に凄いよ。

 これなら私はもっと、もっと上を目指せる!


 思わず握りしめた拳に力が入る。


『……こうしてあゆみは「世紀末覇王」の道を歩みだすのであった……』


 いや、全然世紀末じゃないし!

 欠片も歩み始めてないし!


 ミラちゃんいきなり変なナレーション挟まないで!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る