幕間Ⅰ 前日談
第10話 双子の人形
―時は遡り、シーザーの暗殺未遂事件から2日後のこと―
タイタス一世の命により、シーザーが地獄の宙域 ヘルポールトに送られることとなった。
シーザーが亡者であることについては帝室より箝口令が布かれ、シーザーが亡者であることは一握りの者たちだけの秘密となった。
その渦中の人であるシーザーがヘルヘイム送りになる日、見送りに来たのはたった3人。
帝国の宰相を務めるヴィルヘルム・フォン・ハウゼン大公。
そして、シーザーの許嫁でハウゼン大公爵の双子の令嬢、アーラとカーラだ。
双子の年齢はシーザーと同じ12歳。
「シーザー殿下、御母上様のこと、また此度のこと、心よりお悔やみ申し上げます」
胸に手を添えて小さく会釈をする老人、ハウゼン大公。
スキンヘッドの頭部に、焼けただれた右頬が特徴的なこの老人には悪い噂しかない。
ハウゼン大公は帝国の宰相を務める傍ら、古来より伝わる黒魔術や死霊魔術などを研究するオカルト局の長官を務める変わり者であった。
彼は敬愛するオカルトの発展のために、倫理観を無視した数々の人体実験を行い、その犠牲者は数知れず。タイタス一世が皇帝になるときも、邪魔な皇族や政敵をハウゼンの人体実験に掛けて殺したのは有名な話だ。
また、ハウゼンは戦鬼研究の第一人者としても知られており、特に
全ては彼が敬愛する《オカルト》のためであるという噂もある。
「僕をオカルトの実験材料にできなくて残念だったか?」
薄ら笑いを浮かべながらシーザーが問いかける。
皇族を実験材料に出来る機会などそうそうあり得ない。
「ええ、本当に残念でございます」
心底残念、と口にしながら歪に口元を微笑ませるハウゼン。
その瞳には狂気が滾っており、今この瞬間もシーザーを切り刻んで研究材料にしたいという欲求を抑えるのに精いっぱいといった様子だ。
「僕の見送りに来た目的はなに?ヘルヘイムに送る振りをして、やっぱり実験材料にでもするつもり?」
「いえいえ、滅相もありません。これから孤独な旅に出られる殿下にこのハウゼンより心ばかりの贈り物をと思いまして」
贈り物?とシーザーが首を傾げると、ハウゼンの両脇に並ぶ双子が一歩、前に出た。
ハウゼンの双子の娘、アーラとカーラだ。
アーラは青色の瞳の吊り目に、髪はクリーム色のショートカット。
カーラも気怠そうな青色の半目に、同じくクリーム色のショートカット。
二人ともシーザーと同じぐらい肌が異様に白い。
そしてアーラとカーラはゲルマニアの
黒を基調とした、ブーツ、ニーソックス、ホットパンツ、へそ出しのチューブトップ、肩回りを覆う程度までしか長さのないマント、長手袋、といういでたちだ。
「まさか、その二人が贈り物?」
「然り」
とハウゼンが邪悪に微笑みながら頷いた。
「愛娘を2人も追放される身の僕に捧げるなんて、君の忠誠心には驚きを禁じ得ないよ」
シーザーは感動して言っているのではない。
どこか呆れたように、嘲笑したように言ったのだ。
真っ当な人間なら、ハウゼンの行動を見て、正気の沙汰とは思わないだろう。
血を分けた娘を二人も、もはや何の力もない皇子に差し出すというのだ。
だが、その行動に裏があることをシーザーは知っていた。
視線を双子に移すと、二人は特に思うことも無いかのように無表情。
双子は紛れもない美少女であるが、まるで
それでいて二人はいつも無表情。
まるで名工の手によって仕上げられた人形を見ているかのようであり、ハウゼンが人形に魂を宿したと言ったら疑いもせず信じたぐらいだ。
オカルトに傾注する男の娘たち。
だがシーザーは、彼の妻を一度も見た事が無い。
「ご心配なさらないで下さい、殿下。確かに、少々、精巧に
とん、とん、とハウゼンが指先でアーラとカーラのむき出しになっているへその下を小突いた。
「きちんと子供も産めるようにしてあります。もしできるならば……」
ハウゼンはこの世のものとは思えない不気味な笑みを浮かべて言った。
「殿下との子供の一人でも、私に頂ければと思っております」
自分の娘をシーザーに種付けさせ、孕んだ子を実験材料として貰いたい。
この狂人はそう言い放った。
自分の孫にあたる子供を、自分の知的好奇心を満たしたいという目的のためだけに実験材料にしようというのだ。
「ハウゼン、君の知的好奇心の旺盛さにはいつも驚かされるよ」
そして彼の娘であるアーラとカーラにも驚かされる。
二人は先ほどから父親の狂気じみた発現を訊いても眉一つ動かしていない。
「さあ、アーラ、カーラ、殿下と共に行きなさい」
とハウゼンに背中を押されたアーラとカーラ。
双子は父親の言葉に答えることも、頷くこともせず、トラックに乗り込んできた。
そして直ぐに荷台の扉が閉じられ、トラックが走り出す。
「それでは殿下、吉報をお待ちしておりますぞ」
扉越しにハウゼンの声が聞こえ、後はトラックのエンジン音と、タイヤが地を這う音だけが鉄籠の中に響いた。
そしてシーザーは、対面から送られてくる、感情の読み取れない青い目の視線に応えるように口を開いた。
「思い描いていたシナリオとは違うけど、これはこれでいい方向に進んでいる。そう思わないか、アーラ、カーラ?」
と尋ねても双子は無言。
でもそれは想定内。この双子が寡黙であることは知っている。
「まあいい。どのみち、君とは腐れ縁だ。これからもよろしく頼むよ」
「よろしく、シーザー」
「よろしくお願いします、シーザー」
抑揚のない、感情の一切、籠っていない声で応答する双子。
本当に人形と見紛うほどに美しく、人間味の抜け落ちた姉妹だった。
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