第8話 金色の使者


 シーザーらは大襲撃を何とか乗り切ることができた。

 だが、失ったものは大きい。


 装甲車は3割が大破。

歩兵部隊は2割が死亡し、入植者にも1割近い被害が出た。


 途中まで有利に進んでいた戦いも、筋肉の巨人の出現によって植民団の保有する戦力の2割以上が失われたことになる。


「報告は以上です」


 ヒアツィントが今回の戦いにおける損害の報告を終える。

 彼の額には包帯が巻かれており、左腕にも折れた骨を固定するためのギブスが嵌められていた。

 

 シーザーはというと全くの無傷であるが、アーラとカーラは負傷していた。

双子はシーザーに手当を受けている最中であり、額には包帯が巻かれ、傷ついた頬にはガーゼが貼られている。


 双子は衛生兵による手当を拒否し、触れさせてもくれなかった。

それで仕方なく皇族であるシーザーが直々にアーラとカーラの手当をしているのだ。


「序盤の序盤でここまで手痛い損害を被るとはね」


 アーラとカーラの手当をしながら、シーザーが嘆息交じりにぼやく。

 だが、嘆いてばかりもいられない。

 今回の戦いはそもそも想定外の出来事。

 勝利したところで物事は何も前進していない。


(そればかりか、今回の戦いで皆が思い知らされた筈だ。我々は薄氷の上に立っていると)


 優勢に戦鬼との戦いを進められたとしても、いつそれが覆り、全滅に繋がるような事態に陥るかわからない。


 頭では誰もがそう理解していたが、実際に自分達の身に降りかかってくると実感が湧いてきてしまう。そしてそれは恐怖となって人々の心の中に蔓延し、内側からじわじわと浸食していくことになる。


今は兵士も入植者たちもシーザーの勇士を目の当たりにしたことで高い士気を保っているが、その興奮が冷め止んだ後、どうなるか見当もつかない。


「続いての報告ですが……」


「食料か」


 ヒアツィントの僅かに淀んだ表情を見て、シーザーが先に口を開いた。

 飢えた入植者を追加で300人も受け入れたことで植民団の食料事情は今後、急速に悪化する。


「今日、明日に底を尽くということではありませんが、それでも危機的状況なのは変わりません」


 当初、シーザーが率いていたのは入植者300人に兵士300人。

ここに飢民300人が合流したことで植民団の人口は900人にまで増加した。


単純計算で人口が1.5倍増。食料が尽きる日数も当初から1.5倍速。

ただし、処理できる作業量も2倍になったため、全てが悪い話というわけではない。

 飢民で労働者として働けるのは全体の三分の一程度で100人。後は女子供や老人だ。

 もともとシーザーが率いていた入植者たちも300人の内訳は100人が成人男性で残りが女子供。


 つまり、労働者の数だけで言えば2倍に増えたわけだ。

 ただ、増えた人口に対してのコストパフォーマンスは……計算するのを止めた。


「もともとアインスから補給を得られる前提でギルナ山脈での入植を計画していたが、想定が甘かったね」


 アインスに十分な補給を寄越す余裕が無かったのかどうかは怪しいところ。

植民事業を失敗させてでもシーザーを殺したいと考える連中による妨害工作と考えるのが普通だ。


「その線で考えるなら、アインス、というよりもアインスを治める弁務官も奴らの仲間ということになりますね」


 どの勢力に属しているかまではわからないが、少なくとも反シーザー派に組している可能性が高い。


 となると、必然的にアインスから支援は見込めないわけで、別の手を講じる必要があるかもしれない。

 思った以上に難しい舵取りを求められそうだ。


(とはいっても、流石に今日は疲れた)


 今ぐらいは考えるのを止め、休むことにしよう。

そう決めたシーザーだった。



◇ ◇



 シーザーは皇族専用の大きなベッドの真ん中に寝そべって寝息を立てていた。

 流石に血塗れのベッドに寝かせるわけにはいかないと、ヒアツィントが部屋に運び込んでくれたものだ。


 ちなみに、部屋の前に護衛の姿はない。

シーザーが不要だと言って休ませている。

それに違和感を覚える者はいない。

なぜなら、シーザーこそが植民団で最も戦闘力の高い存在であり、彼を殺せるような者が現れたのならば誰もシーザーを守れないだろう。

 

 そんな静かな夜にぐっすりと眠りに就いていた筈のシーザーだったが、ガラスを叩くような音がして目を覚ました。

 

 目を開けると、ガス張りの壁の向こうに一匹の鷲が静かに佇んでいた。


(いや、違う)


 シーザーは直ぐにそれが鷲などではないと気づく。

 このヘルヘイムで地球の動物が生存できるはずがない。

 それに、鷲の羽毛はカラスのように黒く、暗がりの中で鷲の二つの眼は金色の光を放っていた。


 どうすべきかシーザーが悩んでいると、鷲が翼をゆっくりと広げ、バサバサと羽ばたかせながら何処かへと飛んで行ってしまった。


(何だったんだ?)


 と思ったのも束の間。

再び羽ばたく音がしたかと思うと、鷲がガラス壁の前に戻ってきて、壁をくちばしで突いてきた。

暫くその金色の眼を見つめていると、鷲はまたどこかに飛んでいき、そして直ぐに戻ってきて、を繰り返す。


「着いてこいと言っているのか?」


 そんなことを4回ほど繰り返してシーザーはふとそう思った。

 それを肯定するように、鷲が再びガラス壁の前に戻ってくることはなかった。


 

◇ ◇



(どこへ連れていくつもりだ?)


 鷲はシーザーを山脈の上へ上へと誘導した。

 鷲はシーザーと適当な距離を保って地に降り立ち、シーザーが自分の傍までやってくるとまた飛び立って距離を取る。それを永遠と繰り返し、既に1時間以上が経過していた。


 真紅の惑星が空を覆い尽くするヘルヘイムの夜は不気味だ。

 朱色の光が大地に降り注ぎ、まるで血の海を歩いているかのような錯覚に陥る。

 かといって光度が高いわけでもないため光源としては頼りなく、視界も悪い。

目印となるのは鷲の金色の瞳だけだ。


 それからもう暫く着いていくと、足の裏に今まで伝わってきていたごつごつとした山肌の感触が無くなり、急に平になった。


(階段……?)


 山の斜面に突然、階段が現れた。

階段を昇っていくと、そこに現れたのは廃墟と化した建造物だ。

神殿、という二文字が直感的にシーザーの脳裏に浮かんだ。


建物は黒色の金属で出来ているようであったが、表面はなめらかというよりもマットな感じだった。

これが噂に聞く異星人の遺跡というやつなのかもしれないと思った。


そして鷲は廃墟の中へと飛び去って行く。


「やあ、こんばんは」


その時、唐突に声が聞こえた。

鷲が消えた廃墟の中から小さな影が姿を現した。


金色の髪のショートカットに、金色の眼をした子供。

年齢はシーザーと同い年ぐらいであり、肩には今までシーザーを誘導してきたあの黒い鷲が乗っている。


「初めまして、殿下・・


 金色の髪に、金色の瞳、異様に白い肌・・・

顔立ちはまるで美の黄金比であり、造形物・・・を思わせるほど整っていた。

加えて優雅さと気品を感じさせる。

赤い月の光が照らす神殿を背に悪戯っぽく笑うその様は、妖艶で不気味な女神を彷彿とさせた。


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