その気にさせて
瀬田 乃安
その気にさせて
その気にさせて
「ねぇ、ねえ、おねえさん。とっても綺麗だよね。良かったらお茶でも・・・」
イケメンナンパ野郎の浩平が、相変わらず街行く女の子に片っ端から声をかけていく。しかし、大抵の女の子は忙しそうに通り抜けていくのである。それでも、十代の頃は結構上手く行っていた。成功率は十人に一人くらいだったけど。しかし、二十歳を過ぎた頃からどんどん落ちていき、今では百人以上に声をかけて一人ゲットできるかどうかという非常に厳しい状況であった。
声を掛けるのに疲れて、路肩に座って煙草を吸っていると、一人のやぼったい青年が声をかけて来た。
「どうしたの?疲れてるね」顔を上げた浩平に
「そんなやり方じゃ、大人の女は口説けないよ」
と、生意気に言ってくる。見ると、身長は一メートル七十センチもないくらいの中背で、やや小太りのダサい感じの男であった。もちろん、見た目で言えば浩平が圧倒的に良いわけで、二人並んで立つと、十人中十人は浩平を選ぶという位の違いがあった。
「ほう、偉く自信がありそうだね」と浩平が言い返すと
「まあね・・・」
と少し誇らしげに微笑んだ。そして、スマホの写メを見せてくる。そこには画面びっしりとかわいい系とかきれい系の大人女子とのツーショット写真がちりばめられていたのであった。
「マジかい?」
と目を点にして浩平がのぞき込む。そして、思わず
「師匠」と、そのやぼったい青年を呼ぶのであった。
その青年の名は、山田太郎、年齢は二十八歳である。仕事は、中小企業の事務員で、年収も四百万程度しかないどこにでも居そうな普通の青年である。
「師匠。どうすれば自分もそうなれるんでしょうか?」自分とタメと知っても、敬語で話す浩平。すると、師匠は
「別に秘訣なんてないよ」と平然と答える。
「嘘だ~~絶対あるよ。何で隠すの、教えて。あっ、教えてくれたら授業料払うからさ」
と懇願してくる。懇願されても、太郎は困るのである。だって何の秘訣もないからである。
「困ったな~どうしよう。本当に何もないよ」
「だったら、師匠のナンパするところを見せてもらっていい?」と浩平が聞いてきたので
「いいよ」と即答した。
そして、次の日曜日、二人は同じ場所で待ち合わせた。
「それじゃ、師匠。よろしくお願いします」と浩平が言うと
「あんまり期待しないでね」と山田が答えてなナンパが始まる。
しかし、一時間経っても二時間経っても師匠はピクリとも動かない。業を煮やした浩平が師匠の下に近づき
「やる気あるんですか?」と言ってきた。
「もちろん、有るよ」と答える師匠に
「だったら、何で声かけないの?」と聞いてきたので
「一目惚れしないと声かけられないからさ」と答えた。
「マジかい!」と浩平は驚いた。
「師匠は遊びじゃないの?」と聞く。
「もちろんだよ。僕の人生を賭けた挑戦だよ」とサラッと答える。
その時、浩平は自分の薄っぺらさに気づかされる。
『師匠と俺の違いはそこなのか?』と。
『本気で臨むから本気が返ってくるのか』と。
十代では通用したチャラさが二十代では通用しなくなったことに改めて気づかされた。そして、もうナンパは止めようと思った。次からは本気で挑んでいくことを自分に誓っていた。
その気にさせて 瀬田 乃安 @setanoan
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