第28話 ギャルの誘惑

「ふ~なかなか終わらないな」


 目いっぱい海で遊んだ日の夜、俺は温泉で汗を流した後、宿の庭の掃き掃除をしていた。


 ここの掃除は、俺が毎年来るといつもしている事なんだ。折角こんな綺麗な純和風の庭園なんだから、綺麗にしておいて損はないだろう? それに運動にもなるから、一石二鳥というわけだ。


「今頃東郷さんはなにしてるんだろう」


 食事をした後、それぞれの部屋に解散してから東郷さんを見ていない。今頃美桜と喋ってるんだろうか? それとも温泉に行ってるかもしれないな。


 なんにせよ、あんな変な連中に邪魔されてしまったんだから、今くらいは忘れて楽しんでもらいたいものだ。


「あれーおっさん筋肉君じゃん。こんな所でなにしてるわけ?」


 ……会いたくない人って、どうしてこうも無駄に会ってしまうんだろうか。一緒の宿なのはわかってたから、こうなるとは思ってたけどさ。


「……掃除だよ。家の手伝い」

「だから真面目かよ。こんな真面目なのリアルにいるとかウケル~。って、手伝いは海の家じゃねーの?」

「旅館も海の家も親戚だから。とにかく掃除の邪魔だから、あっち行っててくれるか」

「ツンデレかよ! ホントはこんな美人なお姉さんと会えて嬉しいんだろ~? ギャハハ!」


 自意識過剰もここまでいくと清々しいな。俺は美人とは思ってないし、会えて嬉しくもない。頼むから東郷さんとチェンジしてくれ。


「そうだ、さっきはちゃんと聞けなかったけどさ~。おっさん筋肉君は司の彼氏なん?」

「そんなの言う必要ないだろ。掃除の邪魔だ」

「ツンツンすぎてウケる~!」


 金髪の方……なんだっけ、摩耶? が俺を馬鹿にするように笑う。隣の沙耶とかいう銀色の方も同様だ。


 どうしてこういう連中は、何を返しても馬鹿にしながら笑って返してくるんだろうか。俺をいじめていた奴らもそうだった。


 たとえば殴って来るからやめてって言うと、必ず馬鹿にするように笑いながら、やめろって言ってるぜ~! みたいな感じで更に笑ってくる。勇気を出して悪口に反発しても、同様に笑われる。


 本当にこいつらと話してると、昔を思い出して嫌な気持ちになるし、イライラする。


「東郷さんとは、ただの友達だよ」

「ギャハハハハハ!! いやあれを友達にするとかセンスね~わ! おっさん筋肉君は知らないだろうけど、あいつ昔は男みたいで全然可愛げなくてさ~! 親が死んだからって家に転がり込んできた、くっそ迷惑な女なんだよね!」


 東郷さんを馬鹿にする沙耶の言葉に必死に耐えていると、摩耶が俺の前に来て胸板をツンツンしてきた。


 我慢だ、我慢しろ俺。ここで俺が怒っても何も進展しない。変に騒ぎが大きくなるだけだ。


「あれ、なになにその顔ウケル~! もしかして知らなかった系? じゃあついでに教えてあげるけどぉ……司って学校でいじめられて、家でもウチらにいじめられて、メッチャ悲惨な生活を送ってきたんだよね~」

「そうそう! 飯も貧相で寝床も服も汚いのをわざと与えてたわ! 今考えるとアタシらもママも随分と酷い事してたよね~! めっちゃ楽しかったけど! ギャハッ!」


 …………我慢、だ………………。


「そういえば沙耶は覚えてる? 司がなんかぼろくてセンスのない栞を大切にしてたの」

「あーあったあった! 四つ葉のクローバーの栞だっけ! 麻耶が破ったら、ブチ切れて殴りかかってきたやつっしょ! 結局返り討ちにしたけど、あの時の司の泣きっぷりは今思い出しても笑えるわ~! ギャハハハハ!!」


 四つ葉のクローバーの栞……? 俺がヒーローの彼にプレゼントしたものと同じようなものを、東郷さんも持っていたのは知らなかった。


 いや、今はそんな事はどうでもいい。こいつらは人のものを勝手に壊して、怒った東郷さんを馬鹿にするなんて、一体どういう神経をしているんだ?


「ま、そんなわけでさ。司は今では多少は良くなってるかもだけど、昔はそんな惨めな生活をしてたってわけ。どうどう、幻滅した~?」

「………………」


 俺の顔色を楽しむように、摩耶はニヤニヤと笑いながら、今度はほっぺをツンツンしてきた。


「あんな女と仲良くするよりもぉ……アタシ達と楽しく遊ばない?」

「そうそう。司じゃやってくれないようなぁ……あんな事やこんな事もしてア・ゲ・ル♪」


 前からは摩耶が、後ろからは沙耶が同時に俺に抱きついてから、俺を誘惑するような甘い声と吐息を漏らす。


 こいつらのやりたい事は、なんとなくわかる。こうやって俺を誘惑して、東郷さんを悲しませるのが目的だろう。


 つくづく卑劣な連中だ……駄目だ、もう我慢の限界だ!


「っ!!」

「おっと~? 暴れんなし!」

「なになにどこ行く気~? ギャハハハ!」


 あっさりと二人を引き剥がした俺は、溜まりに溜まった怒りを発散させるために、拳を三つほど並べたくらいの大きさの石を殴りつけ、粉々に粉砕した。


「は、はぁ!? なんじゃそりゃ!!」

「キモすぎて笑えねーレベルなんですけど!?」

「ふー……それ以上東郷さんを……俺の大切な人を傷つけるような事を言ったりやったりしてみろ。お前らの頭も粉々にしてやる」


 二人は抱き合って怯えたような表情をしている。元々はこの怒りを発散させるのが目的だったが、このまま怖がらせて東郷さんに近づけなくさせるのもアリかもしれない。


「か、彼氏でもないくせに、なんでそんなに司の肩入れをするわけ!? 訳わかんないんですけど!?」

「大切な人を全力で守る事の何が悪い? それで……どうする? 東郷さんに二度と近づかないで旅行を楽しむか、もうここで人生の幕を下ろすか?」


 言っておくが、本当に頭を砕くなんて事はしない。でも、万が一断ったらこの石と同じ事になるかもしれないと思わせる事で、こいつらの恐怖心を煽るだけだ。


「はっ! や、やれるもんならやってみろし! そんな事をされる前に逃げて、この宿の悪評をSNSに書き込みまくってやるし!」

「お、そっそれ名案じゃん! 親戚の家って言ってたし、クソ真面目筋肉には効果抜群っしょ! ギャハハ!」



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【あとがき】


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