第8話 鈍感筋肉委員長

「あ、あの! 雄太郎くん!」


 昼休み、ハンドグリップを握りながら、今日の昼はどうするかなと呑気に考えていると、何故かとても顔を強張らせた東郷さんに話しかけられた。


 あれ……さっきまで加古さんと話してたはずなのに、急に何の用だ? それに、そんな顔をしてどうしたのだろうか。よっぽど俺に真剣な話でもあるのか?


 あと、どうでもいいかもだけど、加古さんが凄い真剣にこっちを見てるのは何なんだろう?


「あ、あの……その……!」

「うん?」

「そのその……」


 よっぽど言いにくい事なのか……? 多分この流れだと、また方言が漏れてしまいそうな気がする。


 俺としては、方言を使う事は別に良いと思っている。むしろ個性があって可愛いし、好ましいとすら思っているくらいだ。


 ただ、本人が方言を使うのを嫌がってる感じがするし……とりあえず落ち着かせて、方言が出ないようにしてあげよう。話はそれからだ。


「東郷さん、落ち着いて。俺は逃げないから。はい深呼吸」

「え……?」

「はい吸って」

「すうぅぅぅぅぅ…………」

「吐いて」

「はあぁぁぁぁぁ…………」

「吸って!」

「すうぅぅぅぅぅ…………!」

「吐いて!」

「はあぁぁぁぁぁ…………!」


 何度か深呼吸をした事で少し落ち着いたのか、東郷さんの表情が柔らかくなった。これならきっと話しやすいだろう。


「落ち着いた?」

「うん。ありがとう、雄太郎くん」

「どういたしまして。それで、なにかな?」

「えっと……あんね、今日雄太郎くんにお弁当ば作ってきたと。やけん……一緒に食べん?」


 まだ緊張しているのか、博多弁が出ちゃってるけど……今はそれは置いておくとしよう。


 それよりも……東郷さんが俺に弁当を? 約束もしてないのに、どうして急に……あ、なるほど。昨日校内を案内したお礼かな?


「ありがとう、凄く嬉しい。是非いただくよ。あと、まだ出ちゃってるから気を付けて」

「っ……! す~……は~……うん、もう大丈夫。よかった~断られたらどうしようかと思っちゃった!」


 東郷さんはキラキラな笑顔を浮かべながら、小さく飛び跳ねて喜びを表現していた。それほど嬉しかったのだろうか? 見ているこっちも嬉しくなってしまう。


 それにしても、女子の手作り弁当を貰うなんて、初めての経験だ。なんなら学校で昼食を誰かと食べるの自体が初めてだ。ちょっと緊張するけど……それ以上に嬉しいし、楽しみだ。


「やったね東郷さん、お弁当に誘えたじゃん!」

「加古さん! う、うん! なんとか誘えた!」

「今のって……もしかして、東郷さんって筋肉委員長が好きなの!?」

「そういえば今朝も手を繋いでたし、もしかしてもしかするの!?」


 俺達の話を近くで聞いていたのか、加古さんを含むクラスメイトの女子達が、楽しそうにキャッキャしながら東郷さんを囲むと、教室中がざわつき始めた。


「東郷さん、筋肉委員長のどこが好きなの? やっぱりムキムキボディ?」

「いやいや、超真面目なとこじゃない?」

「男はやっぱり顔だよねー!」

「あ、あうぅ……」


 最初は数人だったのに、いつの間にか女子達にどんどんと囲まれていった東郷さんは、顔を赤くしながら俺に視線を向けてきた。


 これは完全に困っている感じだな。ここは男として、東郷さんを助けないと。


「すまないみんな、東郷さんが困っているみたいだから、その辺にしておいてくれないか?」

「きゃっー! 颯爽と助けに入るなんて、やっぱりそういう関係なの!?」


 そういう関係とは、一体何なのだろうか。友達とか? うーん、知り合ったばかりで友達と言っていいのかはわからないが、俺は東郷さんはもう友達と思っている。もし東郷さんも同じように思ってくれてたら、それはとても嬉しいな。


「ねえねえ、筋肉委員長も東郷さんの事が好きなの?」

「そんなの愚問だよ加古さん。もちろん好きだ」

「えっ……雄太郎くん……?」

「そもそも昨日会ったばかりで好き嫌いを判断するのはどうかと思うが、少なくとも今の俺は東郷さんの事を良い人だと思ってるし、話してて楽しいし、普通に好きだよ」

『…………』


 あれ、思っている事を答えたはずなのに、何故か教室の空気が一気に冷めた気がする。それに、皆が俺に対して凄いジト目を向けてくるんだが。


「さすが筋肉委員長……超絶クソ真面目……」

「出会って二日目で弁当とか、普通気づくだろうに……」

「さすが、脳筋は期待を裏切らない……」


 ……? 一体クラスメイト達は何を言っているのだろうか? 俺、何か変な事を言っただろうか?


「なんていうか、さすが筋肉委員長っていうか……くっっっっそ真面目な回答だね」

「えっと……なあ加古さん、みんな何を言ってるんだ?」

「その答えは、東郷さんを見ればわかるよ」


 加古さんに言われるがままに視線を東郷さんに向けると、そこでは彼女もジト目になりながら、ほっぺをプクーっと膨らませていた。


 え、俺……なんか不機嫌にさせるような事を言ったか……?


「はぁ。本当に雄太郎くんって真面目だよね。知ってたけどさ」

「えっと……なんかごめん?」

「いいよ。ちゃんとわかってるから。ほら、お昼休みも有限なんだから、早く行こう」


 そう言いながら荷物を持った東郷さんは、俺の手を取って教室を後にする。その途中、茂木君が大きく舌打ちをしながら、わざとぶつかるように肩を当ててきた。


「クソ筋肉ダルマが、あんまり調子乗るなよ……」

「…………」


 一体何のつもりだろうか。元々彼は俺の事をあまり良く思っていない事は知ってたが、ここまで露骨なのは初めてだ。


 別に俺は茂木君を怒らせるような事はしてないんだが……まあいいか。


 それよりも、なんか教室の中から、「やっぱり東郷さん……きゃー!」なんて黄色い叫び声が聞こえる方が気になる。


「その、東郷さん。ごめんね」

「気にしてないから」

「いや、ほっぺ膨らんだままじゃないか……」

「はらかいとらん!」

「……方言が出る程怒ってるじゃないか……」


 方言にあまり詳しくないから、今のはどういう意味なのか正直わからなかったが、不機嫌そうなのは確かだ。


 出会ってから、基本的に穏やかな表情か笑顔、たまに怖がらせてしまって赤くなった表情は見た事あるが、不機嫌な顔は見た事がない。だから、どうすればいいかわからない。


「どこかお弁当を食べるのに良さそうな場所ってある?」

「そ、それなら中庭かな。ベンチもあるし、テーブルもあるし」

「それなら席も限られてるだろうし、早く行こっ!」


 東郷さんは俺の手を遠慮なく引っ張りながら、中庭へと進んでいく。その歩みは、驚くくらい早かった。


「絶対に雄太郎くんから、うちん事が好きって言わしぇるくらい、惚れしゃしぇてやる……」


 何か小声でぶつぶつ言っているけど、周りの生徒達の声にかき消されてイマイチ聞き取れない。きっと俺への恨み言とか文句の類だろうから、あまり聞きたいとは思わないが……。


「東郷さん、何か言った?」

「何も言ってないよ!」


 ……はぁ、困ったな……なんとか挽回できるタイミングがあればいいんだが。だって、東郷さんには、不機嫌そうな顔よりも、楽しそうに笑ってる顔の方が似合ってるからな。



 ****



「うわぁ……お昼休みの中庭って人が多いね」

「人気スポットだからね。今日は夏の割に比較的涼しいから、尚更多いのかも。テーブルは……全部埋まってるか。あそこのベンチが開いてるな」

「本当だ。日陰だし涼しそうだね。あそこにしよっ」


 東郷さんと一緒にベンチに座ると、彼女は持ってきた荷物の中身を漁り始める。


 一体どんな弁当を作ってくれたんだろうか……どんなものが出てきても、全部食べ切ってやるぞ。


「あ、あれ……」

「どうかした?」

「水筒を家に忘れちゃった。ごめん雄太郎くん、ちょっと飲み物買ってくるから待ってて」

「それなら俺が行ってくるよ」

「え、でも……」

「弁当を作ってくれたお礼と、さっきはごめんって事で、俺に行かせてよ」

「……もう、ほんとに真面目なんだから。それじゃ、オレンジジュースをお願い。無かったらお茶で大丈夫」

「わかった」


 オレンジジュースか……基本飲まないから、うちの自販機に売ってたかわからない。無かったら学食に来てる購買を覗いてみるか。


「えーっと……オレンジジュース……あったあった」


 よし、無事に自販機でオレンジジュースと緑茶を買えたし、早く戻らないと。あんまり待たせるのも申し訳ないしな。


「……あれ、誰かいる」


 中庭に戻ってくると、東郷さんを囲うように、クラスメイトの茂木君と、その取り巻きの男達が立っていた。


 あいつら……! もしかしてあの後ついてきて、また東郷さんにちょっかいを出そうとしてるのか!?



――――――――――――――――――――

【あとがき】


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