第6話 東郷さんと穏やかな朝食
「おにぃ、これ運んで~」
「わかった」
翌日の朝、俺は母さんと美桜が用意してくれた朝食をテーブルに運んでいると、唐突に家の中にインターホンの音が鳴り響いた。
「こんな朝から一体誰だ?」
「お母さんが出るわ。美桜、お鍋見ておいてね」
「おっけ~」
パタパタとスリッパの音をたてながら、母さんが玄関に行くと、一分もしないうちに、ニヤニヤしながら戻ってきた。
なんだろう、嫌な予感がするんだが。
「筋肉馬鹿と思ってたのに、あんたも隅に置けないわね~! 出張中のお父さんが知ったら、どんな顔をするかしら?」
「え、何の話?」
「いいから早く行ってあげなさい!」
母さんに背中を押されながら部屋を追い出されてしまった俺は、なんの事かわからないまま玄関を開けると、そこには予想外の人物が立っていた。
「と、東郷さん?」
「お、おはよう雄太郎くん! えっとね、一緒に学校に行きとうて!」
来訪者はまさかの東郷さんだった。彼女はもう完璧に身支度が終わっている一方で、俺はまだスウェット……さすがにちょっと恥ずかしい。
「おはよう。ごめん、見ての通りまだ何も用意もできてなくて……」
「あ、そうなんや……うちこそごめん、一緒に行きとうて……迷惑やったよね」
迷惑だなんて思っていない。いつも登校するのは一人だったから、誰かと一緒に行けるのは嬉しい。
「迷惑じゃないから大丈夫。それと、また出ちゃってるよ」
「あっ! すー……はー……うん、大丈夫!」
「うん。外は暑いし、中で待っててよ」
「え、いいの?」
「うん。どうぞ」
「それじゃ……おじゃましますっ」
俺は東郷さんを家に上げてリビングに通すと、すぐさま美桜が表情を明るくしながら駆け寄ってきた。
「え、司先輩!? おはようございます! 急にどうしたんですか?」
「おはよう美桜ちゃん。雄太郎くんと一緒に登校したくて、迎えに来たの」
「わざわざ迎えに!? なんかうちの馬鹿おにぃがごめんなさい……」
おいちょっと待て、何か俺が悪者みたいな扱いをされるのは少し心外だぞ。
「ううん、私が勝手にした事だから。むしろ朝早くからごめんなさい」
「いいのよ~こんな筋肉と仲良くしてくれてありがとね~。この子、いっつも筋トレばかりで変な子でしょう? こんなんだけど、これからも末永く仲良くしてあげると嬉しいわ」
「す、末永くって……! えへへ……」
実の母親が筋トレばかりの変な子扱いはどうなのだろうか? 事実だから何も言い返せないけどな。
「えーっと、司ちゃんでいいのよね?」
「あ、申し遅れました。東郷 司と申します。先日こちらに引っ越してきました。雄太郎くんにはとてもお世話になっております」
「あらあら、お行儀が良い子ね~。雄太郎と美桜の母です。それで司ちゃん、あなた朝ごはんは食べた?」
「朝ごはん? えっと、パンを少しだけ……」
「まあ、育ち盛りでそれじゃ駄目よ! 折角だから、食べていきなさい!」
……突然何を言い出すんだこの母親は。そしてなんだそのドヤ顔は。急にそんな事を言われたら、東郷さんが困ってしまうだろう。
「一緒にごはん……家族一緒に……!? それって家族ぐるみのお付き合いじゃ……!」
「おーい東郷さーん、帰ってこーい」
「はっ……!? し、失礼しました!」
「司先輩……可愛すぎますっ!」
「わわっ、美桜ちゃん! 急に抱きつかれたらビックリしちゃうよ!」
美桜は恍惚とした表情を浮かべながら東郷さんに抱きつくと、そのモチモチなほっぺで頬ずりをする。微笑ましい光景だが、あんまり東郷さんを困らせるなよ?
「それじゃ司ちゃんは座って待っててね。雄太郎は今のうちに着替えてきなさい」
「ああ、そうするよ」
俺は一度自室に戻ると、いつもの倍ぐらいのスピードで制服に着替えてリビングに戻ると、すでに朝食の準備が整えられていた。ついでに母さんと美桜にニヤニヤした、なんとも嫌な感じの笑みで見られた。
ちなみに今日の献立は、シャケの塩焼きに納豆に豆腐に味噌汁に卵焼き――朝食の定番メニューのオンパレードだ。母さんの鮭がないところを見るに、東郷さんのシャケが元々母さんの分だったんだろうな。
「おにぃ、おそーい!」
「これでもかなり急いで来たんだけどな」
「無駄に筋肉が多いから動きが遅いのよ。こんな可愛い彼女を待たせるなんて、母さん情けないわ」
「かわっ……彼女……!?」
「母さん、そんな事を言ったら東郷さんに失礼だよ」
「……さすが真面目な父さんの子だわ……迎えに来てもらった時点で、普通気づくでしょうに……母さんも苦労したのよねぇ……まあいいわ。それじゃ全員揃ったし、いただきましょうか。せーのっ」
「「「「いただきますっ」」」」
俺達は息をピッタリ合わせていただきますをしてから、手始めに味噌汁をすする。うん、今日も母さんの味噌汁は絶品だ。
「凄くおいしい……」
「それなら良かったわ」
「司先輩、この卵焼きは美桜が作ったんです!」
「美桜ちゃんが? こんなに綺麗に焼けるなんて凄いね。もぐもぐ……甘くてフワフワでおいしい……!」
「やったー! 今度教えますから、これでおにぃの胃袋を掴んでください!」
「美桜、あんまり変な事を言って東郷さんを困らせるな」
胃袋を掴むなんて、好きな人にやるような行為だ。そんな事を東郷さんに言うなんて、失礼に当たるだろ。
「私、あんまり料理ってした事ないから、こんな美味しいごはんを作れるなんて尊敬しちゃうな」
「だってよおにぃ! これを機におにぃも料理をしてみようよ!」
「したいのは山々なんだがなぁ……」
「雄太郎くん、何かできない理由でもあるの?」
「それがね、前にやらせたら、不器用なうえに馬鹿力だからか、具材をぐちゃぐちゃにするわ調理器具を壊すわで大変だったのよ~」
「あれは地獄だったな……」
高校に上がりたての頃、そろそろ料理の一つくらいは出来ないと駄目だと思い立った俺は、母さんに料理を教わった事があるんだが……結果は母さんの言う通り。申し訳なさで三日ほど引きずった経験がある。
「特に卵とか天敵レベルでさ。俺としては軽く握ってるつもりなのに、何度やっても割れるんだよ」
「そんな事もあったね~。その日は美桜が特大の卵焼きを焼いて、家族みんなで卵焼きパーティーをしたよね!」
「ふふっ、それはそれで楽しそうだね」
俺としてはあまり知られたくない黒歴史なんだけど、東郷さんが楽しそうに笑ってくれたし、まあいいか。
「あ~……本当においしい。私、最近初めて一人暮らしを始めたんです。だから、こんな温かい家庭料理は当分食べられないかなって思ってたので、凄く嬉しいです」
「わざわざこんな田舎に来て一人暮らし? 何か理由でもあるのかしら」
「と、特には……えへへ」
……? なんだろう、聞かれたくない話題なのか、はぐらかしてる気がする。心なしか顔も赤い気もするが……まだ俺が寝ぼけているのか?
そんな事を思いながら、俺達は楽しく喋りながら朝食を食べきった。
――東郷さんがいるだけで、朝の少し憂鬱な時間も楽しく過ごせたな。東郷さんは不思議な人だ。
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【あとがき】
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