アラフォー帝国騎士団長は年の差MAX令嬢を開幕フルスロットルで愛しすぎている
とびらの@アニメ化決定!
第1話 いきなりの婚約破棄
「レティシア嬢、この婚約は破談とさせてもらう!」
そう告げられて、レティシアは「……はぁ」と生返事を返した。
帝国騎士団の砦、その客間。
低い声で言い放ったのは騎士団長、フランツ・フォン・アーデルハイドである。
大きな男だった。隣に佇む副団長よりも頭一つぶん長身、優美な騎士服の上から、みっちりと分厚い筋肉が詰まっているのが見て取れる。
野性的に伸びた黒髪、肉厚な手指。熊と獅子を掛け合わせたようなシルエットをしていた。
眉間にくっきり深い皺があり、端的に言えば、厳(いか)つい。
(……たしか、三十七歳、だったかしら?)
レティシアはぼんやりとそんなことを考えた。
二十歳のレティシアとは親子ほど年の差があるが、彼は婚約者――いや婚約者
さらに正確に言えば、他人から突然婚約者となりそして他人に戻った、赤の他人である。なにせ求婚の文が届いたのが三日前、帝都に辿り着いたのが今朝で、騎士団の砦を訪ねたのがついさきほど。
副団長に導かれ、客間で待つこと半刻――やってきたフランツに、「初めまして」と挨拶をした返答が、「破談」の一言であった。
(なにがなんだかわからない……けど……)
レティシアは小さく息を吐いた。
ほっそりとした指を膝元で揃え、楚々と、頭を下げる。
「そうでございますか。……かしこまりました。では、この縁談は無かったことに」
「お嬢様っ、いいのですか!?」
侍女のニーナが叫ぶ。レティシアは微笑んだ。
「仕方がないでしょう? もとよりわたくしの身に余る殿方よ」
「でもっお嬢様だって子爵令嬢……!」
「やめてちょうだい、恥ずかしい。ベルヘルム家は没落したの。わたくしはもう、どこにでもいる小娘です」
「ううっ。ニーナは一生お嬢様に着いていきますよぉお」
ニーナに礼を言い、レティシアは立ち上がった。改めて、元婚約者にお辞儀をする。
「お茶をごちそうさまでした。それでは、わたくしはこれで失礼致します」
――と。背を向けた瞬間、つんのめる。
後ろから肩を掴まれたのだ。固い男の手で、痛いほどに力強く。
ぎょっとして振り向くと分厚い胸板が、もといフランツがいた。眉間の皺をますます深くして、じぃっとレティシアを見下ろしている。
「……フランツ様?」
「――くあっ! 無理っ!!」
「!?」
フランツは弾かれたように部屋の隅へと駆けた。先ほどレティシアを引き止めた右手をわななかせ、
「……細い。あんなに薄いのに柔らかい、女の子の肩は骨まで柔らかいのか……!?」
「あの。フランツ様?」
――コホン。という咳払いは、フランツのそばに仕える副騎士団長がおこなった。
「団長、ダダ漏れしてますよ」
それでハッと覚醒し、フランツは再び凜々しく胸を張る。
「失礼。なんでもない」
「は、はあ。それで何か、まだわたくしに御用事が?」
「いや……あまりにあっさりと承諾したので、すこし、驚いた」
確かに、少しはゴネてみせねば失礼だったかもしれない。だが本当に、レティシアは驚きはしなかったのだ。穏やかに微笑んだまま、理由を伝える。
「御縁があったことのほうが不思議でした。ご存じの通り、我がベルヘルム子爵家は両親の事故を機に多額の借金が発覚……叔父が肩代わりしてくれなければ、おとりつぶしを余儀なくされていたでしょう。本当にフランツ様とは釣り合わない身分ですもの」
謙遜でもなく、そのままその通りであった。
ここ帝国では、騎士は上級貴族にあたる。戦勝をあげた英雄が皇帝となる国で、騎士団長のフランツは次期皇帝候補といわれていた。
同時にフランツは美丈夫だった。決して若くはないが、鍛え上げられた雄々しく見目麗しい。黒々とした眉の下にあるまなざしは、澄んだ海の色をしていた。老若男女――特に老と男とを魅了する色気がある。
騎士団長のフランツ様はとても素敵な方なのに、なぜあのお歳まで独身なのか――きっと選り好みしておられるのだ――ならばいつかとびきりの美女を妻に迎えるだろう。
地方領主のベルヘルム家にも、そんな噂が届いていた。
「フランツ様なら、いくらでも良い縁談がおありでしょうし……」
「君より素敵な女性なんてこの世に存在しない」
「えっ?」
何か妙なことを言われた気がして顔を上げたが、フランツは顔ごと目を逸らしていた。
(空耳かしら?)
(そうよね、わたくしがフランツ様の妻になどなれるはずがない。わたくしには、あの男くらいがお似合いだった……)
三日前、フランツから求婚の文が届くその直前まで、レティシアは他所(よそ)に男の婚約者だった。
叔父が持ってきた縁談で、これもまた突然の話だった。相手はどんな男性ですかと尋ねると、「ふたつ隣の異国人で、商家をみっつも持っている大金持ちだ」と返ってきた。年齢はフランツよりも二十ほど年上で、すでに妻が六人いるらしい。なぜわたくしを見初めてくれたのかとも聞いた。「そろそろ新しいのが欲しいから、だそうだ」と返ってきた。
嫌悪感で肌が粟立つ感触を、レティシアはまだ記憶している。
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