ピンクショベル
「兄ちゃん、彼女はいるかい?」
あまりにも不躾な質問だ。しかも商店街の福引きなんてのどかな場所で唐突に出てくるような話題でもない。
「いませんけど」
せめて不快感が少しでも伝わるように願いながら、眉間にしわを寄せて睨みながら答える。人より二回りも大きい体格から、黙っておとなしくしていても怖いと言われる自分がこうして威圧すれば、多少なりとも伝わるものはあるはずだ。
「じゃあ、友達はいるかい?」
しかし、福引き係のおじさんの失礼は止まらなかった。
返事をせずにガラガラを回すと、金の玉がぽろっと落ちてきた。非礼ごまかすように、玉は綺麗にピカピカと輝いている。
特賞は二泊三日の旅行券だった。なぜかペアではなく一人分で、旅行先も聞いたことのない離島に限定されている。
「ありがとうな、頼むね」と失礼なおじさんは僕の肩を掴んだ。
券を使わず捨ててしまう選択も頭をよぎったけれど、大学は夏休みだったし、特に予定があるわけでもなかったし、せっかくの特賞をふいにするのももったいなく感じて、指定のフェリーで島へ向かった。
高級ホテルがあるわけではないので、泊るのも民宿だったけれど、そこの娘さんか、息子でもいいので、仲良くなって一緒に海にでも行けないものかと期待しながら港へと降り立った。
待っていたのは福引きのおじさんによく似た男性だった。親戚だろうか。
「あんちゃんか、待ってたよ、ほれ」
レンタカーを手配してあって、滞在中は自由に使えると聞いていたのだけど、渡されたキーは、ピンク色のショベルカーのものだった。
「オシャレだろ」
おじさんは自慢げに言う。オシャレだとしても、今それを求めていない。
「免許、ありませんけど」
「大丈夫、私有地だから」
簡単にレクチャーを受けて、ある程度運転できるようになった。「筋がいい」と褒められると少し嬉しくなってしまう。「じゃあ、宿はここだから」と地図を手渡された。
宿は山を越えて島の反対にあるらしい。道を進み続けて山頂付近に辿り着いたとき、倒木で道がふさがっていた。立ち往生して困っているとケータイが鳴った。あのおじさんからだ。
「その木な、どかしてくれてかまわないから」
不審に思いつつも、電話越しに指示されたとおり重機を操作して、巨大な木を道からどかす。作業も終わるころ窓の外から、ぐしゃり、と嫌な音がした。
「あ」
音のした方を見ると、祠が木の下敷きになって壊れている。どうしましょう、とおじさんに相談しようとすると、なぜか電話からは感謝の言葉が繰り返し聞こえてきた。
「ありがとうなあ。ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう……」
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