純粋橋




「行きたいところがある」

 先輩に頼まれて、車を出すことになった。親父から譲り受けたオンボロのクーパーは予想外に大活躍している。周囲に車を持っている知り合いなんていないから、何かあれば僕に声がかかった。

 サングラスをかけて先輩は、すっと通った鼻筋もあいまってバカンス中の海外セレブみたいな佇まいだ。助手席の背もたれを目一杯後ろに倒して、ミニのタイトスカートから脚を伸ばしてダッシュボードに置いている。

「そんな格好してたら、パンツ見えますよ」

「見せつけてやればいいさ」

 対向車が事故を起こしかねないのでやめてほしい。

 指示通りに走ってたどり着いたのは、ずいぶんな山奥だった。

「ここからは徒歩だ」

「どこ行くんですか?」

 山に登るなら、それなりの格好をしてくるのであらかじめ言ってほしい。そもそも先輩自身、シャツにスカートというカジュアルな格好で山登りに適しているとは思えない格好だ。

「大丈夫。二十分も歩けば着く」

「二十分も歩くんですか」

 二時間近く運転していた自分と、ただ座っていた先輩では体力の消耗度合いも違う。文句を言いつつ先輩について行くと、深い谷に着いた。

「見ろ。これだ。純粋橋」

「純粋?」

 木製というか草製とでも言うしかない、変わった橋だった。谷の端に生えている植物を編んで作られていて、見る限り人工物は一切使われていない。

「両側から蔓を伸ばして絡ませて、この形にするのに、最低でも三十年かかる」

「三十年……」

 僕らの人生よりもずっと長い時間だ。本当に渡っても大丈夫なのか不安だったが、先輩が先に進んでしまうので、おそるおそる後をついて行く。

「それで、何が純粋なんですか」

 揺れる橋を渡りながら、気になったことを尋ねる。

「この先には、何もない。つまり、こんなところに橋をかける意味もない。この橋は、純粋に橋を作りたいという欲求を満たすためだけにつくられたんだ」

「……純粋」

 橋を架けた誰かに想いを馳せる。どんな人なら、成し遂げられるのだろう。

「こんなところには、よっぽどの物好きじゃないと来ない。……だから、ここで何か事故が起こっても、誰にも気付かれないってこと!」

 先輩が急に振り返って、僕を突き落とすふりをした。

 この人は、いつもこういう冗談を言って僕をからかう。きっと反撃なんてされないと安心しているのだろう。今だってすごく楽しそうだ。

 急に驚かされたので、手のひらが汗ばんで滑りそうになる。僕は、背中に隠したサバイバルナイフを落とさないように握り直した。これを使うのは今日じゃない。でもいつかに備えてお守り代わりに持ち続けている。

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