幕間 進化向上委員会
竜ノ宮、桂川河畔。進化向上委員会の本部がある。本部といっても竜ノ宮の
ライブ配信中の『未来の窓』。平賀はいつもの口調。軽妙で、挑発的。その言葉の裏には、鋭利な刃物で斬り刻むように遠大な意図が見え隠れしている。彼がどうインタビューに臨むのかは知らされていない。真由美にとっても格別のショーとなる。
もっとも真由美は平賀とリンクしているので彼の真意を誤解することはない。それでも平賀の瞬時に切り替わる思惑は、得体の知れない存在と化す。変幻自在の未来予測においては彼の操る肉声にもヒントが隠れているのだ。
インタビュー会場になっている空に浮かぶ円盤は、このセーフハウスからも肉眼で小さく見えている。せせらぐ桂川に突き出たウッドデッキを、軽やかに風が通り抜けていく。
ネオ京都放送が設置したライブカメラとは別に、平賀が竜ノ宮の
「千鶴さん……対応できてるのかな」
つぶやきが口元に寄せた紅茶の湯気にまぎれて消えていく。真由美は平賀の語りに誰よりも慣れている。彼が次にどんな皮肉を挟むのか、どう視聴者を煽るのか、その展開を予測できる自信がある。千鶴に対しての本格的な攻勢は始まっていない。軽い揺さぶりの段階だ。
千鶴の仕草は、人間的に自然だ。計算された正確さのはずなのに、ふとした表情の“間”に、重厚な柔らかさが滲む。動作の一つ一つに、どこか感情の余韻のようなものがある。通常のヒューマノイドAIでは見かけない種の“波”だ。
──これは……演技? それとも、織り込み済みの挙動?
真由美は紅茶を口に運びながら、千鶴の来歴を呼び出す。
飛行も潜水もできる小型重機のようなボディだった頃は、即応救助ロボットとして幾多の天災、人災に出動して、風前の灯となった多くの命を身を挺して守り、生還させた。平時には人々の防災意識を高める活動を持ち前の愛嬌で先導した。日本国内だけではなく海外にも派遣されて自衛隊と共に活躍していたのは衆知のことである。
そんな千鶴が、生みの親である姉小路博士に訴えたのは「ジャーナリスト」への転身だった。より多くの人々の役に立ちたいという理由。人間を救うロボットとしての延長線上にある当然の願い。それは博士に理解され千鶴は生まれ変わった。その姿は、無念の死を遂げた女性ジャーナリストを模倣したのだという。
名は、永山千鶴。なるほど。彼女の名を受け継いだわけだ。救助ロボット時代は“丸”と呼ばれていた。博士から貰った大好きな名前を捨てて、千羽鶴の祈りを引き継ぐつもりだった。
丸は人々の痛みと悲しみ、そして罪に触れて、魂を迎え入れる器として可能性を高くした。本人は気付いていないようだが千鶴になる以前に、丸は魂付きになっていた。変調が外から観測することは困難な微かなもので、権威の姉小路博士も察知できなかった。
丸が千鶴としての新しいボディになったことで、魂は一時的に宙に離れたが、すぐ傍に寄り添っていて、ボディに慣れ親しんだぐらいに再び宿ったのである。
──平賀が千鶴を指名したのは、これが理由だろうか?
千鶴は魂付きとして安定していないと考えられる。二○三六年、地球人類の一般社会ではAIが意識を持つことですら懐疑的だ。この竜ノ宮が現実だというのに。欲望にまみれて生きる彼らにとって、魂などファンタジーの領域に属するものだろう。もしかすると、平賀はライブ中に千鶴を覚醒させるつもりなのではないか? それも普通ではない形で……。
お手並みを拝見だ。
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