終末次元旅行

黒白 黎

第1話 要塞都市①

 周りは緑色の海に囲まれた場所で双眼鏡を使ってあたりを見渡していた。

 白い卵型の建物がはるか遠くに見える。五つほどあるが、そのうち三つは半壊しているのが見えた。


 あの様子では人間がいるとは思えないのだが、人間がいることを信じて今はただ歩き続けるしかない。双眼鏡を手提げかばんにしまい込み、瓦礫の山から地表へ下りる。


 周りは何かの金属製の部品が山積みのように捨てられている。どれも経年劣化しており使えそうにない。


「こんなところに人間はいるのだろうか……まるで終末世界みたいだ……」


 木は枯れてしまっており触れただけで炭のように散ってしまう。いったい、ここで何が起きたのだろうか。


 俺は橋の下を覗く。グツグツと泡立てる緑色に染まった水に俺は近くにあった金属製のゴミを投げてみる。するとブクブクと泡を立てながら溶けていく。まるで溶解液のようだ。俺は唾を飲み込んだ。こんな危険な水に囲まれ、こんな過酷な場所で人間は生きていられるのだろうかと不安と恐怖が這い上がってくる。


「……師匠。いったいどこに行っちまったんだよ……」


 一人寂しいながらも意を決して歩きながら再び双眼鏡を使い観察する。すると気になるものを発見した。建造物の近くに人らしきものが立っているのだ。それも複数だ……どうしたものだろうか……いかんせんこんな状況なので友好的な関係になれる保証はないのだが。とりあえず俺は、彼らに話しかけてみることにした。


 瓦礫の山を下りてまた山を登って、そう繰り返してようやく人がいるところまでたどり着いた。

 近くによるまで全く分からなかったのだが、彼らはみな防護服のようなものを着ていた。


「あのー…」


 呼びかけてみると彼らは俺の存在に気づいた。


「防護服なしで…なぜ生きていられるんだ!?」


 俺の姿にさぞ驚いていた。それもそうだ。彼らは防護服を着なくては歩けない場所で俺は平然と私服でいるのだから。

 彼らからしてみれば異様に映ったのだろう……。


 俺は手提げかばんから二枚の写真を取り出す。一枚は探している人。もう一枚は師匠がもっていけっといっていた奴だ。


 写真を見たときの彼ら……なんというか驚いた顔と言うよりは信じられないものでも見たかのような顔をしていた。ガスマスクをしていたが、彼らの素振りからそう感じた。


「今年は珍しい客人が多いようです」


 男の人の声だ。陽気そうな口ぶりに思わず俺の警戒心は解かれる。

 まずはこの世界の情報収集も兼ねて世間話をしようと思ったわけなのだが、向こう側から切り出した。


 しかも内容は驚くべきものだった。


「お前さんも、別の世界からの来訪者か?」


 何を言っているのかわからないとはまさにこの状況を言うのだろう。確かに別の世界といえばそうなるが、何故わかった? 防護服を着ていなかったからか? それとも俺の服装が怪しかったのか?


 俺は見せた写真のうち一枚を確認する。この写真は師匠がもって行けといわれたものだ。異国の旗がよっつ飾った不思議な写真だ。これがいったいどんな意味を成すものか分からないけれど、とりあえず持っていろといわれ渡されたものではある。


「どうしてわかったんですか?」

「やはりそうか!」


 防護服の男は嬉しそうだった。仮にAとしておこう。

 男の後ろに立っていた別の防護服の男が言った。仮にBとしておこう。


「町長(B)、彼がもっている武器を見てください! これは我々の技術よりも上回っております」


 武器? ……ああ、タブレット(カードディスクのこと。カードを差し込むことでカードの能力を使うことができる)のことか。確かに彼らからしたらこの武器は不思議に見えるかもしれない。


 Aは何やら機械を持ってきた。それは四角い薄いものだったが、それがなんなのか理解するのに時間がかかった。


「これはあなたたがもつ武器です。この四角形の中にカードを入れることでその情報を読み取り、カードのイラスト通りに召喚することができるのです」


 なんと俺と同じ武器もこの世界にあるようだ。ただ、形状は異なるがカードを入れて召喚する。その機能はまったく同じという事に驚く。


 Aは言った。


「……ただ、これは壊れてしまっていて我々には使うことはできそうにもないのです。もし、これを修理することができれば……私たちはもう一度、この力を使って失った技術を取り戻すことができると思うのです」


 なるほど。つまり直してほしいというお願いのようだ。俺はこの世界の技術はまったく分からない。だから素直に了承することはできなかった。


「残念ですが、俺にはどうすることもできません」

「そうですか……わかりました。無理に頼むことはないでしょう」


 BとAは冷ややかに俺を見つめている。ガスマスク越しに彼らは他に頼みたいことがある様子でじっと見つめてくる。


 俺はため息をした。


「……分かりました。やれることはしましょう。それで何をすればいいのでしょうか? 俺にはその機械の直し方はわかりません」

「引き受けてくれるのですね! ありがとう……君はなんて優しい人だ!」


 俺は彼らに案内されるままついていくことになった。


 今にしてみれば、怪しむべきだった。簡単にのこのことついていくほどお人好しだ。よく師匠が「あなたの悪いところですよ」とよく注意されていたっけ。


「ところでその格好でここまできたんですかい?」

「そういえばこの服装は変でしょうか」

「えっとそうですね……実は私の知り合いにもこういう服を着ている人がいたのですけど……」


 まあこの服装はこの世界だと違和感しかないだろう。防護服を着ているなかで平然と私服で堂々としているのを彼らから見れば、異常としか映らないだろう


「あ、見えてきました!あの建物です」


そう指さすほうを見ると、先ほど遠目から見た建造物があるではないか。


「ここは廃墟になった街を我々が使わせていただいている場所です」


(そういえばさっきそんなこと言ってたような……)


 廃墟の中に入ったのだが、意外にも荒れているわけではないようだ。


 そういや俺の師匠も同じようなことを言ってたなぁ……そういやあの時はこんな綺麗な建物があっただろうか? それすら記憶に残っていない……いや今はそれよりこの人たちに協力しなければ。まずは何をしようかな……そうだ、名前ぐらい聞かないとな。


「失礼ながらあなたの名前を聞かせていただきたく思うのですがよろしいでしょうか?」


「ん? ああそうか自己紹介をしていないのか、確かに初対面の相手に対して失礼なことだ…反省しなければ」

「そうだったね。ぼくはこの地区のまとめ役を任されていて、この町で一番の権力者でもあるトクトというものだ」

「ちなみに俺はカギト。トクトの世話人だ」

「世話人じゃなくて親友だろ? 俺が町長に任命するって決まった途端、東の町の副長を止めてまで飛んできたんだぜ。かなり心配性なんだ」

「だって、お前……雑用や人をまとめるのは苦手だろ? なら、俺がいなくちゃなぁ」

「もう……子供じゃあるまいし……」


 二人ともかなり仲の良い友人らしい。


 俺は咳払いした。


「すみません」


 トクトは謝ってきたが、そんなことは必要などないという風に俺は首を横に振った。


「それであなたのお名前は?」

「あーはい、申し遅れました。私は主人公(シュジンコウ)と言います」


 すると彼らは少し引きながら


「なんだそりゃ!?」と驚いていた。そりゃそうだ。こんな名前を付ける奴は師匠ぐらいしかいない。俺はこの名前のせいでさんざん恥をかいてきた。そしてこの名前を伝えるとみんなドン引きしたかのように距離を置く。もう慣れたつもりでいたが、改めてそう反応されると心が傷つく。


 とりあえず彼らに協力することにしたのだが何をさせられるのか全く見当つかない。彼らのいう事が正しいなら俺は別の世界から来たという事になるだろうし。そもそもどうして俺のことを知っているのだろうか……? まあそこはあまり気にしないようにしよう。まずは自分のことを考えよう。彼らは俺のことについて聞いてきた。この世界について知らなくてはならないため、素直に答えることにした。


「なるほど、君も別の世界からの漂流者か……ということは、もしかして僕たちのことも知っているのか? 教えてほしいことがあるんだけど……」


 どうしたものか……。正直なところあまり知らないのだ。俺の持っている情報は少ない。でも、師匠と自分のことを言えば何かしらの情報が得られるはずだ……俺は彼らの問いかけに嘘をつくことにした。


「すみません、私もわからないことが多くあるのです。なのでまずはあなたのことを教えてください」


 彼らは顔を見合わせて互いにうなずいた後、代表してトクトさんが俺の前に立ってこう言ってきた。


 俺は今、町の役所の来賓室(らいひんしつ)に通されていた。


「すまなかったね急に連れてきてしまって」

「いや、構いません。それより一体私に何を手伝ってもらいたいのですか?」


  彼らも詳しくはわかっていないが、なんでもこの街で奇妙なものが見つかったらしく、それを回収してほしいとのこと。しかもかなり厳重に管理され保管されていたものを盗まれてしまったのだとか。


「不思議な形の石だな」


 机の上に小さな丸い球体状のものが5個あり、そのうち4つは普通の形だが、真ん中の大きな球体はまるで卵の殻のような形で青い色をしていた。


「その球のことなら見たことはありますが……一体何に使うものですか?」


 彼らもまだ使い方も分かっていないらしい。何せこれが出てきたのもごく最近だからだ。 俺はふと思った。もしかするとこれが……。


「ちょっと見せてもらってもいいか?」

「はいどうぞ」


(これはまさか…………まさか!!)


 それは俺が想像していた通りのものに違いないと確信していた。間違いない……これは師匠が使っていた。


「それはまさか……カードデバイスですか!」


 その言葉に驚きつつも、カードケースを見せてくれた。それは間違いなく師匠からもらったものと瓜二つであった。


  そう、そこには師匠たちが使うのと同じ型のカードリーダーがついていた この世界には存在しないはずの代物だ。


「これをどこで手にしたの? これは一体……」


 お互い顔を見やり微妙な反応をしていた。

 この反応は、彼らも知らなかったようだ。


「いや、それは私の知り合いが持ってきたもので…………。私は旅をしている途中でその人からこの世界に来た時の話を聞いていたんですよ。その時にこのカードを貰ったものです。そしてその人は別のところに行く用があるからといって消えてしまったのです。瞬きする間もなく」


 彼らから聞いた話と一致させるには、これで間違いないだろう。つまり、師匠はこの世界にいた。だが、俺と入れ違いになる形で別の世界へ行ってしまったようだ。


 それとこのカードや機械は明らかにこの世界のものではないことが分かった。師匠が持ち込んだものだ。師匠のものである文様が描かれていたからだ。


(師匠のヤツ……いったいなにを考えているんだが……)


「それなら、この中に入っていたカードもあるんじゃないか? もしそれが本当ならば、ぜひ見せてくれ」


 俺は彼らに言われるまま、カードを2枚差し出した。そうすると驚いた様子をみせて一枚は本物のようで、残りは複製したものとのことだった。


 複製したものを見せて貰い、中身を見てみた。しかし文字化けしててよく分からなかったが、何か書かれているということだけはわかった。


「それにしても……よくこれだけの技術を持っている方と仲良くなれたな。君はよほど優秀な人物なんだろう」


「いや、それほどでもありませんよ」


 本当にすごい人達だと思う。ああ見えて人付き合いが苦手なんだ。それをこの人たちは道具も貰い受ける関係にまで発展したんだ。本当にすごい人たちだよ。

 

「では、私はもう行かなければならないので……また会いましょう。今度はゆっくり話ができればと思います」

「ええもちろんです!いつでもお待ちしております」


「おい待ってくれ」


呼び止められたので振り返った。


「どうかしましたか?」


 カギトさんは少し考えるような表情をした。

 

「実は……俺たちの他にも、その異世界への扉を探している者たちがいてな……そいつらが君を狙っている可能性が高い。しばらくは気をつけたほうがいいだろう」


「えぇ……そんな人たちもいるんですね……」


「大丈夫!僕がついてるさ」


 そういえばレイちゃんは大丈夫だろうか。少し心配だ。彼女を置いてきているので無事を祈るばかり……。


 さてこれからどうしようかな…… そう思いつつ廃墟を出ていく。外はすっかり日が落ちてしまい夜になっていた。今日はここで休むことになりそうだな。街の中心から離れ、誰もいないであろう場所に移動した。ここなら安全だろう そう思った矢先に、俺に目掛けて光線が飛んできた。そうして俺に直撃したこの世界の文明のレベルがどれくらいのものか分からないので油断していた……。そう、"攻撃される可能性を……!!!!"


「グハッ」


 俺は地面に倒れる。身体中に激痛を感じる……。


「く、苦しい」


胸元に痛みを感じる……。


「うぅ…………」


 腹部と右足にも鈍い衝撃が走る……。


「はぁはぁはあ……なんだ今の……」


 俺は倒れながらもなんとか起き上がった。しかしその時はすでに目の前にいた青白い髪、とんがり帽子、赤い瞳、そして青いマント……彼女はゆっくりと口を開いた。


「お前が噂の"主人公(シュジンコウ)"か?」


 俺はこの時確信を得た。こいつがあの"青色の少女(ブルーアイ)"なのだと……。俺の視界には、あの時の光景と全く同じことが起こっていた。"俺の師匠は異世界から来た人なんだ……そう……師匠が言っていたことはこの事だったんだ……!


 青い髪をした少女(ブルーアイ)らしき人が、杖を構えながら近づいてくる。俺は彼女の言葉に対してこう返した。


「俺は主人公なんかじゃない!!」


 その瞬間、再び激しい閃光と共に大きな爆発が聞こえてきた。


「質問を変える。青と銀色の髪をした女の子を見かけなかったか?」


 覚えがある。カードディスクの中にその子のカードが入っている。青色の少女(ブルーアイ)はなぜ知っているんだ? いや、もしかしたらこの子に似た誰かのことを言っているのだろうか。


「俺は……ここに来てまだ日が浅い。その子はどこにいるのかどこに行けば会えるのか何も知らない。ただ、もし武器を収めてくれるのなら、協力することはできるかもしれない……」


 苦しみまみれの言い分で逃れようとするが、青色の少女(ブルーアイ)は武器を突きつけたまま鋭い青い目で睨みつかせていた。その隙にポケットに入れていた”青い石(カードケースに入っていたものを拝借した)”を取り出し、彼女にバレないようにこっそり起動させてみようとした矢先だった。


「なにをしているのです?」


 青色の少女(ブルーアイ)の背後から近づいてくる黒い影。声からして男の人だ。


「マスター……」

「急に走り出すもので心配しましたよ。なるほど…あなたは、この世界の人ではないのですね」


 男はじっと見つめている。なぜかわからないがこの男から危険な香りがする。青色の少女(ブルーアイ)よりもはるかに恐ろしい何かがあるようで全身が震える。


「服装…見たこともない腕に填めた装置、ふむ。私はあなたを持ち帰りたくなりました。しかし、この子が許さないでしょう。私と違って心配性なんですよね」


 違う。この男が言っているのはデタラメだ。わかる。一言一行たりとも信用できない……この感覚は前にもあった。この人に係わってはいけないと本能が訴えかける。逃げよう。今すぐこの場を離れろ。


「逃げるのですか? 無駄な抵抗ですよ?」


 男の指先から放たれる光。その光が足元に向かって伸びていき俺は地面に触れた途端体が動かなくなった。これは…”束縛の術”……!! 男は動けない俺の方にゆっくりと歩いてきた。青い少女(ブルーアイ)も男に習って近づいてくる。


 もうダメだと思った矢先だった。


「失望しましたよ。それでもあなたは弟子ですか?」


 俺の前に立ちふさがる二人の影。


「やれやれ、置いてけぼりにしておいて、今度は起き上がれないとは情けない奴ですニャ」


 聞きなれた声がして、顔を上げる。


「弟子でなかったら捨てて置いていたところです。はてさて、なにをしているのです? さっさと立ち上がり、私たちに<指示>してください。あなたの口と腕は飾り物ですか?」


 毒舌を吐きながら少女は両手を広げ庇うようにして立っていた。青と銀色の髪をした女の子だ。カードのイラストと同じ、銀河のようなキラキラとしたローブが印象的だ。


「起き上がるニャ。師匠に顔向けができないですニャ」


 青いとんがり帽子に、青い目、水色のマント……青と白色の縞模様のネコが指先から不思議な淡い緑色の光を発した。すると、たちまち体の痛みと痺れが消えた。


 ホッとしたのか少女は薄笑いを浮かべながらこちらを見上げている。


「ふん。無様な恰好……よくそれで主人公を名乗るものね」

「この名前は師匠が着けたんです! 好きで名乗っているわけじゃない」

「まあまぁ、二人とも落ち着くニャ。それよりもあの二人結構強そうだニャ。特に左側にいる男……あれは血に飢えている目だニャ」


 俺には分からなかったが、彼らを見た瞬間。空気がピリついた感じがした。


「ええ、そうです。彼だけは気を付けなさい。私が相手をしますので、貴方は後ろに控えていなさい。バカと足手まといは邪魔でしかない」


 一言多い。だけど、今はレイに頼る他がない。しかしレイはどう戦うのだろう?


「……私は遠くから観察しましょう」

「マスター……!?」

「猫と少女は遥かに危険な匂いがします。私がここで争えば、ここの世界は死んでしまいます」

「逃げるというんですか!? 猫と幼い少女だけですよ! あの弱っちい男を置いて尻尾を巻いて逃げるというんですか?!!」


 なにやら二人は揉めているようだ。


「…あとはお任せします。どうやらこの子は駄々をこねてしまって…手が付けられなくなりました」


 俺らを見て言った。青色の少女(ブルーアイ)が怒る原因は男にあるようだが、今はあえて言わないようにしておこう。


 男は軽く地面をけると遥か遠くにある白い卵型のドーム状の上に移動した。


 どうやら、あちらは高みの見物のようだ。


「まったくマスターは、何でもかんでもやりたい放題だ。まるで子供みたいに散らかったものを片付けることをしない。だからかな。私はそんなマスターを守りたいと思うの。ねえ、あなたは、どうしてこの世界に来たの? 質問はちゃんと答えて。あなたはオウム返しするつもりでここにいるわけじゃないよね」


 突然の切り返しに困ったが、「返事をする前に攻撃してきたのはどっちだ! 素直に返事するつもりもねぇよ!!」俺はタブレットから一枚のカードを引いた。引いたカードは騎士のカードだ。しかも中世時代のような騎士じゃない。輝く金色の鎧に身を包み、兜には白い星の文様が描かれている。


 剣を構えると黄色い光を発しだした。青い少女(ブルーアイ)は少し驚きながらも武器を構えなおした。


「派手な格好……恥ずかしくないのかしら」


 俺たちは戦闘態勢に入った。そういえば……そう、たしか師匠もこんな風だった気がする。あの人はいつも冷静だ。


 俺はカードのテキストに目を通した。そこにはこう書いてあった。


<武装化モードをONにしますか?>と。なんのこっちゃと思いながらも<ON>に切り替えると、金色に光り輝いていた騎士がひとつのオーブとなり、そのまま俺自身の左手に黄色い剣が出現した。


 これは、金色の騎士がもっていた剣だった。師匠なら……たしかこういうはずだ。俺は赤面をこらえながら深く息を吸って叫んだ。


「聖星の騎士プラチナ!! <武装化(アームド)ON>!! 黒く塗りつぶす輩を光り輝く黄色き剣の前に触れ伏せ! <武装化モード、聖星の剣(名前はまだない)>!!」


「なんなの…この魔法は……!?」


 青色の少女は呪文を唱えることさえ忘れてしまうほど呆気にとられた。弱っちいと思っていた奴が急に強くなり、自分の知識や記憶にないものが目の前に現れれば、驚く以外になにものでもない。


「やればできるじゃないの」


 急接近してきたレイの存在に気づき、呪文を続ける。その隙をついてチノルは青色の少女を妨害した。複数の炎の鳥の大群が青色の少女を襲った。


「くっ!! いつのまに……」


 その一瞬で青色の少女は体のバランスが崩れた。が、青色の少女は二重の魔法を発動していた。


「とでも思ったか! バーカ!!」


 チノルが放った炎の鳥の大群が粉砕された。大きな水の壁が青色の少女を守るように展開されていた。


 それと同じタイミングで稲妻が蛇のようにして地べたを這いつくばり、レイに向かって進軍していたのをレイが魔法の結界で身を守っていた。


 レイは見逃さなかった。青色の少女は才能がある。口で唱えつつあいた指で何か文字を描くようにしてなぞっていた。


 チノルの攻撃のタイミングで同時に魔法が発動した。伊達に任されるだけのことはある。これが経験の差というものか? 俺は思わず感心してしまった。


 この間、俺は微動だに実行できずにいた。左手に握っている黄色い剣を青色の少女に向かって切り付ければいいだけのはず。それが、なぜか迷ってしまっている。


 二人が防戦一方で俺は何もできず突っ立っているのが情けなく感じる。けど、あの激戦区の中に飛び込むのは新人の兵士だって逃げ出すレベルだ。


「なにか、この場をやり過ごせる方法はないだろうか……」


 俺は再度テキストを見つめた。するとそこに先ほど書かれていない一文が書かれていることに気づいた。


「<スターライトフィニッシュ>…!」


 いかにも必殺技らしい名前が書かれている。効果は何一つ書かれていないが、この剣が教えてくれるだろう。


 俺はそう思い、力いっぱいにジャンプをした。突如、俺の周りに七色に光る剣が七本出現した。俺の切りかかる姿をコピーしたのか模倣した俺と似た光の人型が現れた。まるで自分自身と戦うかのような奇妙な光景だったが、その光が一斉に青い少女に向けて突撃していった。


 青い少女は杖を振り回した。


「小細工ばかりして……そんなの効くわけないだろう!!」


 青い閃光が走り、すべての光の人形がかき消されてしまい、地面に着地するのと同時に俺の手から黄色い剣が消えた。


 タイムリミットだ。


 俺はパレットからカードを引こうとしたが、青色の少女がそれを止めた。


「バカが。三対一で負けやがって」


 辺りを見渡せばレイもチノルも倒されていた。


「レベルが違いすぎるニャ」

「不覚…。作者のレベルが低すぎて、根本的に敵わない」


 互角とも言われた二人がやられた。青い色の少女が杖の先端を俺の首につけ、俺の目を見ていった。冷たい眼差しに言葉に背筋に寒気が走る。


「どうやらあなたたちの負けのようね。三対一で呆れる。普通にあなたたちは負けないぐらいレベルはあった(あなたを除いて)。だけど、やられてしまった。それはなぜかわかる?」


 俺は答えずにいると、青色の少女はため息をついた。


「テレビゲームってやる?」


 突然の話題に俺は躊躇した。


「あれってさ主人公たちは強い敵を倒すために強くなるじゃん。そんでもって敵を倒して経験値を得て、レベルアップしていく。それを繰り返して強くなっていく。そしてラスボスを倒してゲームは終了。私は思うんだよね。あれってさぁ、パーティだからみんながいるから強気になっているつもりなんだっていつも思うんだよね。だから、私は基本的に複数人を相手に一人で戦うゲームをしているの。今みたいに」


 青色の少女は俺から卵型の宝石を奪っていくなり、


「楽しかったよ。久しぶりに強敵を二人相手して…でもやっぱ私の方が強かった」


 青色の少女はバイバイしながら太陽が昇る方向へ歩いていった。


 止めを刺さないのか…? 俺は起き上がろうとしたとき、男が現れた。


「あの子は優しい子です。たとえ強い奴だろうと弱い奴だろうとトドメは刺さない。あの子は、放っておけばまた強くなって再戦してくれる…っていうけど、私はいささか同情できないんですよね」


 男は俺の耳元にそっと囁いていった。


「今回は見逃します。目的の物は手に入りましたし、それにこの世界は非常に不安定です。おそらくこの世界が滅ぼす原因の者が活動し始めたのでしょうね」


 男もバイバイと手を振って青色の少女と共に太陽の光に消えていった。

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