第12話 sideケルロス~少女は師匠を助けたい~

 ケルロスは走る。

 森の中を必死で走る。

 焦るあまりに木の根につまずき転んでしまうが、一生懸命に走る。


(おししょう様、おししょう様、おししょう様ぁ……!)


 泣きたい気分でいっぱいだった。

 助けたい気持ちでいっぱいだった。

 でもそれは、『違う』んだって思った。


 背中を切られた。

 死ぬかと思った。

 倒れていると、背中に熱い感覚が来た。


 スグルがいた。

 ポーションのビンが落ちていた。

 自分がどういう状況で、スグルが何をしているのか。

 すぐにわかったその瞬間、自分がするべきことを悟った。


 街へと戻る。

 ギルドに報告。

 SSランクはくだらない存在がいることを告げ、森への立ち入りを禁ずる。

 その存在が攻めて来た時のことを考えて、街の防備を強化する。


 スグルはそれしか望んでいない。

 そのためだけに、自分を生かした。


 だから走る。

 森を走る。

 大好きなスグルが時間を稼いでくれてる間に、森を出てギルドへと向かう。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 森を抜けた。

 開けた草原の景色が広がる。


(すぅ……)


 息を吸う。

 体中に眠るオーラを、全開にする。

 

『ベルセルク!!!』


 ベルセルク。

 ジョブと同じ名を冠するそれは、ジョブのそれの真骨頂。

 身体能力を爆発的に向上させて、人間離れした力を生み出す。

 反動は大きい。

 使い終わるとしばらく動けなくなるし、使用中も体が壊れる。

 手足の肉が悲鳴をあげる。

 背中の傷口が開く。

 しかしすべてがどうでもよかった。


 スグルのために。

 彼の想いを無駄にしないために。

 ただそれだけを考えて、黒い風のように走った。

 

 街についた。

 門を抜けてギルドに向かう。

 声をかけてくる人もいたが、聞こえない振りをして進む。

 

 ギルドに入った。

 見慣れた景色。

 見慣れた人たち。


 ケルロスは、言うべき言葉を脳内で唱えた。


 西の森で強敵に遭遇。

 ファングウルフどころではない、SSランク級の怪物。

 SSモンスターがいる魔の森として封鎖。

 SSモンスターを倒せる人材を探す傍ら、街の防備も大きく固める。

 攻め込まれた時に備える。


 これがすべてだ。

 この中に、スグルの救援は入っていない。

 当然だ。

 ここから森に着くまでは、馬を使っても二〇分はかかる。

 自分は五分で戻ったが、反動でボロボロだ。

 立っているのすら辛い。

 無理に戦力を送っても、犠牲の数が増えるだけ。


 スグルは見殺し。

 助からない。

 それはもう、絶対の前提。

 

 ケルロスは思い出す。

 短い間に、スグルがしてくれたことを。

 かけてくれた言葉を。


 強い人。

 最初の印象はそれだけだった。

 だから強さに憧れた。技術を教えてもらおうとした。

 これは本来、大変なことだ。

 冒険者にとって、技術とは宝。

 スグル自身が危惧したように、自分の技術を受け取った弟子が、恩を仇で返すこともある。


 だからスグルが快く教えてくれたのは、強いからだと思っていた。

 自分が技術を覚えても、ステータスで押し込める。

 そういう絶対の強さと自信があって、だから教えたのだと思っていた。

 ジョブが『最弱庶民』なのも、特別なスキルで隠しているとか、そういう風に思ってた。

 ――実際に、隠蔽スキルは存在している――


 だけど違った。

 スグルは、本当に弱かった。

 弱さを技術でカバーしていた。

 もしも技術が互角になれば、全人類に負けかねないほど弱かった。

 なのに自分に教えてくれた。

 なのに優しくしてくれた。


 好きになるには、十分だった。


 けれど。

 それでも。

 だがしかし。


 見殺しにしなくてはいけない。

 スグル自身が、それを望む動きを取った。

 大好きだけど。

 大好きだから。

 スグルの意志を尊重し、従わないといけない。


 ケルロスは口をあける。

 伝えるべきことを、伝えようとする。

 声が出ない。

 声を出せない。

 もしも言葉にしてしまったら、未来が決まってしまう気がした。

 スグルの死という、悲しい未来が。

 

「うああぁんっ…………!」


 涙が出てきた。

 声の代わりに涙が出てきた。

 話すべきことを話せと頭が言うのに、心がそれを拒絶する。

 涙と嗚咽で拒絶する。

 理性の理性による理性的な声を、涙と嗚咽で妨害してくる。


 その時だった。


「ディバインヒール!」


 白い光が、ケルロスを包んだ。

 スキルの反動でボロボロになっていた体が、急速に癒える。

 奇跡そのものとしか言いようの事象を起こした彼は、涼やかに言った。


「いったい何があったんだい?」


 ひとりの男。

 金髪の優男。


 彼の名前はアレックス。

 ロマンシング・ラグナロクにおける、『主人公』のひとり。

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