最弱庶民の最強無双

kt60

第1話 最弱庶民の決意と無双

 英雄は魔王に敗北し、世界は滅びの時を迎えた。


 結婚式の花嫁が、闇の炎に食われて消える。

 露店の平和な親子連れが、娘もろとも闇の炎に飲まれて消える。


 オレもまた、闇の炎に包まれ始める。


  ◆


 これが今、かつて大人気だったVRRPG、ロマンシング・ラグナロク――通称RR最後のシナリオだ。

『サービス終了』という無機質になりがちな時間を、『勇者の敗北。世界の崩壊』というシナリオでやってくれている。


(この5年、毎日プレイしてたなぁ……)


 思い出を振り返る。

 毎日剣を素振りして、VRゲーム独特の感覚に慣れたり。

 特定のアイテムを求め、延々と同じ敵を狩りまくったり。

 そして強靭なボスを相手に、磨いたスキルと集めた装備で挑んだり。


 楽しかった。

 面倒な周回もあったけど、今やそれも思い出だ。


 浸っている間にも、自分の体が消えていく。

 寂しい。

 とても寂しい。

 自分の人生の一部分が、切り取られていくような感覚。

 体が闇に包まれる。

 そうしてオレは、意識を失う。


  ◆


 目が覚めると、古びた民家の中だった。

 オレはひとりの青年になっていた。

 窓に映る自分を見つめる。


 黒髪の黒目で、まぁまぁの顔立ち。

 しかし着ている服などが、全体的に安っぽい。

 RRの初期装備、『村人の服』である。


「ゲームが終わったんだから、現実世界に戻るべきじゃないのか……?」


 オレがぽつりとつぶやくと、頭の中で声がする。


『ここはアースガルド。ロマンシング・ラグナロクの元になった世界です』

「どういうこと……?」

『大変申し訳ありません。

 質問に答えるだけの魔力残量が、残されておりません。

 今の謝罪もこの会話も、予言機関『スクルド』が予想した質問の答えを、流しているだけになります』


「予言機関『スクルド』かぁ……」


『来週はこのイベントが!』、『来月はこのイベントが!』などという情報を流していた機関だ。

 要は『運営のお知らせ』なのだが、そういうところにも遊び心を入れてくるゲームだった。


(ここはひとつ、言うだけ言ってみるか)


「元の世界には帰れないのか?」


『ベッドの中で横たわり、〈これは夢だ〉と唱えてください。

 魂が、元の世界に帰ります』


(いきなり当ててくるとは流石だな)


『帰還を望む場合は、24時間以内に行ってください。

 24時間を過ぎてしまうと、元の世界とのリンクが完全に切り離されます。

 心残りがおありでしたら、早急な帰還をオススメします』


「戻ることはないかな」


 オレはひとりつぶやいた。


「5年前……。オレは事故で家族を失っている」


 家族旅行に向かう途中、飲酒運転のトラックが突っ込んできたのだ。

 父さん、母さん、弟、姉さん。

 全員死んだ。

 オレだけが生き残った。

 特に姉さんは、オレをかばって死んでしまった。


 途方にくれるしかなかった。

 絶望にひしがれるしかなかった。

 ロマンシング・ラグナロクには、現実逃避で逃げ込んだ。

 大人だったら酒に浸るようなところを、ゲームに浸ったわけである。


 しかし様々なイベントをこなしたり、他のプレイヤーと交流したりしているうちに……。

 傷が癒えていった。

 ゲームの中だけとはいえ、結婚もできた。


 RRを続けるためにも、自分の人生を整えようと思った。

 リアル世界でバイトを始め、大学に行こうと勉強も始めた。

 もしもこの世界がなかったら――。


 5年前。

 家族を追って自殺していた。


「5年前。

 オレはこの世界に救われた。

 そんな世界が危機にあるなら、今度はオレが、世界を助ける」


『申し訳ございません……』


「そこは『ありがとう』って言ってほしかったなー」


 オレは苦笑せざるを得ない。


『あなたがここで何をすべきか。私は明言いたしません。

 予言機関『スクルド』は、様々なケースをシミュレーションしました。

 私たちが指示と目標を提示した際に世界が救われる可能性は、ゼロ%です。

 しかしあなたがあなたの意志と考えで最善を目指すなら、可能性が上昇します』


「可能性が上昇って、何パーセント?」


『0.8パーセントです』


「少なっ!!」


『申し訳ありません…………』


 声は力なく謝罪した。


『あなたの人生が、ほんの少しでもよくなることを願っております』


 声は消えた。

 オレは状況を整理する。


「この世界は危機にある。

 オレは住民のひとり。

 どうするかは、オレの自由。

 24時間以内なら、元の世界に帰ることも可能」


 その上で何をすべきか。


「まずは現状確認だな。

 ゲームなら、『ステータス』って言えばウインドウが開いたけど――」


 オレの声に反応したのか。ステータスウインドウが開いた。


 ◆名前 スグル

 ジョブ 最弱庶民

 レベル30

 HP 5/5

 MP 0/0

 筋力 1

 耐久 1

 速さ 1

 魔力 0

 幸運 0

 スキル なし


「酷いな」


 最弱庶民。

 一般庶民がHP50。筋力20はある世界でこの数字。

 なのに初期レベルだけ30。

 何もしないで年だけ重ねた、ニートのような職業だ。


『最高レベル(999)まで鍛えたら最強になる』、『スゴイ特技を覚える』のような特典もない。

 純粋な雑魚。

 完全なモブ。

 観光客のカタツムリ。

 そんな風に言われていた。


「オレの魂をこっちに呼ぶのが精一杯で、チートを与える余力はなかったのか……。

 それとも他に『主人公』がいて、オレはあくまで脇役なのか……」


 後者だろうな、と思う。


 謎解きのヒントを壁に書いて力尽きる冒険者。

 冒険の心得を、『主人公』に教える先輩A。

 薬草畑を守るおじさん。


 などの姿が頭に浮かぶ。


「もう本当に、脇役の中の脇役だなぁ……」


 しみじみとつぶやいた。

 その時だった。


「メシはまだかあぁ!!!」


 知らんおっさんが部屋に入ってきた。


「ええっと?!」

「貧弱すぎて狩りに出られないオマエは、ウチの家事担当だろうが!!」

(この家の一員っていう設定から始まってるのか)


 オレは料理を作り始めた。


(声はデカかったけど、イヤな感じはなかったな。

 ただの事実を言われた感じだ)


 料理をみんなに振る舞った。


「兄ちゃん、相変わらずうまくならんね」

「作ってもらって言わないの!」


 弟が文句を言って、姉さんに叱られる。

 父さんと母さんが、それを見て笑う。


(昔のみんなみたいだな……)


 オレは昔を思い出し、温かなものを感じた。

 ふと気になった。


(オレがいきなり現れてるけど、大丈夫なのか?

 今の体の持ち主の精神を乗っ取ったりとかしていない?)


 頭の中で声がした。


『あなたは、正式な家族ではありません。

 ご家族の方は、『あなたはずっと昔から、この家にいた』という偽記憶を植えられているだけです。

 あなたが去れば、あなたのことも忘れます』


(そうか……)


 それはそれで少し寂しい。

 オレは無言でスープをすすった。


  ◆


 食事が終わって皿を洗った。

 基本の家事も済ませ、家の裏庭に行く。

 そこには巻き藁と木剣があった。


「最善を目指すなら、やれる訓練はしないとな」


 木剣を構え――。


「斬りっ!」

「払いっ!」

「斬りっ!」

「払いっ!」


 ビシッ。

 バシッ。

 ビシッ。

 バシッ。


 剣技の基本のふたつの技を、ひたすらに繰り返す。


(ゲームの感じと、かなり似てるな)


 だから何度か振ってるうちに、『しっくり』ときた。

 頭の中で声がする。


 ▼『斬り』を習得しました。

 ▼『払い』を習得しました。


 やる気がみなぎる。

 オレはリズムに乗って、斬撃を放つ。

 ズババババンッ!!!


 クリティカル! 

  クリティカル! 

   クリティカル! 

    クリティカル! 


 斬りと払いを混合させた、会心の四連撃。

 満足してると声がした。


「無駄なことしてる………。」


 ジト目の少女が、オレを見ていた。

 ややクセのあるショートカットで、軽装の剣士といった出で立ちをしている。


(エイルか……)


 RRのキャラのひとりだ。

 おっとりしてるが正義感が強く、やさしいけれど現実的だ。

 適正ではないことをしていると、どこからともなく現れて忠告をくれる。

 忠告に従い戦闘職を引退すると、『責任が………ある。』、『しばらくは………面倒、見る。』と言ってプレイヤーを養ってくれる。

 この『通称・ヒモルート』のおかげで、独特の人気を誇ったキャラだ。


(平和な世界なら、ヒモルートもいいんだけど……)


 今の世界では、反発するしかない。


「無駄なこと?」

「あなたは………。

 剣の才能が、ない。」

「才能のないやつが努力すらしなかったら、どうしようもないじゃないか」

「………限度はある。」


 エイルが庭の柵を越え、オレから木剣を奪った。

 ヒュオンと一振り。


 ズガアァンッ!!!


 巻き藁はへし折れた。


「剣の道は……とても、厳しい。

 進む、なら。

 このぐらいの才能は………ほしい。」

「確かにすごいな」


 エイルのジョブは中級剣士。

 名前の通り中級職だが、育成次第で剣鬼、剣豪、剣聖といった超級職も目指せる。


(どうがんばっても最弱庶民で終わるオレとは、えらい違いだ)


 まぁしかし、中級剣士の今なら別だ。

 未来のエイルには勝てずとも、今のエイルになら勝て得る。

 オレは予備の木剣を手にする。


「ちょうどよかった。訓練相手になってくれ」

「………正気?」

「どう足掻いても勝てないようなら、潔く諦めるよ」

「わかっ、た。」


 お互いに構える。

 一秒。

 二秒。

 三秒と。

 緊迫した時間が流れる。

 オレはあえて、脇腹に隙を作った。

 エイルが突っ込んでくる。


 横薙ぎ払い。

 ついさっき、巻き藁をへし折った技。

 しかしオレは読んでいた。


「斬りッ!!」


 縦切りを合わせる。

 

 ティオンッッ!!!


 互いの剣が火花を散らす。

 普通であれば、オレが押し負け吹き飛ばされる。

 だが現実には、エイルが体勢を崩していた。


「ッ?!」


 RRには、タイミングシステムがあった。

 攻撃が当たったタイミングによって、威力が変わる。


 打ち始めならバッド。そこそこ速さが乗っていればグッド。

 最高のタイミングなら、クリティカルになる。

 クリティカルは威力が数倍になる上、スキル後の硬直も短い。


(ゲームで鍛えた観察眼で、『先読み』すれば攻撃は当たる!)


 オレは獰猛な笑みを浮かべる。


(オレのジョブは最弱庶民)

(きっと最後は、『主人公』を引き立たせて終わる存在)


 けれど。

 それでも。

 だがしかし。


(脇役が全力を尽くすから、『主人公』が輝ける!!)


 硬直しているエイルの木剣に向かって、木剣を振る。


 エイルの握る木剣が、根元から吹き飛んだ。

 吹き飛んだ木剣は、クビを跳ねられたかのように宙を舞った。


(最高に強くてカッコイイ脇役に、オレはなる!!)


――――――――

第一部が終わるぐらいまでは、毎日19時ぐらいに更新しようと思います。

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