第42話 対峙

「え、あ、え……なんか、なんか……」


 風呂上がりの浴衣姿のエル・シエルの、唇が震える。

 【魔王】を見て目を見開いている。


「エル……これは……!」


 何とか誤魔化そうと、エルの視線から【魔王】を隠すように立ちふさがる。


「…………」


 【魔王】は、冷たい目をしてエルに向けて手をかざした。

 その手に邪悪な魔力が集まっていく。

 攻撃するつもりかよっ———⁉


「やめ————」

「【魔王】に似てる……」

「エル! 逃げ……え?」


 エル・シエルは、本当に驚いたと口をあんぐり開けて口元に手を当てていた。


「その子、本当に、【魔王】とそっくり……びっくりした……」

「え、え?」


 似てるで済ませるの?


「…………」


 【魔王】の頬を一筋の汗が流れる。

 焦って汗が噴き出たわけじゃない。

 こいつ、マジか———と。本当に気が付いていないのかと、呆れて心がざわついたのだ。


「もしかして、さっき言ってた奥さん?」

「あ、え」

「あ、そっか。ごめんねぇ~邪魔しちゃって……でも、あのレクスにこんな美人な奥さんがねぇ~」


 ニヤニヤと笑うエル。

 困惑しっぱなしのこっちの空気に一切気が付いていない様子だ。

 そして、彼女は手を挙げ、


「本当に邪魔しちゃったね。じゃ、奥さん。こう見えてもこいついい奴だからさ。面倒見てやってよ。レクスぅ~、見捨てられないようにしなよ~。じゃ、また暇なときに来るからさ。今度は明るい時間に……ね」


 邪推をしている。

 ニヒヒと笑ってゆっくり扉を閉めて、足音が遠のいていく。


「……あいつは馬鹿か?」

「……実はね」


 マジで気づかなかったのだろうか。

 【賢者】の名が泣くぞ。


 ドタタタタタタタッ!


 やかましい足音が迫ってくる。


「あ、やっぱ気づいたか」


 しばらく歩いて、冷静になったのだろう。


「———やっぱ、その女の子【魔王】だよね⁉」


 額に弾の汗を作り、浴衣がはだけている。

 改めて【魔王】に視線をやり、わなわなと唇を震わせて、指をさす。


「似てるってもんじゃない……本人じゃん……どうして【魔王】がこんなところにい———る……?」


 エルの視線がギッと俺に向けられ、


「レクスッ!」


 両手を広げて飛びついてきた。


「わ」


 いきなり飛び掛かられ、受け身を取ることもできずに壁に頭をゴンとぶつけて倒れた。


「何を!」


「危ないから!」


 エルは———俺と、【魔王】の間に立ち、かばうように両手を広げて立ちふさがった。

 【魔王】が何か敵対行動をとったわけ、ではない。

 ただ、無表情で俺たちを見つめていただけだ。

 それなのに、エルは【魔王】から俺を守るように行動をした。


「エル……?」


 この状況———元仲間と【魔王】が二人きり。

 俺が裏切ったと思ってもおかしくないのに。

 エルは何も考えずに、俺が危機的状況にあると、【魔王】の脅威にさらされていると判断し、かばうように【魔王】の前に立ちふさがった。


「……フ」


 それを見た【魔王】が、笑った。

 息を、小さく漏らし————寂し気に。


「——————」


 【魔王】の手から、魔力の弾が発射される。

 唐突に、何の予告もなく。


断壁ウォール!」


 エルが障壁魔法で【魔王】の魔力弾を防ぐ。

 バチッと光が飛び散り眼がくらみ、

 

「【魔王】———⁉」


 何を考えているんだと声を上げる、が———。


「————興が、そがれた」


 【魔王】は翼を広げ、窓の外に飛び出していった。


 バッサバッサと翼をはためかせ、月夜へ向かって飛んでいく【魔王】の姿を見つめることしか、俺にはできなかった。


「大丈夫⁉ 怪我はない⁉」


 エル・シエルに肩を掴まれてぶんぶんと揺さぶられる。


「あいつ……」


 俺は、それどころではない。

 どうして【魔王】が攻撃したのか。

 どうして飛んで行ってしまったのか。

 どうして———あんなに寂しい目をしていたのか。

 わからないことがいっぱいあった。わからないことだらけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る