第40話 察してよ!

 さ……って……どうしたものか。


 目の前には元仲間のエル・シエル。その奥には腕を組んだ全裸の【魔王】。

 無表情だが、なんだか怒っているような気がする。

 とりあえずは、エルはまだ後ろの【魔王】に気が付いていない。なんとか気が付かれないように誤魔化さないと。


「今更だろ、俺は仲間には戻らないよ。エル」


 ピクッ、


 あれ? 【魔王】の耳が動いた……。

 なんだか、全身から怒りのオーラが漂っているような気もする。

 せっかく、元鞘には戻らないって断言したのに。


「レクスがそういうのはわかってる。アランがあなたにした行為はそれだけあなたの心を深く傷つけた。でも戻ってほしい。これは私のわがまま」

「なら聞いてやる道理はない」

「ある。アランはそれでも、あなたの親友でしょう?」

「……………」

「このままだとアランは死んでしまう。ベルゼバブに殺されてしまう。【魔王】に会うことなく……私たちは【魔王】に再び対面することもなく、旅を終えてしまう。レッカ火山で負けたみじめな記憶を引きずって……」

「少なくともお前だけはそうならないよ」

「え?」

「あ、ううん。何でもない……!」


 振り返ったら、【魔王】と再会できるよなんて口が裂けても言えない。


「アランやゴードンたちはまだ諦めていない。ベルゼバブを倒して、その更に先にいる【魔王】を倒そうとしている」

「いないんだよなぁ……」

「え?」

「ごめん、何でもない……」


 後ろにいるんだよなぁ。


「だけど、私たちの予想外のことが起きている。魔王の城には私たちの魔法を封じる『魔封ノ界マジックキャンセラー』が張られていて、私たちの魔法の力が全く使えない状態にあるの」

「私たち、の?」


 自分たちだけを限定する言い方が妙に引っ掛かる。


「そう、人間だけ魔法が使えないのよ」

「そんな結界があるのか?」


 ズルくないかと、こっそり奥の【魔王】へ視線を向けると、なにやら神妙そうに眼を細めていた。


 —————つーか、何であいつこっちの意図を察してくれないの?


「…………」


 目を細めてジッとエル・シエルの頭頂部を見つめ続けている。

 エル・シエルが振り返ったら面倒なことになるって、わかっていないはずがないのに。頑なにその場を動こうとしない【魔王】。

 エル・シエルにじっと見つめられているので、下手に俺からはどっか行くようにジェスチャーで指示を出すこともできない。

 全く気が付いていないエルは、話を続ける。


「人間が魔法を使う仕組みは大気や大地、万物に宿る魔力を使って魔法を操っているの。だけど、魔族は違う。体内に魔力を生み出す器官のようなものがあって。それで魔法を扱える。だから、私たちは、ベルゼバブに一方的に嬲られた。何とか魔王城の中に身を隠しているけど。見つかるのも時間の問題」

「だから、何で魔王城に留まって」

「目の前だからよ! 【魔王】が!」

「⁉」


 た、確かに、君のすぐ後ろに【魔王】いるけど……。

 エルは首を振り、自分の力のなさを噛みしめるように頭を押さえた。


「引き返すように、逃げ出すように、何度も何度も言った! アランに、ゴードンに! だけど、旅の最終目標がもう目の前なのに引き返せるかって。仲間に【技師】のコロンがいるのも良くなかった。あいつはアイテムを使って戦うから。そのアイテム自体に魔力が最初から貯めてあって、結界の中でも何とか戦える。【技師】のコロンを中心にして何とか【魔王】を倒そうと必死になってる……でも、それは多分無理。だから、レクスの力が必要なの!」


「虫のいい話なんじゃないのか?」


 【魔王】が、言った。


「え?」


 言いやがった———!


「ちょちょちょちょ!」


 ガッ、


 振り返ろうとするエル・シエルの顔を慌てて掴む。


「何⁉ 何してるの⁉」


 エルが戸惑い、顔を真っ赤にして眼を回している。

 当然だ。タオルを巻いているとはいえ、互いに裸。それなのに顔を掴まれ至近距離で異性に顔を除かれているのだ。


「バカヤロウ! 何で声出した! 早くここから出ろ!」


 だが、今はエルにかまっている場合じゃない。

 声を出してしまったのなら仕方がない。俺は【魔王】に混浴から出るように指示を飛ばすが、彼女は腕を組んだまま仁王立ちし、一歩も動こうと言う気配がない。


「今更戻れとは……貴様ら人間の面の皮の厚さは尊敬に値する。我の部下でもそこまでの厚顔無恥こうがんむちはいなかった」


 それどころかエルに説教までかます始末!

 そういうのいいから! 今は早く引っ込めよ!


「我? 誰? 後ろに誰かいるでしょ?」

「いいから! どっか行ってくれ!」

「旦那様。だが、我は貴様のために———」

「俺もお前のために言ってるんだ!」

「…………」


 主張がある。


 互いに、譲れない主張が。

 だから、俺と【魔王】はしばしにらみ合い。


「……部屋で待つ」


 と、【魔王】が踵を返し、混浴から出ていった。

 折れて、くれた。


「助かった……」


 エルの頭を解放し、腰を下ろす。

 何とか、この場で荒事が起きずに済んだ。


「え、え? 何があったの? 誰がいたの?」


 振り返り、きょろきょろと周りを見渡すエルだが、【魔王】の姿にはそこにはない。

 そして、俺の方を見て気まずそうな目で尋ねる。


「もしかして、奥さん? 旦那様とか言ってたものね……レクス、結婚したの?」

「……似たようなもんだ」

「結婚の似たようなものって想像つかないんだけど……」


 面倒だったので、その場ではもう説明はしなかった。

 だが、エル・シエルはしばらくこの村に滞在するだろう。


「本当に、面倒なことになった……」

「?」


 がっくりと首をたれるが、当の面倒ごとエル・シエルは何事かわかっていないように首を傾げた。

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