第29話 空中戦
落ちていく。
崖下へと、落下していく。
当然だ。
何もない空中へと自分から飛び出していったのだから。
「レクス殿⁉ いったい何を⁉」
はたから見れば自殺にしか見えない。なんの計算があるのか理解ができないだろう。
人は空を飛べないのだ———。
「ハーピィ、ちゃんと捕まえてねぇ~~~~~~!」
あの野郎。
ベイルは俺が何らかの計算を持って飛び出したと思っていやがる。
まぁ、何の計算もなく、ロープと剣だけもって、空飛ぶハーピィの群れに向かって飛び出すバカはいない———そう思うだろう。
驚くなよ。
何の計算もない—————。
「おおおおおおおおおおおおお!」
ノープランで飛び出していった。
落ちる————。
だけど、やるしかない。
「行くぞおおおおおおおおおおぉォォォォ!」
輪っかを作ったロープをハーピィに投げつける。
————?
当然、ハーピィは避ける。何をしたいのかわからないというように首をかしげて。
だが———。
手首のスナップを聞かせ、ロープを操り、ハーピィに近づける。
俺はド田舎の村暮らしだ。
牧畜しか誇れることのない村暮らし。そこで逃げ出す馬、羊、鶏を捕まえるためにロープを操る術———操縛術を習得している。
空中でありながらも器用にうねうねとロープを動かせる。
ロープがハーピィに触れ、
「よし———」
巻きつけられ———なかった。
グ———?
翼をはためかれた。
翼が起こした風で、ロープがハーピィから遠ざかる。
万策尽きた。
そりゃ当然そうするよな、意味がわからないまでも、変なものが近くに来たら遠ざかろうとするよね。
ロープをハーピィに引っ掛けることもできず、俺は真っ逆さまに崖下へ———、
ブブブブブブブブ……!
「ん?」
ロープが突然激しく振動した。
ゆらりゆられ、ロープがグネグネと動き、一度はためいて距離をとり、油断していたハーピィに、巻き付いた。
グア————⁉
「よくわからんが———」
好機だ!
俺はロープを一気に引き、ハーピィの体にきつく締めつけた。
ガアアアアアアア——————‼
混乱したハーピィは無我夢中で、縦横無尽に空中を飛び回った。
俺は、
「がああああああああああああああああああああああああああああああ‼」
一心不乱に食らいつき、飛び回るハーピィが近くに来ると無我夢中で切りつけた。
何とかロープを振りほどこうと翼をはためかせ、飛び回るハーピィ。
ロープにしがみつき、ハーピィに引かれるまま空を飛びまわる俺。
ァ————————————————————————————‼
ハーピィの音波攻撃を浴びる。
が、俺の体はダメージを受けていない。
必死だった。
落ちないように、何とかこの状況を脱せるように————。
恐らく『吸収』のスキルを使って、魔力のこもった音波攻撃を吸収し続けているんだと思う。あのデスグリズリーを倒した時と同じで。
同じ?
そうか、そういうことか。
ロープを握る手をぐっと掴む。
どうして、このロープが、さっきハーピィに巻き付いたのかわかった。
俺の『吸収』技の仕組みも。
「俺の触れているものを通して、いったん俺の体内に魔力がたまり————それを触れているものを通して、解放される」
つまり———、
「くらえ」
イメージする。
ロープを通して———振動がハーピィを破壊するイメージを。
ブブブブブブブブブブブブブブブブブブッ‼
ロープが激しく振動し、
———————————ガッ‼
ロープを巻き付けられた先のハーピィの全身が激しく震え、その肉体が爆発した。
ハーピィの肉片が空中に飛散っているのを眺めながら、
「グロっ……」
当たり前のことを呟きながら落ちていく。
崖下へ、真っ逆さまに———。
ちょっと無理をし過ぎたな。
何でここまで無理をしたんだろう。
必死で、夢中になりすぎて覚えていない。
【魔王】に本気を出させないために。彼女がユノ村に居続けられるように。
「レクス殿!」
ロッテの声が聞こえる。
ふと、彼女たちのいる方向に目をやれば、一同皆同じ表情をしていた。
目を見開いて、口をあんぐりとあけて、多分、叫んでいた。
ロッテも、ベイルも、ルカでさえも。
俺が死んでしまうと思って、必死で、叫んでいた。
あ———?
「【魔王】が、いねえじゃねえか」
肝心の、一番守りたかった奴はいったいどこに。
「呼んだか」
急に。
急にグッと全身に重さを感じた。
落下が————止まっていた。
「【魔王】……」
「全く無茶をする」
眼前に、青い瞳と銀髪。そしてコウモリの翼。
【魔王】が俺の体を受け止めていた。
お姫様抱っこの形で。
「情けないな。こんな格好で、そして結局お前の魔族としての姿を見られている」
ロッテたちへ再び視線を向けると、みな、安堵したように胸を撫でおろしていた。
「気にしないさ」
【魔王】はそう言う。
「そうかな?」
「そうさ」
彼女は、微笑んでいた。
「あいつらはいい奴だ」
【魔王】はいとおしそうにロッテたちを見つめていた。
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