第27話 メリダ渓谷
ルカはロッテの言う通り頼りになった。
ロッテは地理に詳しければ、ルカは生物に詳しい。
道中どんな植物が食べられ、どんな植物が傷薬になるかアドバイスが飛び、魔物の生態系に詳しく、どこをどう通ったら魔物に遭遇しないのかもしっかりと理解していた。
二人がいれば、全く危険はなく、森を抜けることができ———ついにメリダ渓谷に辿り着いた。
足場が不安定な切り立った崖の道。
「足元、気を付けてくださいねぇ!」
「「う~っす」」
ロープを持つ先頭のロッテが注意喚起を促す。
人一人しか通れない道で、俺たちは一本のロープを腰に巻き付け、落下防止対策をして進んでいた。
戦闘はロッテ、その後ろに【魔王】、ベイル、俺、ルカの順だ。
「……ねぇ」
「はい?」
ルカとの距離が近く、ずっと黙っているのも気まずかったので話しかけてみる。
「お兄さんって、家ではどんな感じなの?」
「普通だと思いますよ? オレ、十歳の頃に教会に入ってっから。そっから家には滅多に帰ってないんでよく知らないですけど。なんでそんなの気にするんです?」
「いや、なんていうかさ。俺あの人に嫌われているからさ。だけど、一応あの人があの村のギルドのトップじゃん?」
「嫌われてる?」
ルカが眉間にしわを寄せる。
「何を言ってるんです? ファンですよ。ウチの兄貴はあなたの一番の」
「いやそんなことを初対面で言われたけど……一緒に失望したとも言ったよ?」
「ウチの兄がそんなことを……サーセンっしたぁ‼」
思いっきり大声で謝り、勢いよく頭を下げる。
「後ろで何やってんの? びっくりしたなぁ……」
ベイルが振り返り迷惑そうに愚痴を言う。
ごめんとジェスチャーで謝り、ルカに再び向き合う。
「別にいいけどさ。でも、さっきのスタンが俺のファンっていうのはお世辞だろ? 勇者パーティは【勇者】アランとか【剣聖】ゴードンとかいるからさ。俺はあいつらに比べたらよっぽど」
「そんなことないっス! 才能に抗うレクスさんはめっちゃかっこいいっス!」
「抗う?」
「そうッス! 【凡人】って何の才能もないのに、伸びしろがないのわかっているのに頑張って勇者パーティの一人になって【魔王】を倒そうと頑張り続けるってなかなかできることじゃないッス。恋人ができて……男でも寿引退っていうんですかね?」
「いや、知らないけど……」
「その寿引退で勇者パーティを離れることになったっスけど。そこまで頑張ってついて行っただけでもすごいっス」
「はは、ありがとう。ところで君そんな口調だったっけ?」
「あ、オレ、興奮するとつい……女の子っぽくないから直せって兄貴には言われてるんですけど」
「はは、女の子っぽくないのを気にしてるんなら、まずその一人称を直した方がいいと思うけど……」
苦笑しながらも、少し嬉しくなっていた。
【凡人】でも頑張っていたら、誰かに勇気を与えられたんだ。
その相手がスタンというのが意外だったが、すごくうれしい。多分普通に愛想がいい相手がそういうことを言ってくれるより嬉しかった。
「兄貴は、だからこそ許せなかったのかもしれないです。自分と同じように才能がないのに自分の適正でないポジションで頑張ってる人だって思ってたんでしょうから。自分の先頭に立っていると思っていた人があっさり諦めちゃったんで」
「そっか……」
腑に落ちた。
スタンが俺に対して厳しい理由が。
俺に期待していたんだ。
期待していたからこそ、裏切られた時の反応が大きい。
すまないことをした。
そう後悔しても、俺にはどうしようもない。パーティを抜けたんじゃない、クビになったんだ。それに、【魔王】のことも話すわけにはいかない。クビになった事を言ってしまえば、【魔王】の正体について感づかれるかもしれない。
それだけは———絶対に避けななければいけない。
ルカは瞳を伏せ、
「兄貴を許してやって欲しいんです。ああ見えてもいろいろ苦労をしてるやつで。今だって、子供が病気で気が気でないでしょうから」
「病気の子供がいるのか……それは心ぱ……あいつ結婚してんのォォォ⁉⁉」
予想外過ぎて大声が出てしまった。
お~……お~……お~……!
やまびこのような形で、声が渓谷中に響き渡る。
「レクス殿~、危ないですから大きな声は上げないでください~。音で地盤が崩れるかもしれないですしぃ~……」
「ああ、すま~ん!」
先頭を歩くロッテにまで注意されてしまった。
「それにぃ……」
「俺は全然いいんだけどね!」
何か言いかけたロッテを遮り、ベイルがニッと笑う。
「……なんだよ?」
「別にぃ」
ベイルの笑顔が邪魔でロッテが見えない。
「気をつけろ」
【魔王】の声が聞こえた。
「こいつは何かを企んでいる」
「おっとぉ、リコリスちゃん手厳しぃ」
わかってるよ。
何か、こいつに都合のトラブルが起きそうだから、次声を上げそうなときは気を付けよう。
無駄なことで止めていた足を再び進める俺たち。
「それで……スタンって子供もいるのか?」
「ええ、今年で五つになる」
「そっか。そっかぁ……」
同い年ぐらいに思っていたが、あいつ父親なのか……。
なんか人間的に追い抜かれた気がする。
俺も勇者パーティと旅なんてせずに地元に引っ込んでいたら、今頃子供もいて、幸せな家庭を気づけていたかもしれないなぁ。
まぁ、奥さんはいるが……偽装結婚だからなぁ。
ちらりと前を歩く【魔王】を見る。
「———!」
「…………」
なぜか、彼女もこっちを見ていた。
何となく、心の中を読まれたような気がした。
これからの【魔王】との関係性がどうなっていくのか、少し想像してしまった。
あいつと、これからユノ村で暮らしていくかもしれない、そうしたら、子供だってできるかもという未来を一瞬だが想像してしまった。
それを、見抜かれたような気がした。
「————来るぞ」
「へ?」
見抜かれてなかった。
緊迫した、【魔王】の声———。
ケケケケケケケケケケケケケケ———ッ‼
耳障りな鳴き声が響き渡り、思わず耳を塞ぐ。
「遅かったみたいですね……」
ロッテが見上げる空には、いくつか人影ができていた。
上空に———人影。
「来ったぁぁぁぁぁ‼」
戦闘態勢をとる一行の中に一人だけ全く戦闘態勢を取らずにガッツポーズをして喜んでいる男がいる。
ベイルだ。
こいつがこんなに喜ぶっていうことは—————。
「ロッテ!」
「はい!」
「これって俺のせいか?」
「はい!」
そうか、ごめん。
「アレは、大きい声を上げると、獲物と思って寄ってくるんです!」
ケェェェ————‼
上空の人影が、降りてくる。
全身に毛を生やした、腕が翼になっている女性型の怪人。
「ハーピィです!」
優に十体はいるハーピィの群れが襲い掛かってきた。
「おいおい、足場が悪いってのに————」
勘弁してくれ……。
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