第25話 秘湯
嬉しいものが見れるよ。
ベイルはそう言った。
脇道に逸れ、開拓されていない獣道に近い、草木が激しく生い茂る道をかき分け進んでいく。
鬱陶しい伸び切った木々をどかしながら進んでいるので、随分とン外距離を歩いているような錯覚に陥る。
「どこまで進むんだよ?」
「さぁ……こんな道、私も初めてです」
ロッテも知らないのなら、先頭を進むベイルしかどこに辿り着くのかわからない。
「ベイルさぁ~ん! あの、さっき言ったシスターってあの人ですかぁ⁉」
「…………」
ベイルの背中にロッテは問いかけるが、聞こえているのかいないのかベイルは無視。
「ベイルのいう奴に心当たりがあるのか?」
「はい、ユノ村にシスターっていう人は一人だけですから……でも、不良っていうのは」
「おおおおおお……! よしッ!」
ベイルの足が止まった。
そして何やら興奮した声を上げている。
「何を大声を」
「シッ! 静かに! 足音も立てないで!」
さっきは自分が大声を上げたくせに。今度は口元に人差し指を当てて、音を立てないようにけん制してくる。
「………何があんだよ」
「嬉しいものが見れるって言ったじゃん。レクスちゃん」
そう言って草むらをかき分け、作った穴を指さす。
呆れながらもその穴を覗き込む。
フ~ン……フフ~♪ フ~ン♪
近い。
歌がクリアに聞こえてくる。
が————、
「霧が出ているな……」
ベイルの作った穴の先は白い霧が立ち込めていて、何も見えなかった。
「霧じゃない。それは……湯気だ」
「湯?」
気……?
てことは、この先にあるのは……、
フ~ンフフフフ~ン♪
人影が見えてくる。
裸だ。
プロポーションからして、明らかに女性の。
「温泉か?」
つまり、女の人が風呂に入っているってことか。
そして、今俺たちは覗きをしているってことか……⁉
「ベイルさん!」
ロッテがこの先に何があるのか感づいて大声を上げた——上げてしまった。
「ちょ、馬鹿!」
ベイルが止めるも、もう遅い。
湯気の向こうの人物が明らかにこちらに気づき、胸元で手で隠し、
「ん?」
胸を隠した手と逆の手がバチバチと輝きを帯びる。
「まさか……!」
人影の左手が、振り上げられる。
「
彼女の手から稲妻が迸り、俺たちへ向かって襲い掛かってきた。
「あぶねっ!」
思わず、剣を抜いて稲妻を防ぐ。
背に【魔王】とロッテが来るように体をスライドさせ、彼女たちに電気が当たらないようにする。
「レクス殿!」
「……未熟者め」
ロッテは心配したような声を上げてくれるが、【魔王】は厳しい。せっかく守ってやったというのに、
「いてて……」
剣を持つ掌が、少し火傷している。
『吸収』スキル———【凡人】だけが持つ。魔法を吸収することのできるスキル。それの発動が甘かった。
剣先を見るとバチバチと雷が帯びているので、多少は発動したのだが、完全には吸収しきれず、俺の手を焼いた。
とっさのことだったので、雑念を抱いてしまった。それに、自分自身に『吸収』スキルがあることも忘れ、ダメージを受けるビジョンを思い浮かべてしまった。
だから、完全には吸収できなかった。
「厳しいことを言うなよ。いきなりだったんだから」
「それでも、お前の戦い方はそのスキルなのだぞ」
決めつけてくれる【魔王】に肩をすくめる。
「な、何の話をしていらっしゃるんですか?」
「こっちの話……で」
雷を放ってきた、湯気の向こうの彼女は……、
「誰だ⁉」
「こっちのセリフだ! いきなり雷魔法を放ってきやがって! 防いだからいいものの、当たったらどうするつもりだったんだ⁉」
「レクス殿……隣の人———当たってます」
「あ」
ふと横を見るとベイルが黒焦げになり「シビレレレレレ……」としびれて回らない口で呻いている。
後ろのロッテと【魔王】を守るのに必死過ぎて、ベイルの存在を忘れていた。
すまん————。
心の中では謝った。
「男か? そっちが覗いていたのが悪いんだろう!」
ごもっとも。だけど、俺も温泉がある上に、女の人が入浴中なんて知らなかったんだ。
そんな言い訳、聞いてくれないだろうが———。
「その声……やっぱりルカさんですかぁ⁉」
ロッテが声を上げる。
「ロッテ⁉ ロッテもいるのか⁉」
「はい! こんなところで何をやってるんです⁉」
「見ての通り、温泉に入っているんだよ! ああ……そっか、これはまずいところを見られたなぁ……」
ザブザブと人影がお湯をかき分け、こちらに近づいてくる。
「さっき言ってた、一人だけのシスターってやつか?」
「はい、そうです」
段々人影のシルエットがはっきりして、く……。
「いや、まずいんじゃないのか⁉」
彼女は、湯気をかき分け、俺たちの前に姿を現した。
金髪の凛々しそうな顔立ちのスタイルのいい女の子。
その裸身を晒して。
「やあ、ロッ……テ⁉」
「紹介しますよレクス殿」
「何を平然としてるんだロッテ……‼ 彼女は裸だろ!」
「男がいるのを忘れていた……!」
バシャッと、金髪の彼女は慌てて湯船に体を押し込める。
「この方はルカ・ラングさん。ユノ村の教会につとめているシスターの方です」
「ラング?」
「はい、スタン隊長の、妹です」
妹⁉ スタンの⁉
「……むぅ」
彼女は、ルカ・ラングはまだ湯船に体を沈めたまま、顔を真っ赤にして俺を睨みつけている。
あの気に食わない警備隊の隊長の妹との初対面は最悪の形となった。
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