第十一話:集結

『何をする気じゃ?』

「精霊門を開いて、ロミナ達を導く」

『馬鹿者! 無理じゃと言うたじゃろ!』


 俺の言葉に迷わずダメ出しをするワース。

 だけど、こいつはきっと、さっき俺が願うまでの間、この塔で俺達がを知らないはず。


「ダメな理由は、ここに万霊術師がいないからだよな?」

『そうじゃ! せめてお主の仲間の嬢ちゃんでもいれば、どうにかできる目もあったじゃろうが』

『そ、そうよ! ここにはそんな奴なんていないし、私だって絶対手なんて貸さないんだから!』


 キャムもまた、あり得ないという声を上げてるけど……。

 そうか。あの時、こいつもまだ眠りについていたから知らないんだな。

 ま、だったら丁度いい。


「ワース。キャム。お前達はもう忘れたのか?」

『な、何をよ!』

「さっき名乗ってやっただろ。俺は忘れられ師ロスト・ネーマーだってよ」

『……は? まさか、お主は!?』


 俺の不敵な笑みに、何かを勘付いたのか。目を丸くするワースに、俺はニヒルに笑ってやると、心で想いを伝える。


 さあ、顔を見せてやろうぜ。

 俺の精霊王仲間達


 瞬間。

 俺の周囲に囲むように、炎、水、風、岩、葉、光、氷、血の素体が生まれると、それが勢いよく各々の形に変わっていき、そこに八人の精霊王が姿を見せた。


『は、はぁっ!? な、何であんたが精霊王なんて呼んでるのよ!?』

「仲間の為には奇跡も起こす。忘れられ師ロスト・ネーマーを名乗るなら、それくらいできないとな」


 ティムの驚きに、煽りを交えた言葉で真実を濁す。

 俺がここまで何をしてきたかなんて、わざわざ教える必要なんてないしな。

 今ここに、万霊術師が存在する。

 その現実こそが、キャムに俺を脅威と感じさせ、ワースに可能性を与えるんだから。


「ワース。四霊神が、世界の危機に絡むわけにはいけないのなんてわかってる。だけど今はその力を貸してくれ! お前の大事な仲間を救うために!」


 笑みを消し、真剣な顔でワースを見る。

 俺を見たワースは、驚きから一転、優しい笑みを向けてきた。


『お主は相変わらず、暑苦しくて敵わん。まあよい。お主を信じ、力を貸してやろう。あの日お主と出会い、魔王討伐の為に力を貸した、友としてな』


 瞬間。ワースが俺の視界から消えたと同時に、ぴたりと俺の背に何かが触れる。


『記憶に刻め、その陣を。転移の宝神具アーティファクト直伝、奇跡の門をな』


 そんな言葉と共に流れ込んでくる、ある魔方陣のイメージ。

 必要となるであろう強大な魔力マナ

 これを使えば、忘れられ師ロスト・ネーマーであったとしても、魔力マナが回復するまで術は使えなくなる。

 それをはっきりと感じる、だけど強い力を感じる陣。


 それを理解した時、ふと走馬灯のように過ったある光景があった。

 呪いで意識のないロミナ。

 驚くフィリーネやルッテ、ミコラ達。

 そして、俺の行動を制したキュリア。


 ……挑むのに必要なのは、ロミナを魔王の呪いから解放しようとした、あの時と同じだけの勇気。


『……これで、お主は精霊門をひらける。後は任せたぞ』


 きっと俺の心を感じ取ったんだろう。

 背中から何かが離れた後、重々しい言葉で、ワースが俺を導く。


「ああ! 任せておけ!」

『ふざけないで! 絶対にやらせないんだから!!』


 俺の叫びと、キャムが動くのは同時だった。

 あいつが召喚したのか。突如あいつの周りに生まれた奴等がいた。

 狂った精霊達にゴーレム達。創生術師が生み出す、数々の人為創生物シンセティカルは、まるで軍隊のように宙に生まれ、舞い降りる。


 『喰らいなさい! 九つの死ノイントーテ!』


 必死の叫びと共に、八つの精霊と闇の力を同時に腕に纏った全霊創生物オールラウンダーが、一気に間合いを詰め俺に殴りかかろうとした。


『やらせません』


 けど、その拳は俺の横に並んだ白龍により生み出された、宙に浮かんだ白き魔方陣に阻まれる。


『どきなさいよ!』

『讓りません』


 無理矢理拳で魔方陣を貫こうとする全霊創生物オールラウンダーに、ディアが口を大きく開けると、強力な光の光弾を叩き込み、一気に押し返す。

 流石に闇にも守られているからか。全霊創生物オールラウンダーには傷ひとつつかない。が、かなりの距離を滑り、大きく後方に後退した。


『もういい! ディアも死んじゃえ!』


 叫びを合図に、狂った精霊達が全霊創生物オールラウンダーと共に、様々な属性の弾を撃ち込んでくるけど、それらもまた、ディアが展開した無数の障壁に阻まれ、打ち消されていく。


 これなら時間稼ぎとしては十分。だけど彼女もまた、俺に召喚されているだけ。

 術が切れれば元に戻ってしまう以上、精霊門を開けられたとしても、安泰じゃない。

 ふぅっと息を吐いた俺は、まるで独りごちるように、ここにいない奴等に声をかけた。


「皆。これから俺は、全力でお前達を導く。……後は、信じてるからな」


 多くは語らない。

 けど、あいつらなら言葉の意味を理解して、きっと期待に応えてくれる。

 俺がそう心で思っていると。


  ──「ふん。任せておけ」

  ──「安心なさい」

  ──「私、がんばる」

  ──「ちゃんと期待に応えてやるよ!」

  ──「私達わたくしたちが、貴方様をお護り致します」

  ──「うん。だからカズトは、安心して私達を導いて」


 何故だろう。

 聞こえたわけじゃないけど、あいつらがこう応えたような気がして、俺は思わず笑みを浮かべてしまう。


 ……よし。いくぜ。

 俺は少しだけ目を瞑り、心を決めると、強く叫んだ。


『八人の精霊王達よ! 絆で結ばれし仲間を救う為、その力を貸し、共に光を導け!』


 片膝を突き、右掌を勢いよく床にドンっと突くと、俺の周囲にいた精霊王達がそれぞれの素体に戻ったかと思うと、それぞれの力で床に複雑な魔方陣を描き出す。

 同時にまた俺の身体の魔力マナががくりと減り、強い倦怠感が俺を襲う。

 まだだ! まだ踏みとどまれ!


 俺は歯を食いしばり、手を突いたまま集中し、脳内に浮かぶ魔方陣を思い描く。

 そして、八つの精霊の力で描き切られた魔方陣が、前回同様、強く眩く輝いた。


『もう死んで!  死んで! 死んで!』


 ディアに全ての術や攻撃を止められていたキャムが、半狂乱気味に、がむしゃらに無数の精霊や闇の弾を放ち始める。


「ぐっ!」


 と、その時。俺に強い頭痛が走り、思わず顔を歪めると、荒い呼吸をしながら下を向く。

 同時にディアが光り輝いたかと思うと、白く気高い龍が消え、美咲を両手で抱えた、人の姿に戻ってしまう。

 それこそが、魔方陣に注ぎきった俺の魔力マナが足りなくなり、伝説の幻龍ハイレジェンド・ドラゴニアが維持できなくなった証であり、俺の死へのカウントダウン。


『やっと力尽きた! そのまま恐怖に震えて死んじゃえ!!』

「お兄ちゃん! 逃げて!」


 狂気を帯びた、愉悦を感じる叫びと、俺を思う叫びが同時に届く。

 確かに今の俺じゃ、これだけの弾なんて避けられはしない。

 そう感じた瞬間。俺は、ふっと笑う。


 キャム。

 きっとお前は忘れてるんだろうけどな。

 本当にいいもんだぜ。仲間っていうのは。

 こんな危険な状況にあったって。これだけ命を奪おうとする弾が迫ったって。

 仲間はそこに颯爽と現れて。


「皆。止めて」


 飛来する弾に優位な精霊の弾を重ねて打ち消し。


「やらせないわ!」


 雷縛の矢で、それらを次々と弾を貫き。


「通しません!」


 光る鎖の鞭で、華麗にそれらを叩き落とし。


「いくぜ!」


 気功翔弾で、一気に相手の弾を打ち落とし。


「温いな」


 余裕綽々な顔で、炎龍に炎の弾を打ち込ませ。


「絶対カズトはやらせない!」


 見事な闘刃スピリットエッジが同時に複数の弾を消し飛ばして、俺を救ってくれるんだ。


 ……ほんと。

 こんな時でも頼りになり、期待に応えてくれる。

 やっぱりこいつらは、最強で最高の仲間達だぜ。


『きぃぃぃぃぃっ!』


 望んだ俺の死が訪れず、ヒステリックな声を上げるキャム。

 まあ、そうもなるよな。全ての弾を、これだけ見事に防がれたんだから。


「カズト。大丈夫?」

「ああ。キュリア。助かった、ぜ」

「そこは我等も褒めるところではないかのう?」

「悪い。後で、ちゃんと、褒める」

「カズトはまだ辛いんだから。無理言っちゃダメだよ?」

「そうでございます。カズト。無理して喋らずとも大丈夫ですよ」

「しっかしよー。やっぱカズトの力を借りると気持ちいいな」

「本当ね。いきなり加護を授けてくれたみたいだけど。どうやったかは、後でゆっくり聞かせて貰おうかしら」

「ああ、そうして、くれ」


 息を切らしながら返事をする俺に、皆が笑みを向けてくる。

 やっぱり、聖勇女パーティーは頼もしいな。


 ……キャム。

 悪いが俺は、死んでやるわけにはいかないんだ。


 こいつらと未来を歩むため。

 フィベイルの国を救うため。

 どこぞの女王と王子の願いを叶えるため。

 俺は、光を導いた。けど、まだ終わりじゃないからな。


 今度は俺が、お前を救ってやるよ。

 未だにお前を想う奴等のために。

 お前を助けて欲しいと願った奴等のために。

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