第九話:四霊神の後悔

 今の声……まさか!?

 はっとした俺に、再び声が届く。


  ──『お主のお陰で、久々に旧友と逢えそうじゃな。そっちは女子おなごを頼む』

  ──『はい』


 そんなやり取りが聞こえた瞬間。

 俺の集中力が切れ、光神壁こうしんへきがパリンと砕け散り、闇が俺達を一気に──飲み込みはしなかった。


 突然勢いよく振られた身体に、一気に流れる視界。

 それが止まった時、俺が見た物。

 それは、俺達がいた場所を貫いた闇の波動と、全霊創生物オールラウンダーを挟んで反対側に見えた、美咲を抱えた女性の姿。

 長い白銀の髪。耳の上に生えた枝のような角。

 脇に目を丸くした美咲を抱えた、片眼鏡に白いローブ姿の彼女を、見間違えるはずなんてない。


「ディア!」


 思わず俺が叫ぶと、彼女がにっこりと微笑んだ直後。


『まったく。儂の名は叫ばんのか』


 同じく俺を傍に抱えた男から、不満げな声がする。

 顔を上げると、頭髪のなく、長い髭を蓄えた、緑の古臭いローブを纏った老人がにっと笑う。


「ワース! 何でここに!?」

『なーに。以前よりこの塔に入りたかったんじゃが、ずっとキャムが気配を消しておってな。やっと塔が姿を現したものの、今度は儂と転移門との繋がりをリーファがっておったもんで、中に入れなかったんじゃ。そんな折、お主が儂を強く望んだお陰で、お主がここにいると気付けたんでの。それを利用し、こうやって顔を出せたという訳じゃ。お主を助けたのはそのついでじゃ』


 憎まれ口は相変わらず。

 だが俺は、その頼もしい存在に感謝した。


『誰かと思ったら。今更何しに来たの? 私がカズト共々世界を滅ぼそうとしてるのに!』


 全霊創生物オールラウンダーが闇の波動を止め、組んでいた両手を離すと、同時にあいつの周辺に浮かび上がった。

 炎や水。光や氷など、沢山の属性弾が生まれると、それはディアとワース目掛け、勢いよく放たれた。


『まったく。舌を噛む。喋るでないぞ』


 やれやれといった顔をしたワースは、次の瞬間テレポートしたかと勘違いするほどの素早さで、それらを見事な体術で避けていく。

 年甲斐もない動き。だけど、息ひとつ乱さず、ワースは俺を抱えたまま属性弾を避け続けた。

 勿論ディアもそう。キャム同様、目で追うのがやっとの素早い動きで、流れるようにそれらを避け続けている。


 確かに無尽蔵に展開される属性弾。

 だけどそれが当たらないと判断したのか。


『まったく。面倒だなぁ。どうせ二人とも何もできないじゃん。だからカズトとその女を置いて帰ってくれない?』


 術を止めたキャムは、心底面倒くさそうな声を上げ、全霊創生物オールラウンダーが肩を竦めるポーズを取らせる。

 対するディアとワースもまた、動きを止めると全霊創生物オールラウンダーに向け正対した。


『確かに。我等四霊神はいにしえの盟約に従い、互いを傷つけられません。ですが、話くらいはできますから』

『相変わらずディアは上から目線だよね。別に頼んでないじゃん』

『お主が塔への道を閉ざし、我等との接触を避けただけじゃろうが』

『うるさいなー。ワースも相変わらず説教臭すぎ』


 四霊神同士の会話を聞きながら、俺は再び感じ始めた身体の痛みを抑える為、聖術、生命回復を無詠唱で掛けつつ、ワースに抱えられたまま、その様子を見守る。


『では、説教ついでに確認じゃ。何故世界を滅ぼそうと企みおった』

『いいじゃん。もうカズヒトもアイリスもいないんだし』

『私達は二人に託されたはずですよ。この世界の未来を護る為の使命を』

『うるさい! そんな約束をしたから、あの時二人を見殺しにする事になったんじゃない! ディアもワースも、何で二人を助けなかったよの! 何でカズトだけ救ったのよ!』

『……彼奴等あやつらが、魔族より世界を護るべく、死を覚悟したからじゃ』

『何でそれを受け入れたのよ! 私はもっともっと二人と一緒にいたかったんだよ!? ワースにも必死にお願いしたのに!』


 泣きじゃくる子供のように、じたんだを踏む全霊創生物オールラウンダーから届く叫びに、ワースとディアは少し寂しげな顔をする。


『あの時やってきた魔族達の力は強大。そのまま侵攻を許せば、世界は滅びの危機を迎える。しかし、我等に宝神具アーティファクトの護りを託し、力を得る事をしないと決めたからこそ、二人はその生命と引き換えに、魔族を滅し、その道を閉じたのじゃ。お主はその想いを無駄にする気か?』

『そんなの関係ない! 結局私達の事を見捨てただけじゃない!』

『……確かに、そうかもしれません。ですが、それもまた、二人が選んだ道。ですから──』

『ふざけないで!』


 怒気と共に、ワースとディアに放たれた巨大な火球。それをさっと飛びすさり避けた二人に、キャムは叫んだ。


『もういい! もうここに、カズヒトもアイリスもいない! 二人が死んだ哀しみしかない! そんな世界、なくなっちゃえばいいの! そうすれば、きっと哀しまず、楽しい時間だけが残る! そう、愉しい時間が残るよ? 皆が悲鳴をあげて、泣き叫ぶ。そんなのが沢山見れるんだから!』


 悲痛な叫びが愉悦に変わり、全霊創生物オールラウンダーをより邪悪な闇が覆う。

 それは悪の化身といってもいい禍々しさ。


『……カズトよ。随分と苦戦しておったようじゃが、聖勇女達はどうしたんじゃ?』

「キャムの策にかかって、精霊界に閉じ込められてる」

『なっ! 精霊界とな!?』

「ああ。カルディア達の助力で、精霊界からここに来ようとしたけど、キャムに気づかれて、それを逆手に取られた」

『そうじゃったか……』


 残念そうにため息をいたワースが、寂しげな視線をゴーレムに向けたまま、手にした杖を奴の頭に向け、魔術、疾走する稲妻を放つ。

 だけどそれは、無情にもゴーレムをすり抜け、向こうの壁に激突した。


『もういいでしょ? 二人とも、カズトとその女の生命を頂戴!』


 再び始まる、狂乱という言葉が相応しいほどの数の属性を帯びた弾が迫ると、ディアとワースは俺達を護る為、またも軽快な身のこなしでそれを避けていく。


 激しい動きを見せる中、ワースが俺に声を掛ける。


『儂もディアも四霊神。いにしえの盟約により、互いに傷つけあう事はできんし、お主の戦いの役には立たん。だが、お前とあの娘を逃がす事ならできよう。カズトよ。今は引け』

「は!?」


 俺は予想外の言葉に、思わず驚きの声を上げた。


「ここで逃げたら、キャムのやりたい放題だろ!?」

『だが、お主一人では何もできまい。時間をかけてでも聖勇女達を助け出し、そこから立て直すべきじゃ』

「そんな余裕があるのかよ!?」

『多少の犠牲は割り切れ。彼奴あやつとて、世界をたった一日で滅する事はできん。まだ時間はある』


 多少の犠牲は割り切れ?

 俺はその言葉に、思わず奥歯を噛んだ。


 やっぱり俺は温いのか?

 ロミナ達がいないと何もできないのか?

 結局、犠牲を払わないといけないのか?

 それでなくたって、カルディアとセラフィを犠牲にしてるってのに。

 ミルダ王女だってやばいってのに。


『カズト。決断するのです』


 ディアの重々しい言葉もまた、促しているのはワースの言った事への決断。


 くそっ。

 俺はここまで何をしてきた!

 皆を危険に晒しながら、ザンディオを倒し、試練を抜けてここまで来たってのに。

 俺は、結局それを無駄にするってのか!?

 どうすればいいんだ!?


 ぎゅっと目を瞑り、悔しさを隠そうともせず、後悔を噛み潰す。


  ──「『この国に未曾有の危機が迫ってる。それが本当なら両親や孤児達。それこそ大事な故郷に何か起こるかもしれねーだろ。俺、それを見過ごすのなんて嫌だ。だから頼む。危険かもしれないけど、俺に力を貸してくれ! この国を救う力になってくれ!』……どうだ? 似てるか?」

  ──「な!? 何でそんな事分かるんだよ!? 心でも読んだのか!?」


 国や家族を想い、助けを願い出たミコラ。


  ──『……悪いな。俺達の尻拭いをお前にさせて』

  ──『……ですが、信じています。あなたならきっと、友を救ってくれると』


 俺を助け、そう願った親父とお袋。


  ──『感謝する。後は、友を……頼む……』


 ザンディオも消える間際、俺にそんな願いを託してきた。


  ──「……済まぬ。ミルダを……頼む……」 

  ──「分かった。……戦いの疲れが抜けぬ中済まぬが、娘の事を頼む」


 妹であり、娘であるミルダ王女の事を、俺に託したザイードとミストリア女王。


  ──『マスター……キャム様を』

  ──『どうか、お救い下さい』


 キャムに従いミルダ王女を攫った時ですら、カルディアとセラフィだって、そう願って──。


 耳にしてきた皆の願いを思い返していた、その時。

 俺は、ある言葉を思い出し、はっとしたんだ。

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