第八話:全霊創生物《オールラウンダー》

 キャムがふっとその場高くに浮き上がると、突如彼女の背後の石壁が迫り出し、彼女を覆うようにぐるぐると上空で周り出したんだけど。それらが勢いよく彼女を覆い、一瞬でその姿を見えなくする。

 そのまま何かを形作るように、石壁はどんどんと組み上がっていくと、そこに生まれたのは、巨大なダンプカーくらいの大きさはあるゴーレムだった。

 そして、その身が燃え盛るように、九つの色のオーラに覆われる。

 あれは……八つの精霊と、闇の力か?


『うんうん。やっぱり創生術師としてこれくらい見せてあげないと、そこで這いつくばっている彼に申し訳立たないもんね』


 ゴーレムから響く、嬉々とした声。

 っていうか、こんな奴と一人で対峙しろってのか!?


 心が気後れしそうになるのを必死に抑え、俺はその場で立ち上がると、再び抜刀術の構えを取った。

 正直継続している光神壁こうしんへきのせいで魔力マナも減り、さっきの最後の希望ファイナル・ブレイブで身体に痛みが走り始めてる。

 この状況で、こんな奴相手にできるのか!?


『さて。じゃあこの全霊創生物オールラウンダーで、この力の試運転でもしよっと』


 大層な名前のゴーレムが、その巨体を揺らし、ゆっくりと一歩踏み出す。その動きはまるで重々しい重機のようにのっそり。

 得体の知れなさはある。けど、疾さなら──。


 瞬間。

 突如横から迫る強い風を感じ、俺は本能的に大きく横に飛び退いていた。と同時に、ドゴォンという音と共に、全霊創生物オールラウンダーの拳が俺がいた場所を打ち抜き、床をへこます。


『へー。四霊神の動きに付いてくるんだ。そこはやっぱり二人の子らしいけど。ちょっとムカつく』


 はぁっ!?

 今の動き、ほとんど何も見えなかったじゃないか!


 冷や汗を拭いながら、俺は風を感じる特訓をしていた事に感謝する。

 目で追ってたら、とっくにやられてた。だけど、今のはただ避けただけ。このままじゃ手はない。


『風の精霊王シルフィーネよ! 俺の身体に疾風を宿せ!』


 咄嗟に詠唱したのは、精霊術、疾風エアスピード

 持続系の術は正直魔力マナが減ってきてる今はやばい。だけど、なりふり構っていられるか。

 風が俺を包んだ瞬間、一気に身体が軽くなる。


『へえ。精霊術師じゃないのに精霊術とか使えるんだ。そんな所までカズヒトにそっくりとか。そういうの、本当にムカつく!』


 言葉に棘と怒りを込め、次の瞬間またも一気に間合いを詰めてきた全霊創生物オールラウンダーが、俺に鋭い拳を連続で向けてくる。


 何とかそれを避けながら、俺は必死に頭で戦い方を整理する。

 この巨体なら、足元に入れば余計な攻撃を受けずに済むか!?


 連打される巨大な拳。喰らったら死が視える。

 だからこそ避けて、だからこそ往なして踏み込め!

 恐怖を無謀に変え、それを勇気に焚べながら、俺は目で追うのもギリギリな巨体の動きを見切り、避ける。

 そうだ! ここで死ねるか! まだ誰も助けちゃいないだろ!


『うろちょろしないで!』


 苛立ちの言葉が、全霊創生物オールラウンダーの拳の振りを大きくする。

 闇に心を囚われているからか。狂気と反比例して動きが雑になっている。

 なら!


 俺は次に振るわれた拳を閃雷せんらいで往なしながら、一気に前に詰めた。

 石の剛腕に触れながら移動する鋭い刃が火花をあげる。

そのまま勢いのままに踏み込むと、刹那のタイミングで俺は無詠唱で風斬エアブレードを相棒に重ねた。


「そこだっ!」


 奴の片脚を切断すべく、同時に放ったざんひらめき。迷いなく振り切った俺の一閃。だけどそれは、突然 全霊創生物オールラウンダーの脚を覆った木の根に阻まれた。


 根の幾つかは断てたけど、結局脚まで風の斬撃を届かせるには至らない。


「ちっ!」


 この疾さで仕掛けても、精霊での防御が間に合うのかよ!?


『捕まっちゃえ!』


 キャムの叫びに反応し、生み出された木の根が一斉に俺や閃雷せんらいを絡み取ろうと一気に伸びてくる。

 くそっ。やらせるか!


 俺は、自分中心にその場で刀でくるりと床に円を描きつつ、そこに武芸者の技と炎の精霊王ファルビアの力を重ねた。


 抜刀術、孤月陣こげつじんによって放たれた斬波ざんぱに重ねた、精霊術、炎陣フレイムフィールド

 描いた弧と共に生まれた何十もの炎の帯が、迫る木の根を一気に燃やし、俺達に絡むのを防ぐ。

 と同時に、俺は一気に後方に跳躍して全霊創生物オールラウンダーと距離を取った。


『ちぇっ。面倒だなぁ。さっさと捕まるなり殴られるなりしない?』

「……ふざ、けるな」


 何とか言葉を返し構え直すけど、一気に多くの術をかけ過ぎて、既に俺の息があがってる。魔力マナも減り、神経もすり減らし、身体だって予想以上に動けてはいるけど、気持ちが切れたらやばいのが分かるくらいには疲労してる。


 ここまでで結局、起死回生のアイデアも生まれなきゃ、状況打破できる何かを見出せてもいない。

 せめてロミナ達が合流してくれたら希望もある。けど、その手段すら思いつかないし、思いついたとして実践できる状況にもない。


 ……もう、手詰まりなのか?

 そんな気持ちがもたげた瞬間。突然の目眩に、思わず俺は片膝を突く。


「はぁっ……はあっ……」


 妙に耳障りに感じる、自分の荒い息。


『あれ? なんだ。もう限界なの?』

「まだに、決まってるだろ!」


 呆れた、しかしどこか嬉しそうな声に、俺ははっと意識を取り戻すと、顔を上げ全霊創生物オールラウンダーをぎっと睨む。


 そう。

 俺はまだ、何もなしちゃいない!

 そう心を奮い立たせようと必死になったんだけど、俺はその時、完全に忘れていたんだ。


『そっか。このまま遊んでもいいけど、どうせだから、まずはあなたの絶望する顔でも見よっかな』


 瞬間。全霊創生物オールラウンダーは両腕を天に突き上げ、そのまま拳同士を握り合う。同時にそこに集まっていく、激しい闇の稲妻。間違いなく闇術あんじゅつ寄りの力。

 俺はその力に、無意識にを重ねてしまう。強大な闇を背負った、最悪の魔王存在を。


『さ、行っくよー!』


 あいつとは異なる無邪気な声。

 同時に全霊創生物オールラウンダーがふっと姿を消すと、素早く俺の脇に回り込む。それくらいなら追え──って、まさか!?

 俺ははっとしてちらりと反対側を見る。

 そこにいるのは、光神壁こうしんへきの護りを失った美咲。

 さっき意識が途切れたせいで、術が解けてたのか!?


「ちぃっ!」


 なんで俺は、そんな大事なことに気づかなかった!?

 キャムの意図を理解し、俺は咄嗟に美咲に向け一気に走り出す。


「お兄ちゃん! 後ろ!」


 美咲の声に反応し、肩越しに背後の全霊創生物オールラウンダーを見ると、奴は両手を組んだまま、前に手を振り下ろし、俺達に照準を合わせてくる。

 そして。


『二人して死んじゃえ! 無限の闇砲インフイニットダーク!!』


 叫びと共に放たれたのは、まるで神獣ザンディオのブレスのような、巨大で激しい闇の波動。


 はっ!? こんなの止められるか!?

 いや、止めろ!!


 詠唱は間に合わない!

 咄嗟に両腕を突き出し、展開した光神壁こうしんへきが、襲いくる闇を受け止める。

 その威力に、開幕から押し切られそうになるのを耐え、なんとか踏みとどまったけど、威力のやばさを示すように、一気に魔力マナががくっと減る。

 このままじゃ!


「美咲! ありったけの石を俺に割れ!」

「う、うん!」


 咄嗟に短く指示しながら、俺は同時に無詠唱で魔術、命魔転化めいまてんかを発動した。

 一気に痛みが走る身体と、回復する魔力マナ。直後、背中から流れ込む魔力マナと、回復を見せる生命。

 正直自身の身体が馬鹿になったんじゃって思うほど、目まぐるしく状況が変わる体調。

 でも、未だ収まらない闇の波動。


「くそっ!」


 ぐっと歯を食いしばり、必死に障壁を維持するけど、相手の術の威力がありすぎて、正直反撃なんて無理。


『馬鹿ね。私にはリーファが付いてるのよ。無限の魔力マナがあるんだから、そんな一時しのぎなんて意味ないよ? ね? だから死んじゃお?』


 狂気を孕んだ嬉々とした声。

 無限の闇の名に相応しく、全霊創生物オールラウンダーから向けられる闇が止まらない。

 このままじゃもうジリ貧。だけど、今何ができるってんだ?

 藁にもすがる思いで、俺は何とか頭痛のし始めた頭で必死に考える。

 だけど、この術が止まらない限り、動きようがない今の俺の状況は、正直もう手詰まり。


 脳裏に過ぎる死に、魔王に斬られた背中の古傷がズキリと痛む。


 俺はまた死ぬのか?

 美咲すら護れずに?

 ミストリア女王やザイードとの約束すら守れずに?

 ロミナ達やキャムを助けられずに?


 問いかけに、「はい」としか返せない絶望を拒み、俺はそれでも必死に足掻こうと考える。


 もし、ここで助かるとしたら?

 ロミナ達が何とか精霊界からこっちに帰って来る?

 また、親父やお袋、アーシェの力に救われる?

 美咲が秘めた力を持っていて、ここで解放される?


 どれもそんなの理想論。

 そんな夢物語、早々ある訳ない。


 キャムが宝神具アーティファクトの力を借りているように、俺もワースの力を借りれれば──いや。あいつは俺を助ける為にほとんどの力を失ったって言ってた。そんなの都合が良すぎる。

 だけど、今の俺じゃ……!


 またも痛みで意識が飛びそうになる中、己の無力さに思わず俯き、歯軋りする。

 じわじわと、光神壁こうしんへきが闇に押され始め、死のカウントダウンが近づく。


 ……くそっ。

 結局俺は、何一つ叶えられず、何ひとつ護れず死ぬのか。


 心にぴきりとひびが入り。


「皆。ごめん」


 そんな、諦めの言葉を呟きかけた、その時。


  ──『お主もついておるな。いや、儂らががか』

  ──『そのようですね』


 俺の心に聞き覚えのある声が、届いた気がした。

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