第六話:四霊神キャム

 威厳があるというより、小悪魔っぽい雰囲気の少女。

 それを具現化するかのように、幼なげな顔のはずなのに、その姿は妖艶だ。


 黒いビキニのようにも見える際どい服。

 森霊族らしからぬ、黒い蝙蝠のような背中の翼。

 露出する顔や腕、脚には、闇の文様がタトゥーのように浮かび上がり。

 空色のロングボブの髪の下、色白の顔には、色の濃い口紅に、深いアイシャドウが塗られているようにも見える。

 時折、そんな彼女の身体の周囲を走る闇の稲妻。それこそ、闇の力を有する者の証。

 夢で見た姿とかなり違うけど、彼女が……。


「……四霊神、キャム、か?」

『へえ。私の事知ってるんだ。この後殺されちゃうのに。偉い偉い』


 口角を上げ、それはもう愉しげと言わんばかりに、にやりと厭らしい笑みを見せる彼女。

 隠そうともしない殺意に、俺はしゃがんだまま、自然と美咲を背中側に押しやった。


「お兄ちゃん! あそこ!」


 警戒し過ぎてキャムにしか目がいっていなかった俺は、突然彼女の頭上高くを指差した美咲に釣られて、思わず上を見上げる。

 キャムの背後にある壁の天井付近。

 そこに、半球状に迫り出したガラスがあったんだけど、それを勢いよく叩き、こっちに必死に声を掛けてくる少女がいた。

 あれは──。


「ミルダ王女!」


 声も音も通らないのか。彼女の叫びも、ガラスを叩く音も、俺達の耳にはまったく届いていなかったんだけど。


『あら。知り合いなの? だったら折角だし、声を聞かせてあげる』


 くすくすと笑った彼女が指をぱちりと鳴らすと。


『カズト! そんな女などちゃちゃっと倒して、さっさとわらわを助け出すのじゃ!』


 と、今まで見てきた時と同じ、生意気な声が耳に届く。でも、その顔に見せているのは、今までの強気さじゃなく、必死さ。


『あら。あの子、随分生意気だけど、あなたが私を倒せるって信じてるみたいね』


 頭上に目を向けず、やれやれといった顔をするキャム。

 そこには、夢の中で泣いていた彼女の面影はまったくない。


「キャム。一体何をする気だ?」


 警戒を解かず、美咲と一緒にゆっくり立ち上がりながら、俺は敢えて理由を尋ねると、彼女はまた愉しげな顔をこっちに向けてきた。


『どうせ、裏切り者から聞いたんじゃないの?』

「裏切り者?」

『そうよ。まったく。素直にあの子も捉えてきたみたいだから、気を抜いてたけど。まさか精霊界を使って、あんた達を送り込んでこようとするなんて』

「お前は眠りについていたはずだ。それなのに何故俺達に気づけた?」

『単純よ。こういう事もあるかなって、現実世界で眠りにつきながら、精霊界に目覚めた意識を残しておいたんだもん。とはいえ、お陰で聖勇女とかいう子達は隔離できたし、余計な邪魔者がいなくなって助かったけど。あ、そこはカルディア達に感謝かもね』


 以前カルディア達は言っていた。

 四日過ぎるか、光導きし者がマスターの前に立てば、こいつは目覚めるって。

 実際きっかけは精霊界の通過だったとはいえ、キャムの言葉が正しければ、それまではカルディア達が言っていた通り、眠っていた事になる。

 それに、これだけ都合のいい展開になったのに、わざわざあいつらを裏切り者呼ばわりはしないだろ。

 って事は、あいつらがキャムに手を貸し、精霊門を使って俺達を嵌めようとした訳じゃないって事か。


「……お前、本気で世界を滅ぼす気か?」

『世界を滅ぼすじゃと!?』


 俺の問いかけが聞こえたのか。

 ミルダ王女の驚きの声が耳に届いたけど、そっちは後だ。


『勿論。でも、あなたが来るのが少し早かったから、まだお預けなの。だから……遊ぼう!』


 瞬間、向けられた鋭い目に、俺の背中に寒気が走る。


「きゃっ!」


と、同時に本能のまま、俺は背後の美咲を片腕で脇に抱え、素早くその場から飛び退った。

 直後、床から現れたのは、俺の背と同じほどの、無数の闇の棘。

 前にセラフィが向けてきた闇術あんじゅつと同じ。だけど、その数の違いに俺の肝が冷える。


『あれ? これを避けるんだ』


 少し感心した顔をするキャム。

 正直、あいつが向けた殺気と、嫌な風の動きを感じなかったら、俺達二人は串刺しになっていたに違いない。


『ま、いっか。その分楽しめるもんね。精霊界の女の子達も、あなたが傷ついてぼろぼろになるの、楽しみにしてるだろうし』

「ふざけるな!」

『ふざけてないよ。ここの映像見えてあげたら、きゃーきゃー悲鳴をあげてるけど、きっと楽しみにしてるよ。あなたが傷だらけで倒れて、私と一緒に世界が滅びる様を見て。絶望した顔をした瞬間、私に殺される姿を見るのを』


 ちっ。

 俺は思わず舌打ちする。

 美咲を抱えたまま、キャムと一戦交えてどうにかできる気はしない。魔力マナは消費するが、こいつを置いて、護りながら戦うしかない。


「美咲。ここから動くなよ」

「え? う、うん」

『聖なる力よ。の者を輝きし光で護り給え!』


 脇に抱えた彼女を立たせると、俺は彼女を中心に半球状に展開した光神壁こうしんへきで覆う。

 床より上にばかり目が行きがちだけど、実際には球体の術だからこそ、さっきのような床から攻撃しようとする術も防げるし、これなら俺が動いてもこいつは護られるはずだ。

 

 持続型の術らしく、早速魔力マナの減る感覚を覚える。

 どこまで踏ん張れるかは俺次第。まずは何とかこれで、俺が戦える状況を整える。


『へえー。武芸者なのに聖術を使えるんだ。やっぱり血のお陰なの?』

「いや。ただの努力の賜物だ」


 じーっと俺を見つめてくるキャムに対し、俺は空元気を見せつつ、一人だけ光神壁こうしんへきから歩み出ると、閃雷せんらいの柄に手を掛け、抜刀術の構えを取る。


『もしかして、私を殺す気?』

「いや。お前の目を覚まさせる」

『私、とっくに目覚めてるんだけど』

「元々のあんたが、世界を滅ぼすなんて事する訳ないだろ」


 俺が返した言葉が気に入らなかったのか。

 キャムは大きくため息を漏らす。


『別にいいじゃん。もうここにはカズヒトもアイリスもいないし。私にとって、要らない世界だもん』

「あの二人は、お前や他の四霊神に、この世界の未来を託しただろ。その想いを無碍にする気かよ」

『そんなの、もう関係ない』


 俺が心底ウザいと感じ始めたのか。

 キャムは露骨に表情に苛立ちを見せながら言葉を返してくる。


「何でだよ!?」

『あの二人が死んだからよ!』

「勇者と聖女だって死にたくて死んだんじゃないだろ! 本当はもっと生きたかったはず──」

『うるさいわね。そう言って、結局私を残して死んじゃったじゃない!』

「それは世界を護る為──」

『うるさい!』


 強く彼女が叫んだ瞬間。

 俺の左右に現れた、死神のような姿の、闇で形作られた二体の化身。そいつらが振ってきた闇の鎌を、俺は素早い身のこなしで後方に大きく避けると、迷わず踏み込み、鋭い抜刀で斬り倒す。

 キャムからの追撃はない。けど、その代わりに彼女は、発狂するように強く叫んだ。


『何が世界よ! 何が四霊神よ! 何が宝神具アーティファクトよ! 私はカズヒトとアイリスを助けたかった! ずっと一緒にいたかった! それが望みだったのに! 四霊神になったから助けられなかったのよ? 世界の為に見殺しにしたんだよ? 宝神具アーティファクトを使えば良かったのに! それすらしないで、この世界の人の為だけに死んじゃった! 私は二人と一緒にいられなかった! ……それで分かったの。こんな世界がなかったら、そんな事にならなかったんだって。だからもう、こんな世界なんて滅ぼして、死んだ二人を後悔させてやるの。勝手に死んだ事を! 私を四霊神にした事を!』


 その叫びには、間違いなく闇に心を囚われた歪みがある。

 そう思ったけど、同時に俺はその気持ちを否定できなかった。

 誰かを失う悲しみっていうのはきっと、それくらい辛くって、哀しいものかもしれない。

 死に間際のロミナ達の表情を思い出し、そう感じてしまったから。


 そんなキャムに同情し、世界の滅亡を指を咥えて見ている訳にはいかない。

 けど、現状どうすればこの状況を打破できるのか。その答えがさっぱり浮かばない理由は、山積みの問題ばかりがあるからだ。


 ロミナ達は精霊界に閉じ込められ、唯一の仲間は背後にいる美咲だけ。

 目の前にいるキャムと、同じく囚われたミルダ王女。

 美咲を護りつつ、ロミナ達やミルダ王女を助け、キャムを倒さないといけない。


 けど、どうする?

 俺は精霊門の開け方なんて知らないし、それ以外の方法で繋がる方法なんて知らない。

 美咲を術で護ってられるのも、俺の魔力マナが尽きるまで。

 だけど魔力マナが尽きれば、俺は武芸者以外の力なんて使えない。

 美咲の持っている巻物スクロールやヒールストーン、マナストーンだってもう数は多くない。

 そんな状況で、俺はどうにかできるのか?


 ……折れるな。まずはやるしかない。

 キャムをどうにかできれば、後から落ち着いて考えられるはず。


 心に迷いを抱えつつも、俺は無理矢理戦う理由付けをし、キャムの次の動きに集中していると。


『ま、遅かれ早かれあなたを殺すけど、ちょっと準備がいるんだよね。その間、折角だから、この子達と戦ってもらおうかな』

 

 悪戯を思いついた。そんな、意味ありげで怪しい笑みを浮かべたキャムがそう口にすると、彼女を挟むように、床に生まれた二つの闇の魔方陣から、黒い腕に纏わり憑かれた何者かがにゅっと姿を現す。

 そして、腕から解放され、二人が姿を現した瞬間。


「カルディア! セラフィ!」


 俺は、二人の名を叫んでいた。

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