第五話:師の予言

「しかし……聖勇女が黒き衣を纏うとは。まるで闇の眷族けんぞくだな」


 と。

 掛けられた静かな声に俺達二人ははっとして視線を向けると、そこでは未だ椅子に座ったまま、ミストリア女王がじっとこちらを見つめていた。


 冷たい……というより、その表情は何処か楽しげ。この格好を皮肉った台詞だけど、俺達を咎めるような雰囲気までは感じない。

 とはいえ、ここまでやらかしたからな。言い訳が通用するかどうか……。


「申し訳ございません。このような格好でこのような非礼。許されるものではないかもしれませんが、是非女王陛下に話を聞いて頂きたいのです」


 俺が頭で言葉を整理していると、術を止めたロミナがフードを取り、俺の脇で跪いてそう願いでる。

 その姿を見た女王は、ふっと視線をヴァルクさんに向けた。


「ヴァルクよ」

「はっ」

「カズトが現れるまではお主の師の予言通りだが、聖勇女まで付いて来るとは聞いておらんぞ」

「確かに。とはいえ役者は揃っております。丁度良いのでは?」

「まあ、確かに」


 ん? 師? 予言? 役者?

 女王が口にした言葉の数々違和感。それを整理しようとして、ある事に気づきはっとする。

 まさか……バルコニーの出入り口の窓だけ開けたままにしてたのは、俺達を誘い込む罠だったって事か。


 ……いや、でも待て。

 そもそも予言って、何で俺がここに来るなんて占う必要があったんだ?

 しかもヴァルクさんの師匠が? どういう理由でだ?


 困惑しながら俺とロミナが顔を見合わせていると、少しだけ目を細めたミストリア女王が、席から立ち上がり俺達を見た。


「ロミナ。カズト。かしこまる必要はない。立つが良い」


 言葉に従い、俺達はその場でゆっくり立ち上がると、女王は普段通りの真顔に戻ると、じっと俺達を見つめてくる。


「光導きし者、カズトよ。何故なにゆえにここに顔を出した?」


 ……何か仰々しい二つ名が付けられてるけど、今はそこに触れてる場合じゃないか。

 俺は真剣な顔で女王と視線を合わせると、ゆっくりと話だした。


「はい。女王陛下が口にした未曾有の危機。その理由を伺うべくやって参りました」

「しかし夜分、闇闇あんあんの内に現れるとは。ザイードとミルダを警戒したか?」

「仰る通りです。恐れながら、お二人がいらっしゃれば話がこじれ、まともに話を聞ける状況になるとは思えませんでしたので」

「ふっ。またもわらわ相手に息子娘への悪態をつくか」

「……大変申し訳ございません」

「構わぬ。確かに彼奴あやつらは感情的になり過ぎ。わらわも困っておった所だ」


 俺が頭を下げると、少しだけ笑ったミストリア女王が、再びテーブルに着いた。


「お二人共。こちらの席へ」

「あ、はい」


 ヴァルクさんに促され、俺達も女王と同じテーブルに付く。すると、彼は一旦部屋の窓を閉めに向かった後、女王の斜め後ろに立った。


 俺達を敵とは思ってないにしても、女王たる者何者に狙われるかも分からないから、って所だろうな。


「さて。カズト。まずはお主に問う。わらわに未曾有の危機について話せという、その真意は何だ?」

「はい。ひとつはミコラの故郷に何かあるのであれば、その危機から救いたいと」

「だが、それではお主が語った聖勇女達への想いに背く事になるであろう?」

「そこは私達わたくしたち皆で話し合い、ミコラの故郷を救う為に危険に挑む覚悟を決めております」

「ほう。流石は聖勇女と共に歩む者達、という訳か」


 ロミナの言葉に、女王は少し嬉しそうに微笑む。

 ……何処か冷たい雰囲気はあっても、やっぱり国の事を想っているのは変わらないか。


 初めて見せた柔らかな笑みを見て、俺は女王なりに嬉しく思ったんだろうと改めて感じる。


「で、もうひとつは?」

「仲間を危険に晒すのであれば、しっかりと危機を見定め、皆が生き残り危機を乗り切れるよう、少しでも対策を立てたかったからです」

「ほう。そこまで考えておるか。あの時ただ熱くなり無礼を口にした訳ではないのも納得であるな」


 ……これ、褒められてるのか皮肉られてるのか。一体どっちだ?

 正直どっちつかずな会話に困るものの、あまり心象を悪くしてもいけないと、顔に出そうになるのは必死に堪える。


「女王陛下。僭越ながら、本題に入る前にひとつお教えください」

「何だ? 言うてみよ」

「ありがとうございます。先程、ヴァルク様の師が、カズトがここに来るのを予言した、と仰いましたが、それは本当なのでしょうか?」


 そんな中。

 心に引っかかっていたのか。ロミナが本題の前にそんな質問をすると、ミストリア女王は一旦後ろに立つヴァルクさんに顔を向ける。


「ヴァルク。例の伝書を」

「はっ」


 彼は女王に応えると、腰のポーチより一枚の紙を開き、すっと俺達の前のテーブルに置く。


「『ヴァルクよ。この伝書が届いて数日ののち、聖勇女達と共に、光導きし者が現れる。一度目は非礼を聞き入れよ。さすれば二日後の夜。その者は闇より女王陛下の元に現れ、その苦悩に光をもたらすであろう』……」


 ロミナが淡々と読み上げた内容。

 それは確かに、内容だけ見れば俺の事を書いているように見えたし、予言と言われればそう。


 だけど俺はその内容以上に、そこにしたためられた文字に目を奪われた。

 達筆。それは間違いない。

 けど、俺はこの世界に来て初めて、まるで書道のような文字を見たからだ。


 この世界で書をしたためる基本は羽ペン。先を尖らせたペンで、例えるなら流暢な筆記体のような文字を書く事が殆どだ。

 だけど、筆で描かれたようなその文字は、この世界ではとても個性的だけど、何処か懐かしさを感じる代物……。


 そういや、さっきのも、この世界らしからぬ名前だったけど……。

 俺がこの伝書から生まれた疑問に囚われている間にも、三人の会話が動き始めた。


「これは?」

「それが私の師から先日届いた伝書です。内容から陛下にもお見せしました」

「その時、既にわらわは未曾有の危機への予兆を感じ、一人悩んでおった。その矢先に面識のないヴァルクの師から届いたというこの伝書を見せられ、数日後、お主らがこの国に入ったとの噂を耳にしたのだ」

「私は聖勇女様こそ面識はありましたが、カズト殿とは面識もなければ、その存在も知りませんでした。ですが、このような伝書が届いたのです」

「お主の師は鍛冶屋であろう? それがこのように占術紛いの伝書を寄越すとは。一体何者だ?」

「正直、師匠は底を見せぬ人物でしたので。心内しんないなど読めません」


 苦笑する彼に、流石のミストリア女王も、流石にあり得ないといった表情。

 まあ、確かに意図は分からない。けど、この予言じみた言葉が現実になったって事は、俺達はこの件に首を突っ込むって事は間違いないな。


「この伝書の話は置いておき、本題と入りたい所だが……この話をするのであれば、やはり場所は変えるべきであろうな」

「確かに。でお話された方がよろしいかと」

「あの場所、ですか?」


 俺が首を傾げると、凛とした表情を見せた女王はこう言ったんだ。


「うむ。伝承の真実を視る場所だ」

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