第五話:空似
あれから数十分後。
俺達はミコラに釣られて皆で広い食堂へと移動していた。
大きな長テーブルには既に左右に子供達が並び、賑やかにご飯を食べている。
「ほら。ディアス。ちゃんと座って食べなさい」
「サーサ。一緒にご飯食べるの美味しいよねー」
「美味しいよねー」
「うん。美味しい!」
なんて落ち着かない孤児達をあやすミトラさん達姉妹も大変そうに見える。と言ってもミケちゃんとミラちゃんは仲良く孤児達とにっこにっことご飯食べてるだけにも見えるけど。
そんな長テーブルから少し離れた四人席のひとつに、俺、ロミナ、キュリア、ミコラ。そしてテーブルの上にアシェが。
もう一席にルッテとフィリーネ、アンナが付き、俺達もまたミーシャさんの出してきた料理を味わっていた。
今日の食卓に並んだのはフィラベ料理であるガトロフ。
香辛料で味付けされたスープと、米みたいな穀物を炊いた、何処かカレーに似た料理だ。
勿論具材には肉がぶつ切りで入っている。
「ちょっと、辛いけど、美味しい」
「うん。これは本当に美味しいね」
「だろ? 多分俺が人生で一番食ってきた料理なんだぜ」
「だけど旅の間は作った事ないよな?」
「材料が揃わないんだよ。香辛料はフィラベ原産なのも多いけど、他の国じゃ結構高いし、肉も干し肉じゃこうはいかねーしさ」
料理を褒めたのが嬉しかったのか。
にこにこしながらミコラも美味そうに飯を食ってるけど、ほんと豚肉のジューシーさを残した焼き加減のまま、敢えて煮込みすぎてないからこそ、辛味に旨味が融合しててこりゃ美味いな。
俺達がそんな料理を堪能していると、長テーブルを挟み反対側の四人席に、厨房から出てきたミーシャさんが料理を並べている。
ガラさん達はあっちで食べるのか。
なんて視線を向け眺めていると、厨房からガラさんとひとりの少女が、楽しげに話しながら腰を下ろした。
癖のない、綺麗に切り揃えられた短髪の黒髪。
快活そうな笑顔が何とも印象的な、ここでは珍しく露出度控えめな半袖の衣服を身につけた人間。
年齢は……多分、十六歳位。
ガラさん達と一緒にいるとはいえ、普段だったらその孤児らしき人を特段気にも留めなかったと思う。
けど、彼女が目に留まった瞬間。
俺は目を離す事が出来なくなっていた。
何故なら、記憶にあるあいつが重なって見えたから。
「……カズト。どうしたの?」
「え? あ、いや。ちょっとこれが旨くって至福を感じててさ」
ふと掛けられたロミナの声に、俺ははっと我に返ると、慌てて適当に誤魔化し、再び飯に手を出し食べ始める。
だけど、頭の中では想い出の少女にあまりに似すぎた彼女が、頭から離れなかった。
目を合わせないようにしてたのに、無意識にまた、ちらりと視線を向こうのテーブルに向けてしまう。
……と。
俺の視線に重なったのは、こちらを見つめる少女の視線。それが俺をドキリとさせた。
孤児達の声に遮られ、声までは分からない。
だけどガラさんとミーシャさんが首を傾げ声をかけた為か。はっとした少女は二人に慌てて笑みをむけ取り繕うと、再びガトロフを食べ始める。
「……なあ。どうしたんだよ?」
と、今度は怪訝そうなミコラの声が届き、俺はギクリとすると彼女に向き直る。流石にガン見してたし、変に取り繕えないか……。
「あ、いや。その、随分と黒髪が印象的な子だなって」
「……カズト。黒髪の子、好きなの?」
「そ、そういう訳じゃないって。ただ、あそこまでしっかりと黒い髪って珍しいだろ」
「確かにそうだね。私もカズト以外じゃあんまり見た事ないもん」
俺の言葉にロミナは失礼にならない程度に。キュリアとミコラは露骨に向こうのテーブルに視線を向けた。
「ま、確かに珍しいっちゃ珍しいよな」
「あの子も孤児なのか?」
「みたいだぜ。よく手伝ってくれて助かるって親父達も言ってたけど、確かに色々手際は良かったな」
少しの間視線を向けていた彼女達は、それに飽きたのか。ミコラとキュリアは再び食事に手をつけ始めた。
……幾ら何でも似すぎてる。
まさか、本当にあいつなんだろうか?
一瞬名前を聞くか迷う。
だけど、それを聞いてどうする?
大体あいつが記憶の中の姿のまま、ここにいるはずなんてないだろ。
結局他人の空似。
それ以上でもそれ以下でもないさ。
心音が高鳴るのを誤魔化し、あり得ない現実を否定するように、俺は無心で飯を食べ進めたけど。
さっきまで美味しかったはずの料理の味なんて分からない程、頭の中は混乱し、動揺してたんだ。
§ § § § §
「美味しい手料理をご馳走いただき、本当にありがとうございました」
「いえいえ。大したお構いもできませんで。当面滞在されるのですし、また気是非お顔を出してください」
「ミコラ。家にいる間、しっかり親孝行せい」
「わーってるよ。ま、後でちゃんと宿は教えろよ。それから観光に出る時は声かけろよな」
「観光位は手慣れたものよ。気にせずいなさい」
「そうはいくかよ。そう言って旨いもの食いにいかれるのも癪だし」
「ミコラ。お前はもう少し礼儀を
「お袋は気にし過ぎだってー」
「ミコラ。お母様の言うこと、聞こう?」
「キュリア。お前がそれ言うなって」
真顔で戒めるキュリアに対し、露骨に不満そうな顔をするミコラ。中々珍しい光景に、皆がクスクスと笑う。
「それじゃ、ミコラ。またね。では、失礼致します」
ロミナが会話を締め、互いに頭を下げると俺達はミコラ達に手を振り、家の門から道に出た。
「さて。宿は何処にするかのう?」
「先程ガラ様より、商業区に良い宿があるとお聞きしましたが」
「じゃ、まずはそこに行ってみましょうか?」
「うん。カズトはそれでいい?」
「ん? ああ。任せる」
皆と並んで歩き始めた俺だけど、正直心は上の空だった。
結局さっきの少女と話す機会も、面と向かって顔を合わせる事もなかった。相手も一度は俺を見てたし、それでも声が掛からないって事は、やっぱり赤の他人だったって事だろ。
感情が露骨に顔に出ていたのか。
「……カズトよ。何があったのじゃ?」
というルッテの言葉と共に、そこにいる皆の視線が俺に刺さった。
「いや、別に」
「誤魔化しても無駄よ。随分とロミナ達に心配されてたじゃない」
「あー。飯の味思い返してただけだよ」
「……本当?」
キュリアの問いかけを体現するかのように、皆が怪訝……というか、何処か心配そうな顔をしてる。
……ったく。
俺は自分の不器用さに思わず頭を掻く。
何もなくはない。
でも、ここで勝手な思い込みを話す必要はないだろ。
だから、今は──。
「待って!」
頭の中で色々と考えていた言葉が、背後からかけられたたった一言で吹き飛んだ。
耳にした声。
それがまた俺の心音を早める。
皆が声に足を止め、同時にゆっくりと振り返ると、道の真ん中で息を切らした黒髪の少女が、やや前屈みに息を整えた後、背筋を伸ばし、顔を上げた。
視線はロミナ達の誰にでもなく、間違いなく俺にだけ向けられている。
迷いを断ち切るように大きく深呼吸した少女は、不安と期待が入り混じったような複雑な表情のまま、ぎゅっと胸元を掴むと。
「
そう、懐かしい声で呟いたんだ。
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