第四話:ミコラの両親

「ちょっと狭くて悪いな」

「ううん。十分だよ。ありがとう」


 俺達が案内されたのは、建物の中の一角にある応接間だった。

 長い素朴なソファーに向かい合うように座っていた俺達に、ミコラが手慣れた手付きで見知らぬ飲み物が入ったカップをテーブルに置いていく。


 何だ? 紅茶っていうか、お茶に近い色だけど、ほのかにコンソメスープっぽい香りがするな。


「これは何じゃ?」

「フィラベ名産のひとつ、砂漠花茶サンドフラワーティー。ま、飲んでみろよ」


 ルッテに対し笑みを向けたミコラがそう返したとほぼ同時に、


「……スープ?」


 と、いきなりカップに口をつけたキュリアがそんな感想を述べた。

 ってかお前はほんと、遠慮を知らないな。


「そう思うだろ? 何気に砂漠じゃ塩分不足しがちなんだよ。で、砂漠花サンドフラワーの花はほのかに塩気があって、お茶にするとスープっぽい味になるんだ。何気に揚げ物もうめーんだぜ」

「ほう。中々の味じゃの」

「そうね。口当たりも良いし」


 皆が感心しながら口にする姿を、表向き自慢げな笑みで見守るミコラ。ま、内心ほっとしてるのは顔を見たら分かるけどな。

 でも確かにこりゃ中々イケるな。

 今後の旅用に少し乾燥した花でも買っておくのも良いかもな。なんて事を考えていると、部屋の扉がコンコンとノックされた。


「ミコラ。いるのか?」

「ああ。入っていいぜ」


 声を聞いた瞬間、より嬉しそうな顔になった彼女が声を返すと、ゆっくりと扉が開き入って来たのは、ぽっちゃりとした獣人族の男女二人。


「……ミコラ。お帰り」


 ミコラを見るや否や、瞳を潤ませた女性が、両手を広げ歩み寄ると、彼女もそれに合わせて女性を抱きしめる。


「何だよお袋。辛気くせーなー」

「五月蝿い。でも、無事で良かった……」


 声を震わす母親に対し、思わず鼻をすすったミコラも少し目を潤ませぎゅっと強く抱きしめ返す。


「お帰り、ミコラ」

「ただいま」


 短く交わされる挨拶に、二人の幸せそうな笑み。

 ロミナとリュナさんもそうだけど、魔王に挑んで五体満足で帰って来れるなんて思える人は、実際世の中にそう居ないだろう。

 だからこそ、互いがこうやって生きているってのは、家族ならきっと、尚更嬉しいんだろうな。


 そんな感動の再会を見守るミコラの父親らしき人物も目を潤ませ嬉しそうな顔をしていたが、俺達が微笑ましく見つめているのに気づいたのか。はっとするとこちらに身体を向ける。


「ああ、申し訳ございません。あなた方がミコラとパーティーを組んでくださった聖勇女の皆様で?」

「はい」


 ロミナに続き俺達が立ち上がると、父親は深々と頭を下げた。


「この度は、娘が本当にお世話になりました。孤児院の為って家を飛び出した娘が、よもや魔王に挑む事になるとは思いませんでしたが。こうやって無事に再会する機会を与えてくださり、本当にありがとうございます」

「いえ。こちらこそ、ミコラさんがいなければ、厳しい旅を乗り越える事は出来なかったですから」

「おいロミナ。呼び捨てでいいって。さん付けとか気持ち悪くって堪らねーぜ」


 母親との抱擁を終えたミコラがこっちを向くと、笑い飛ばすようにそんなことを口にしたんだけど。


「これミコラ。お世話になった方々になんて口の聞き方してるの」


 と、今度は母親が少し怒った口調で叱り出した。


「お母様、大丈夫ですよ。普段通りにさせてやってください」


 と、ロミナが苦笑しつつフォローを入れたんだけど。


「そうですか? 本当にしつけがなっておらずすいません。ほら。あんたも頭を下げて」

「な、何でそうなるんだよ!?」

「いいからほら」


 今度は言い訳をするミコラの頭を抑えつけ、頭を下げさせる母親。

 まるで漫画やドラマでしか中々見ないような光景がそこにあって、ちょっと微笑ましくなるな。


「皆様はお気になさらず。まずはお座りください」

「あ、でしたらご両親はこちらへ。ロミナ達は座っててくれ。アンナ、フィリーネ。悪いけどいいか?」

「ええ。構わないわ」

「はい」


 ロミナ、ルッテ、キュリアの向かいに座っていた俺達が席を立ち、ロミナ達の背後に回ると、


「わざわざすいません。ミコラ。ミーシャ。お言葉に甘えよう」

「はい。あなた」


 夫婦が声を掛け合うと、ミコラ共々空いたソファーに腰を下ろした。


「ご紹介が遅れました。私がミコラの父、ガラ。こちらが家内のミーシャです」

「私がリーダーのロミナです。隣に座るのは、こちらがルッテで、反対がキュリア。後ろにいるのがフィリーネ、アンナ。そしてカズトです」


 ロミナの紹介に合わせ俺達が頭を下げると、合わせて夫婦は丁寧に頭を下げてくれる。

 見ただけで人が良さそうって分かるな。まあ、それ位の性格じゃないと孤児院の経営なんて中々やれないだろうしな。

 

「ご丁寧にありがとうございます。ちなみに今回は何用でこちらまで?」

「ミコラが久々に家に戻りたいとの事でしたので、折角なのでご一緒させていただきました」

「という事は、お前もそろそろ家で落ち着くのか?」


 驚きと合わせ少し嬉しそうな顔を見せたガラさんだったけど、その言葉にミコラが少し気まずそうな顔を見せる。


「あ、えっと、その。少し息抜きに滞在するけど、俺はまたこいつらと旅に出ようって思ってる」

「え? あんたはうちの孤児院の為にお金稼ぐって家を出たんだろ? だけどあんたのお陰で今や国から支援も受けているし、もうお金の心配は要らないんだよ?」

「そりゃ分かってるって」


 確かに前に言ってたな、その話は。

 そう考えると確かに今のミコラには本来の旅の理由はなくなってる。だけどその反応は歯切れが悪い。


 ちらちらっと俺達に目配せする彼女。

 まあ、何となく理由は分かる。俺達とまだ楽しく旅をしたいんだろうな。


「ご両親には大変申し訳ないのですが。彼女もやっと魔王を倒し、気楽に我々と旅ができるようになりました。それに彼女はこの聖勇女パーティーに欠かせない仲間でもあります。娘さんを心配する気苦労もあるのは重々承知ですが、よろしければ引き続き、我々と旅を続けさせては頂けませんか?」


 俺が彼女の心を代弁しそう口を開くと、両親の視線が俺に向く。


「ですが、この子の性格です。色々とご迷惑をお掛けしてはいませんか?」

「そんな事はございませんわ。彼女は充分私達の力となっていますし、互いに認め合っておりますので」

「まあ、少々大食いで少々喧嘩っ早い所もあるが、仲間想いなのは確か。それだけでも共にある価値があると思うております」

「おいおいルッテ。その言い方はどうなんだよ!?」


 わざと本音を口にしたルッテに、露骨に不満そうな声をあげるミコラ。

 だけど、今は両親の前。


「こら、ミコラ。お前は黙ってなさい」

「そうよ。どうせ喧嘩とかに混じったりして迷惑かけたんでしょ。すぐ分かるわよ」

「そ、そこまではしねーって」


 両親の言及に勘弁してくれと言わんばかりの顔をする彼女を見て、思わず俺達がクスッと笑う。その雰囲気が場を和ませたのか。両親もまたほっとした笑みを浮かべた。


「こんな娘で申し訳ございません。皆様がよろしければ、もう暫くご一緒させていただいても?」

「はい。喜んで」


 ガラさんの言葉にロミナが微笑むと、両親は笑みを交わし、ミコラもほっと胸を撫で下ろした。まあ直後にルッテに向けた白い目は、後で覚えてろと言わんばかりだったけど。


「因みに皆様はどの程度フィラベにご滞在で?」

「はっきり決めておりませんが、折角のミコラの里帰りですし、二週間程ゆっくりさせてやりたいなとは」

「そうですか。宿がお決まりでなければ、手狭ではございますがこちらにお泊りになりませんか?」

「お気遣いはありがたいのですが。私達に気を遣い過ぎ、折角の家族水入らずの時間をお邪魔してはいけませんので、私達は別に宿を取りたいと思います。ミコラは実家でゆっくりして。宿は後で教えるから」

「ああ、分かった」


 ロミナの言葉にミコラが頷くと、ガラさんがこう持ち掛けてきた。


「でしたら、折角ですので昼だけでもご一緒に如何でしょうか? 孤児達と一緒なので少々騒がしいかもしれませんが」

「お。それはいいな! 折角だし食ってけよ。ほんとお袋の飯の味は保証するぜ!」

「ロミナ。お腹空いた。一緒に食べよ?」


 美味しい飯と聞いて、素直にそうロミナに問いかけるキュリアに、ロミナは少し考えた後、


「皆はそれでもいいかな?」


 と問いかけてくる。


わたくしは構いません」

「我も良いぞ」

「よろしいのではなくて。カズトはどうかしら?」


 まあ、断る理由もないし、ミコラが認める味なら、一度は味わっておいて損はないだろ。


「ああ。俺も構わないよ」


 満場一致となる答えを聞いて、ロミナは振り返ったまま笑顔を見せると、ガラさんに向き直る。


「では、お言葉に甘えてもよろしいですか?」

「はい。是非。では準備ができましたらお呼びしますので、少しこちらでお待ち下さい」

「ミコラ。あなたはちょっと手伝いなさい」

「分かってるよ。じゃ、皆。楽しみにしとけよな」


 返事に嬉しそうな顔を見せたガラさん夫婦とミコラは立ち上がると、夫婦は会釈をし、ミコラは笑顔を見せて部屋を去って行った。


「どんな料理、出るかな?」

「子供達の分も作るとなれば、やはり量の作りやすいスープかのう?」

「後は炒め物かな? どんな料理が出てくるか楽しみだね」


 なんて話すキュリア、ルッテ、ロミナの三人。


「ミコラの料理の味がどれだけお母様に近いのか。それも楽しみね」

「確かに、ミコラも料理はお上手であられますからね」


 なんて言いながら、立っていた俺達もソファーに戻り、どんな料理が出てくるだろうかと話に花を咲かせる。


 さて。食卓に並ぶのはフィラベ特有の郷土料理か。

 はたまたミーシャさんのお袋の味か。

 どちらにしても本当に楽しみだ。

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