第六話:狭間の夢

『うう……』


 ……誰かが泣く声がする。

 俺がゆっくり目を開くと、まっさらな世界の中、ひとつの闇が見えた。


 その中からする嗚咽。

 誰がいるのかは見る事ができない。


「……どうしたんだ?」


 俺は妙にそれが気になって、ぽつりと呟く。

 と。闇はふっと形を変えた。


 鏡?

 そう形容するのが正しいのかは分からないけど、もやもやとした霞状の闇の中に、ある映像が映る。


 何処かの石壁の部屋。

 膝を抱えて泣く、ひとりの少女。

 鮮やかな空色の長髪。透き通るような白い肌。尖った耳。あれは、森霊族か?


『……何で死んじゃったの? 何で私を置いて行ったの? 私は、ずっと、ずーっと、二人と……皆と一緒にいたかったのに……』


 俺に気づいていないんだろう。

 その少女はただ、寂しそうに呟き、泣き続ける。


『私が皆と頑張ったのは、こんな日の為じゃなかったのに……。こんな寂しい世界の為じゃなかったのに……』


 俺にはそれが何を意味しているのか分からない。

 だけど、何となく取り残される寂しさを感じるその光景に、少し胸が痛くなる。


 そんな時だった。


『……救えるのはお前だけだ。お前が、キャムを救え』

「キャム?」


 何処からともなく聞こえた、静かな男の声。

 相手は俺を知っているような口振りだけど、俺にはそこに映っているキャムなんて少女も、耳にした男の声も、全く記憶にない。


「……誰だ?」


 俺が見えぬ男に問いかけると。


『何時か、知る時が来る』


 声色の変わらぬ落ち着いた声がしたかと思うと、目の前にあった闇の鏡が霧散し、少女の声も聴こえなくなり。俺の意識は白き世界に飲まれるように、また遠くなっていった。


   § § § § §


 ……ふっと鼻を突くアルコールの臭い。

 それが俺を嫌な気持ちにさせる。

 と同時に、ゆっさゆっさと揺れる感覚に気づき、俺はゆっくりと目を開く。


 強い陽射しの下、誰かにおぶられている感覚。

 袖のない服から見える、毛並みの良い細い腕。ちらりと目を相手の首元に向けると、そこには赤髪がちらちらと揺れている。


「……ミコラ、か?」

「お。起きたか?」


 俺の声に反応し、顔を少しこっちに向けたミコラが、少し安堵した顔で笑う。


「カズト。大丈夫?」


 俺の道着の袖をつまみながら並んで歩いていたキュリアも、その奥を歩くアンナもまた、不安げな表情をしてる。


 そっか。

 俺、消毒の時の痛みで……。


「ああ、悪い。もう大丈夫だ。下ろしてもいいぞ」

「あー、それは却下」

「何でだ?」

「グラダスさんが言ってたぜ。流石に手荒にせざるをえなかったから、傷は治ってるけど明日も痛むかもってさ」


 視線を前に戻したミコラが、普段のような軽い口調でそう話す。

 まあ、確かに染みたのもあったけど、同時に砂を取る為擦られてた感触もあったしな。実際その話を聞いて、背中がまだズキズキしているのを思い出す。


「カズト。今日は、大人しくしよ」

「あ、いや。でも……」


 ふっと周囲を見渡せば、町の人達がおぶわれた俺に奇異の目を向けてくる。

 情けない男に呆れてるのか。それとも同情してるのか。

 正直それはわからないけど、俺はそれが少し憂鬱に感じてしまう。


「貴方様は十分頑張られました。何も気にする事はございませんよ」

「うん。カズト、頑張った」


 感情が顔に出ていたのか。

 優しい微笑みと共にアンナが慰めの言葉を、キュリアがふんすと拳を握り、褒める言葉を掛けてくると、


「そうだぜ。もしお前を笑う奴がいたら、俺がぶっとばしてやるから」


 ミコラもそう言って、にこっとした横顔を見せる。


 ……まあ、気持ちは分かるけど。これはこのまま素直に運ばれろって事だよな。

 ま、仕方ないか。気絶した俺が悪いんだし。


 内心ため息を漏らしつつも、俺は三人に「ありがとな」と礼を言った。


「そういやロミナ達は?」

「お三方はグラダス様が話があるとの事で、門の所に残られました」

「話? 何かあったのか?」

「何でも、巨大蠍ギガ・スコーピオンと、あちらを対象とした討伐クエストの扱いについてと仰っておりましたが」

「クエストの扱いか……」


 そういや元々こいつの討伐クエは、あの四人組が受けてたって言ってたな。

 確かに俺達が助けに入り倒した事で、クエストに対する報酬の扱いとかが色々問題になりそうだけど……。


「カズト。お前はどうしたかったんだ?」

「……本音を言っていいか?」

「ああ、いいぜ」

「あいつら四人が普通にクエスト達成したって事でいいと思ってる」

「……何で?」


 不思議そうにキュリアが首を傾げる。ま、そんな反応にもなるよな。


「元々あいつらがクエスト受けて戦ってたんだろ。確かに町の側まで釣ったのはどうかと思うけど、それがなきゃ俺達が手を出す事もなかった訳だし。大体助けに入ったのは俺の身勝手。報酬目当てでもなかったからさ」


 俺がそう説明すると、ミコラがははっと乾いた笑い声を出す。


「ったく。お前って本気で欲とかないのかよ?」

「なくはないさ。だけど今回はそういう話だし。何ら間違ってないだろ?」

「本当に、カズトはお優し過ぎますね」

「うん。優しい」

「ん? いや、そんな事ないだろ?」


 俺は納得が行かない顔をするけど、彼女達はそんなのは関係ないかのように、各々おのおの満足そうに笑みを交わす。まるで、俺がこう返すのが分かっていたかのように。


「ま、きっと大丈夫だろ。ロミナ達もって」

「うん。

「そうですね。ですから、カズトはお気になさらずに」


 ……なんか、最近皆に心を見透かされてるような気分になるのは気のせいか?

 俺ってそんなに単純なんだろうか? これでも色々考えてるんだけど……。


 何となくもやっとする感覚に、俺は困った顔を見せつつ、ミコラにおぶられたまま宿に戻っていったんだ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る