第36話 黒い夢
真っ黒な部屋に、華はいた。
光が微塵も入ってこない部屋だ。
どうして部屋だと思ったかは、感覚でしかない。
4畳ぐらいの、小さな部屋にいる。
華はそう思って、立っている。
見回しても黒、もちろん、自分の手も黒。
ガバッと顔を撫でてみたが、感触はある。
顔の凹凸、耳、髪の毛もあるようだ。
もちろん、動かしている感覚もある。
だが、全く見えない。
もはや形のない概念になった気分だと思った華だが、
それはそれでオモロ!!!
こんな異空間でもポジティブな華だが、足の裏の感触に気づいた。
床に足をこすってみる。
自分はどうも裸足で、石の床に立っているらしい。
ということは、全裸なのだろうか?
華は顔から体をなぞっていく。
すると、着ることのないワンピースを着ていた。
腕が出ているノースリーブのタイプで、スカートはプリーツがないタイプ。
丈は膝丈ぐらいに感じる。
華は服を着ていたことに安堵した。
見えなくても、服を着ていないというのは、無防備がすぎる!
ただワンピースの柄がわからないのは残念だ。
なので、華は水玉模様のワンピースを思い浮かべて歩こうと、足を持ち上げた。
絶対着ない柄のワンピースに心を躍らせたのに、足を持ち上げた時の感触に、華は片足をあげたまま、固まった。
猫がいる──
そっと足を下ろす。
ふわりとする。
絶対、猫の毛皮だ。
間違えようがない。
ランドンの毛皮ではないのすらわかる。
それでも、ここがどこなのか、本当に4畳程度の広さなのか、華は知りたい。知りたくて仕方がなくなる。
いや、むしろ、事細かに知りたい。
服を着た概念なのだから、知りたがりになってもいいのでは!?
好奇心しか、彼女の心にはないようだ。
華は壁を探すことを続行した。
すり足で足を動かしていく。
するっと猫に当たると、当たった猫はよけてくれるが、すぐに別の猫に足が当たる。
みな、寝転んだり、歩いたりとさまざまだが、華のことをよけてはくれない。
まるで存在していないかのよう。
触られたから避ける、ぐらいの反応の鈍さ。
ずりずりと、猫を蹴らないように進むこと7歩。
半歩に近い7歩だから、3メートルは進んだだろうか。
4畳の広さは、約3.6メートル×1.8メートル。長い方に動いていれば、腕を伸ばせば壁につきそうだが、その気配はない。
おそるおそる3歩進んで、腕を伸ばすが、やはり壁はない。
歩いているつもりで、実は動いていない説を華が立てたとき、不意に呼ばれた。
「華……」
聞き間違いかと、耳を凝らすが、
「華……」
数歩近づいて声が聞こえる。
どこか聞き覚えがある。
耳をじっとすます。
「──華!」
耳元で呼ばれた声に、華はたまらず尻餅をついた。
だが、床に猫はいない。
消えている。
「婆ちゃんね、華のために、がんばってるの」
そう言われて初めて、この声が祖母だと気づいた。
声を忘れてしまってたなんて……
その事実に、華は泣きたくなる。
まさか、あの大好きな祖母の声を忘れるなんて思ってもいなかった。
大きなショックに震える華に、祖母がかがみ込んだ。
華の顔を覗き込んでいるのもわかる。
顔は見えない。
だが、鼻息が頬にかかる。
「だから華も、婆ちゃんとの約束、守ってくれるもんね?」
約束?
約束?
約束?
約束?
約束……?
秋空の薄い空のなか、祖母の手が、小さな華の手を離さない。
ただ、華は怖かった。
これから死ぬ人の手が、怖かった──
飛び起きようと、華は体をおこしたつもりだったが、華の目が開いただけだった。
なぜなら彼女の体は、布団で簀巻きにされていたからだ。
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