第24話 いざ、出陣準備!
昼前の出来事は、華は寝ぼけていたと思うことにした。
……が、興奮はしていた。
自分の家に、噂の『影人間』がでてきたのだから。
さらに、自身に触ろうとして、喋ったという、事実がある。
これは、かなり進化した影人間が、自分の前に出てきたことになる……!
だが、情報が足りない。
自分が思い込みで作り上げた妄想だと、否定できないからだ。
昨日、影人間の話を聞いてから、四六時中、
『いたらいいな』
『でてきたらいいな!』
華はずぅーっと思っていた。
林の中だって、今日の朝の霧のなかだってそう。
怖いけど、どこかに隠れていてほしい……!
この念が、妄想で具現化された。
そう言われたら、正直、「あーそーかも」と納得できてしまう。
「……もっかい、見れないかな……」
「ねーちゃん、お蕎麦、どう?」
萌の声に戻された。
大きな鍋でそばがぐるぐるとお湯のなかを巡っている。
すでにおいなりさんは作成済みだ。沢庵のみじん切りと白ごまを混ぜて、包んである。食感も塩気もちょうどいいおいなりさんになった。
一本とりあげ、水で冷やして食べてみる。
もう少しだと思いつつも、茹で上がり時間を確認しながら、残りの時間を逆算していく。
すでに慧弥とコンルは来ており、ユミ、チャトラン、チャチャといっしょにリビングでくつろいでいる。華の家の猫たちもいっしょにくつろいでいるが、家に残ったパンダの声がよく聞こえる。
「くる!」という、おやつの催促が、圧が強い。
「パンダ、みんなでご飯食べてからねー」
華がいうと、一応は納得したのか、黙って丸くなった。
他の猫たちもパンダのまわりで寝始めたのを見て、華は慧弥に指示を出す。
「慧、みんなにご飯、あげてくれる?」
この言葉で、猫にご飯だとわかるのが、この村ならではかもしれない。
慧弥は慣れたもので、猫用タンスからカリカリを取り出し、あげていく。
コンルには、慧弥から水を入れ替えてといわれたようで、ちゃんと器を洗い、水を注いで、コンルは供えていく。
水を飲む猫をコンルは眺め、満足そうだ。
華と萌は、お蕎麦の盛り付けにとりかかっていた。
一度、冷水でしめたそばを温め直し、どんぶりへ入れていく。
もちろん、慧弥とコンルは大盛りだ。
そこに各種具材をのせて、熱々のつゆをかければ、完成!
テーブルにならべられたどんぶりを前に、皆静かに席に着くと、
「はい、どうぞー」
華の声に合わせ、「「「いただきます」」」の声が響いた。
さっそくとみんなで食べ出すが、コンルには割り箸と、レンゲが渡される。
「フォークじゃ食べづらいと思うから、箸はそれ使って。箸で麺をすくって、レンゲで押さえながら持ち上げると、食べやすいかなって……」
「はい。やってみます」
となりの慧弥が使って見せると、コンルは器用に真似をする。
無事にコンルの口にそばが届き、目を輝かせている。
しっかりかみしめ飲み込み、さらにつゆを飲み込み、微笑んだ。
「麺の風味がいいですね。このスープも、くねくねしていた魚のミイラの味がします」
「コンルさん、舌、繊細なんだー。すごーい!」
萌は同意しているが、コンルの言った魚のミイラがなんであるか、わかっているようだ。
改めて自身もスープを飲み、頷いた。
「……うん。鰹節、効いてる。ねーちゃん、なんか足した?」
「いいや。そんなめんどくさいことしねーよ」
おいなりさんを頬張る華に、慧弥がいう。
「これから4人で深玲とこ行くんだろ?」
「それがどうかした?」
「もし、パンダみたいに喋りだしたらどうする?」
「それな。コンルが近くにいると喋りだすみたいだから、そのときは慧、猫を連れて逃げろ」
「できるかよ!」
つゆを飲み込み、華たちの作ったおいなりさんを初めて頬張る。食感のコントラストに、慧弥は驚いたようで、ひと口残ったおいなりさんをマジマジと見つめる。
「はぁ〜。あと4匹、玄関に来てくれたらいんだけどよぉ……」
「そんな都合よくいかないでしょー」
わかっている。
萌が言いたいことはわかる。
だが、人生なんでも、どーにも思い通りにいってほしいものなのだ。
「えっとー、持ち寄るものって、なんかあった?」
そばをすすりきった華は、改めて猫カフェの参加要領を確認する。
・エプロン
・猫(2匹まで)
・参加費:1000円
「あ、金かかるわ」
「なら、今日は俺が全員分払う」
「なんでよ」
「昨日、おかし、おごってもらってるし。昨日の夜からご飯もいただいてるし」
「わかった。じゃ、頼むな!」
「……ねーちゃん、図々しい……」
萌が恥ずかしそうに俯いたが、華はそれに反応せず、最後のいなりを口に詰め込んだ。
茶碗洗いをすませたところで、12時30分。
参加表明の確認ができているか、もう一度して、4人は家を出ることにする。
肩には猫用キャリーをかけ、そして手には100円の傘がある。
「ほんと、雨降りそ」
萌は空を見上げる。
アスファルトは濡れていて、少し前に雨が降っていたのを教えてくれる。
ただ、霧雨程度のものだ。
枝の下の地面は乾いていたので、にわか雨みたいなものだ。
「これからじゃんじゃん降りにならなきゃいいねー」
萌の声に、横に並んだ華は、うんと頷く。
「あー、なんか緊張してしまいます……」
「コンルさん、それ、わかりますー。女子の中に入るって結構勇気いりますよね」
「そうなんですよ。ピリピリした空気があったら、どうしましょうか……」
男2人は何に緊張しているのだろう?
お菓子教室に、なのか、華の同級生に会うこと、なのか。
だが、慣れないところに行くのは、確かに緊張するものだ。
華の家から公民館まで、歩いて20分程度。
灰色がかった空の下を、4人並んで歩いて行く。
「コンルさんのところにも、カップケーキってあるんですか?」
萌の質問に、コンルは頷いた。
「はい、あります。専門店もあって、僕は好きですよ」
「それは、屋台的な?」
すかさず慧弥がファンタジーのイメージ画を見せるが、首を横に振る。
「昨日の、ニシショーテンさんと同じ、家になっています」
「へー。そりゃたくさんのカップケーキ売ってたんだなー」
華がつぶやくようにいうと、コンルはすっと隣に並んで歩き出す。
「華に似合う、赤と黒のカップケーキがありました。きっと気に入ると思います。ぜひ、食べてもらいたいです」
「なんだよ、それ。辛くて苦そうだな」
「そんなことないですよ。赤はベリー系、黒はチョコレートですから」
「あー、まともな感じか」
楽しげに話す華の後ろで、萌は心配そうに眺めている。
時折スマホと見比べる仕草に、慧弥は声をかけた。
「どしたの、萌ちゃん」
「……え、いや、大丈夫です」
萌が握ったスマホには、
『2つ目のお願い、フシミさん叶えてくれた
あんたのねーちゃんが不幸になるのは、
3つ目のお願いだから、もうすぐだね
どんな不幸か、楽しみー!』
公民館につき、靴を脱いでいると、靴を脱ぎ終わったコンルが、急にふらふらと歩きだした。
「おい、コンル、場所、わかんねーだろ?」
華がすかさず呼び止める。
腕を取るが、振り払われる。
「……僕は、ミレに……会いに来たんです……」
「はぁ? あんた、頭打った?」
公民館の料理実習室の入り口に立つコンルを、母と深玲、そして、妹の玲那が迎えてくれる。
「いらっしゃい、コンルさん。コンルさんは見学者側に座って」
深玲がコンルを連れて行っていったのを止められなかった華は、すぐに追いかけていく。
玲那が、萌の横に並んだ。
「萌たちの席は窓側だから、こっち」
案内しつつ、萌に耳打ちした。
「……どう? もう、始まってると思わない?」
13時のチャイムが公民館に響く。
外は、しとしとと、細い雨が落ち始めていた。
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