第23話 今日の予定は?

 華は食器を片付けながら考えていた。

 深玲主催の猫カフェに行くべきか否か。

 確かにコンスタントに行ったほうが、しゃべる猫に出会える確率が上がるのだが、わざわざめんどくさい人のところに行くことに意味があるのだろうか──


「雨が降りそうですね。こういう日は、キーパーが強くなるので注意ですよ、華」

「なんであたしに言うんだよ。今日はあんたが1日、頑張れよ」


 華が洗った食器を濯ぐコンルだが、先輩風を吹かせたいらしい。


「でも、どういうときに強くなるかは、知っておくべきですよ」

「はいはい」

「な、華、斉藤のやつ、行くのか?」

「それね」


 追加の食器を洗いながら、華はふんと息をつく。

 横を見ると、コンルが見下ろしている。

 瞳孔がなぜか開いている──


「ハナ、さきほどの誘いはのるべきです」


 喉の奥からの声だ。

 それがどういう意味なのかは、表現しがたい。


「ハナのカップケーキ、食べてみたいです」


 いつものかわいらしい笑顔だ。

 それでも返事を渋る華に、萌がくっついてくる。


「斉藤さんのとこ、行くの? 萌も行こうかな」

「萌、あいつの妹と仲よかったっけ?」

「まーまー。萌ね、ねーちゃんとカップケーキ作りたい」

「思えばそういうの、最近してなかったな。……じゃあ、行ってみるか」


 華は食器を洗い終えると、猫cafeカレンダーを検索していく。


「萌、これだよね?」

「そうそう! cook&猫cafeって書いてるから、あってる」


 斉藤家は、母親が料理コーディネーターとかで、街で料理教室をしている。

 もちろん、村でも定期的に猫カフェと同じタイミングで料理教室を開いていた。

 おばあちゃん向けなら、少し手の込んだ煮物料理や、子どもがいるママさんを対象なら簡単に作れる副菜3品など、村の人も年齢層に分けての料理教室をしていた。

 今日は10代向けだそうだ。

 主催は母親と、そして、娘の深玲。

 リンクをたどると、母親のTwitterにつながった。



『今日はうちの上の娘・深玲が先生役

 『簡単カップケーキ』を作ります

 時間:13時〜

 場所:音呉公民館にて

 私は今日はサポートに徹しようと思っています

 ぜひお時間ある方、遊びに来てくださいね

 #音呉村限定 #村人限定 #猫 #猫カフェ 』



「うわぁ……深玲から教わるのかよ……毒盛られそう」

「ねーちゃんの好きなホラー映画にあったよね、毒盛りカップケーキ」


 タイミングよく、華の足元でランドンが鳴く。


「そうなんだよぉ。……ま、どうにかなるっしょ」


 ランドンを抱え、ソファに腰を下ろした華だが、窓を見てつぶやく。


「行くとき、傘持ってくか。降りそうだな、なんか」





 お昼ご飯は、簡単かけ蕎麦と、おいなりさんと、メニューは決まっている。

 だが、作るのは華だ。

 母は用事があるからと、すべてを華に託し、出かけてしまったのである。


 確かに材料は揃っている。


 鍋にはかけ蕎麦用のつゆがたっぷり。ネギ、ナルトは小口に切られてある。

 他に揚げ玉と、水に戻したワカメがある。


 ご飯は11時に炊けるそうだ。

 となりには、簡単に酢飯が作れる合わせ酢の瓶が添えられている。

 さらにおいなりさんは、すでに味付けをされた皮がある。


「めんどくせぇ……」


 こういうときに限って、萌は友だちと宿題をしにでかけており、慧弥とコンルは、改めて、コンルの身の回りの整理をすると、部屋に戻って行ったため、家に華しかいないのだ。


 華は一番大きな寸胴鍋に水を張り、お湯をわかしていく。

 流しにはザルを置いておく。

 炊飯器がメロディを鳴らす。


 キッチンの窓から外を見ると、少し霧雨が降っているようにも見える。

 だが、本当に、さらっとだ。


 すぐにご飯に酢飯を混ぜ、バッドに広げて冷ましておく。

 多少、びちゃっとしてもご愛嬌だ。


 乾燥そばがいつもの食器棚に入っていない。

 これは廊下の食品庫だと、華が廊下に出たときだ。

 いきなりの耳鳴りに、顔をしかめる。


 廊下の奥、両親の寝室がある。

 その手前は仏間だ。

 そこの戸が開いている。


「……え」


 ひょっこりと身を出したのは、黒い人だ。

 それが、ゆっくりと手招きをしている。


「……出た」


 華は恐怖を打ち消すように頬を叩く。

 興味に入れ替わった心で走り出す。


「誰だ、てめぇ!」


 仏間はカーテンがかかり、薄暗い。

 仏壇の前に、ぼんやりと黒い影がある。

 目が合った。

 いや、そんなものがついていない。

 でも、目が、合った。


 黒い影は、すすっと音もなく華に手を伸ばす。

 動けない。

 金縛りなのか、緊張なのか……


『……まって…る……』


 黒いぼやけた指先が、華の頬に触れる瞬間、



「ねーちゃん、ただいまー! 萌もおいなりさん、つくるよーっ!」



 玄関を慌ただしく開けて、萌が帰ってきた。

 思わず座り込んだ畳が冷たい。


「……ねーちゃん? 仏間になんかあった?」


 華は「ううん」と答えると、手を借りて立ち上がる。

 すぐにカーテンを乱暴に開けた。

 外の天気もあって、暗さは少ししかマシにならなかったが、それでも十分だ。


「ねーちゃん……?」

「よーし、いなり作るかー。萌、タイミングいいな!」


 ほんのりと仏壇が黒い霧がある気がしたが、華は見なかったことにした。

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