第21話 思惑
「三条さん、お待ちなさい」
相変わらずの横柄な態度だ。
スマホをチラッと覗くと、土曜日。
土曜日ということは、朝練をしていた、ということだろう。
いつも
全員、隣町の高校だったはずだ。
小学、中学、高校と、もしかしたら大学まで同じところに行きそうな5人組に、華は大げさにため息をついて見せた。
「これから、帰るんですけど」
ランニングを止めません。という意思表示で小さくステップを繰り返す。
深玲はにこりと笑う。
村一番の器量良しと言われるだけの美しい笑顔だが、コンルの笑顔と比べると、大したことがないな。と華は思う。
「お婆さまから聞いたの。三条さんのいとこ、紹介してくれないかしら?」
ババアどもの口の早さは、あいかわらず、舌を巻く。
昨日、深玲のところのお婆さまは、ニシ商店には来ていなかった。
あー、飯田のばあちゃんだ。
確かお隣さんのはずだ。
こういう噂だけは、高速で回る村システムをどうにかしてほしい。
無言で乗り切ろうとする華に、深玲は一方的にしゃべってくる。
「都会の人なんだそうね。そして、めっちゃくっちゃ、イケメンなんですって? もうそれ、私じゃないと釣り合わないと思うの」
「学校で探せ。じゃ!」
構う時間ももったいないと家に足を向けたとき、
「こんなイケメン、学校になんていないし」
華は止まる。
こんなイケメン、学校になんていないし──
勢いよく振り返ると、スマホをいじって眺めている。
4名の仲間たちも口々に、
「ほんとかっこいー」
「絶対ミレがいいよー」
「マジ、お似合いって感じ」
「三条さんのいとこだなんておかしいんじゃない?」
最後だけ、合ってる。
おかしいと思う。
合ってる。
だが──
華は素早く深玲からスマホを取り上げる。
見ると、画面にコンルがいる。
多少、画像が荒いが、猫と戯れるコンルが5枚も!!!!
素早く消そうとするが、取り返されてしまった。
「ふざけんな! 隠し撮りしてんじゃねーよ。肖像権! 消す!」
「いやよ。減るもんじゃないし」
なんとか取り上げようとするが、さすがテニス部、動体視力がいい。
スマホだけを狙った攻撃は、まるで効かない。
それなら鳩尾に一発殴って取り上げたいが、流石にそれをすると、大問題だ。
「ハナ、こんなところにいたんですね!」
今、聞きたくない人の声が聞こえる。
無視をしようと思ったのだが、肩を握られ、振り向かされた。
「おはよう、ハナ! 元気そうでよかった。さきほど、ハナのお母様から、朝ご飯だと伝言を受けまして、迎えに参りました」
「……俺はもう、眠い……朝、早いのツラい……」
わかった。
そう答えるはずだった。
だが、華の体はなぜか道路に転がっている。
深玲にふっとばされたのだ。
「コンルさん、っていうのですね! 私、斉藤深玲といいますの。ミレと呼んでくださいます?」
「申し訳ない。今、あなたは、ハナに、なにをした」
「……へ?」
「ハナに、なにをした」
深玲の体が、がちりと固まる。
それは他の女子たちも同じだ。
怒気と本気の殺気が混じった空気は、フツーの女子高生には、かなりキツい。
すぐに慧弥がフォローに入る。
「コンルさん、華、転んだだけですから」
華も慧弥の機転に乗っかることにした。
「いやー、まだ体が本調子じゃなかったみたいだわ。膝、ガクってした。ガクって」
コンルは立ち上がった華に寄り添うものの、深玲を敵と判断。
華の服の土を払い、怪我がないかと確認しながらも、じっと深玲を睨んでいる。
だが、それに深玲は、恍惚そうな表情だ。
意味がわからない──
「……コンルさん、三条さんのこと、そんなに大事なんですの?」
「ええ、ハナは、僕のこんにゃ……ぶっ」
横腹に肘が華の肘が入る。
「……外堀から埋めようとしてんじゃねぇ」
「……勘も鋭いんですね、ハナは……さすがです……!」
うずくまるコンルを見ず、深玲は華に言った。
「コンルさんが、私を愛することは、もう、決まったことなの」
深玲の声が、華の鼓膜に張りつく。
雪溶けの水のように、芯まで冷えた声に、今度は華が固まった。
「そうだ、三条さん、もしよかったら、今日、猫カフェでカップケーキを作るんだけど、いらっしゃらない? よければ、コンルさんと、慧弥くんもどうぞ。席は空けておくから。ごきげんよう」
自転車にまたがって、4人で談笑しながら走っていく姿は、間違いなく女子高生だ。
髪の毛の色がちょっと淡い茶色なのも、薄い化粧がされていたのも、全部、女子高生らしいのに、最後の深玲の言葉が彼女に合わない。
「……なんだったんだ?」
妙な動悸が止まらない。
胃が冷えて、奥歯が軋む。
「華ー、なんかホッとしたら、俺、腹へった。早く帰ろうぜー」
「僕もトシと同じです。さ、帰ってお母様の朝食、いただきましょう」
「……うん」
すっかり冷め切った体で家に向かって歩き出す。
汗が冷えて、身震いする。
晴れていたのに、今日は雲が多そうだ。
少し、雨も降るかもしれない。
「ハナ、どうしたんです? 僕がハナ以外を好きになるとでも?」
「……いや、あんだろ」
「ないですよ?」
「あるかもしれねーだろ」
「ないです!」
「ほらー、早くしろよー」
灰色の雲が、西から少しずつ少しずつ、村に迫ってきている。
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